第四十六話:奈落の森へ
風のように速く走れるとは言え、流石に一日ですべて回りきれるほど速くは走れない。いや、やろうと思えばできなくはないけど、それをやると多分アーノルドさんが悲惨なことになるのでやりたくない。
夕方頃になり、ようやく目的地に着いたのでいったんアーノルドさんを降ろす。降ろした瞬間、地面に手をついて荒い呼吸をしていたが、まあすぐに回復するだろう。
流石騎士というだけあって、ぎゃあぎゃあ喚いてはいたものの泣くこともなかったし粗相をすることもなかったのでその辺は安心した。
男の泣き顔なんて見ても面白くないしな。アリス的には見たいかもしれないが。
「大丈夫なの?」
「き、貴様……お、俺を、俺を担ぐとはいい度胸だな……」
騎士は王様や民を守るための部隊だ。その理念は、弱きを助け、強きをくじくと言ったよくある騎士のイメージと似ている。
まあ、俺は獣人だからその枠組みに入っていないようだが、少なくとも、騎士が女性に担がれるなどあってはならないというプライドだけはあったようだ。
確かにね、基本的に守る立ち位置の人なのに、弱いはずの女性に、それも見た目は子供に軽々と担がれるなんて男としては納得できないだろう。
たとえ本当にその女性の方が強かったとしても、それでも見栄を張りたいのが男だ。俺も元々は男だっただけあってその気持ちはよくわかる。
だがまあ、相手がちゃんと紳士的に対応してくれるのならばあえて守られるのも吝かではないけど、明らかに見下してきている相手にわざわざ守られる理由なんてないだろう? 一人なら簡単にできるのに、無理矢理くっついてきて邪魔してるんだから。
だから、アーノルドさんが考えを改めない限りは雑に扱うことにした。というか、こうでもしないと下手したら一か月くらいかかる。時間短縮は大事だ。
「普通に歩いてたら時間がかかりすぎるの。嫌なら帰ったらいいの」
「そうやって俺を遠ざけてその隙に逃げるつもりだろう。そうはいかんぞ」
「逃げるつもりなら、そんなことしなくても普通に逃げれるの。私の足の速さは体感したでしょ?」
「うぐ……」
俺の敏捷は人間から見れば化け物レベルだろう。獣人から見たらどうかはわからないが、少なくとも素早さに特化した育ち方をしていない限りは抜ける人はいないんじゃないだろうか。
レベルこそこの世界で見るとそこまで高くはないが、能力値だけ見ればかなりぶっ壊れている。特化させている敏捷でこうなのだから、同じく特化させている器用や筋力も同じことだろう。
なにせ、特化させてすらいない体力ですら相当高い部類だからな。アーノルドさんと比べてみれば十倍以上差がある。
アーノルドさんは一応騎士団の副長を務めるような人なのだから、能力的には優秀な部類だろう。それと比べてこれなのだから、アリスは一体どれだけ強いのか。
やはり、ゲームはそのゲームだからこそバランスが取れているのであって、そのキャラを別のゲームに持ってきたらバランス崩壊するのは当然のことのようだ。
あんまり調子に乗ると多くの敵を作りそうだし、控えめにやっていった方がいいのかもしれないな。
「さ、もう回復したでしょ。さっさと行くの」
「行くって、まさか今から行く気か?」
「そりゃそうなの。時間は無駄にはできないの」
「お前は馬鹿か? ここは奈落の森と呼ばれていて、非常に凶暴な魔物が生息している事で有名だ。しかも、森には天然の落とし穴が数多く存在する。仮に浅瀬で済ませるとしても、もう夜になろうかというこのタイミングで入るなど自殺行為だぞ」
へぇ、そんな大層な名前がついていたのか。
まあ、基本的に魔物は夜に活発になるものが多く、また暗くて見通しが悪いということもあって夜に魔物の生息域に入ることは危険とされているようだ。
アーノルドさんも手練れだとは思うのだが、流石に一人では怖いのだろうか。
まあ、俺には関係ないけどな。
「嫌ならここで待ってればいいの。私は行くの」
「どうやら本気で頭が悪いようだな。監視役とはいえ、わざわざ死にに行くほど俺は馬鹿ではない。貴様一人で行ったところですぐに死ぬのが落ちだろう。俺は帰って貴様は死んだと報告するとしよう」
「どうぞご自由になの」
そう言ってアーノルドさんは去っていった。
七人を相手に剣を避け続けたり、尋常じゃないスピードで走ったりと色々と『普通じゃない』部分は見せているのだが、やはり俺の事を信用することはできないようだ。
帰るとか言ってるけど、俺が早いだけで距離的には数日の距離があるからな? 一人旅は大変そうだが、まあ自分から帰るって言ってるんだから別にいいか。邪魔者がいなくなったのは素直にありがたい。
「さて、行くの」
すでに夕方ということもあって森はかなり薄暗い。しかし、俺には【暗視】があるので視界に関しては特に問題はなかった。
そして、凶暴な魔物がいるという点や落とし穴がたくさんあるという点もそこまで問題はない。
【ライフサーチ】【トラップサーチ】
それぞれ、周囲に生物と罠がないかを探るスキル。
『スターダストファンタジー』では、敵の奇襲に事前に気付けたり、罠を回避したりするために使うスキルではあるが、あまり出番はなかったスキルでもある。
というのも、敵が奇襲するってことは隠れているわけで、それを見つけるために【ライフサーチ】を使うわけだが、そんなことしなくても看破判定というものに成功すれば隠密はすぐに気付くことが出来る。もちろん、【ライフサーチ】の方が楽だし確実ではあるが、そもそも敵側が奇襲することは俺のシナリオではあまりなく、されたところで致命傷を負わせるほど強くもないからどちらかというとフレーバー的な要素が強いため、奇襲を受けない工夫をするのではなく、受けたら受けたでそういうロールプレイをして楽しむ、というのが俺達の間での遊び方になっていた。
同様に、トラップに関しても要所要所では使うが、解除しなくても致命的というものは特になく、むしろ解除不可のものの方が多いため探すだけ無駄、みたいな空気になっていたので、取る者は少なかったわけだ。
まあ、別の卓だったら出番もあるのかもしれないが、俺がシナリオを作って回す俺達の卓ではほぼ使い道のないスキル。じゃあなんでアリスがこんなものを持っているのかと言えば、まあキャラ付けだな。
正直、レベル30を想定してガチで作ったらもっと強いキャラはできる。でも、NPCとして出すのにそんなガチガチな強キャラを出してもつまらないだろう。頼れる先輩NPCみたいな立ち位置もいいが、あまり強くしすぎると逆にお助けNPCとしては動きにくくなってしまう。
それにどうせNPCなのだから、普段取れないようなスキルを取りたくなる気持ちもある。まあ、最低限仕事はできるようには作ったが、そういう遊びのスキルもいくつか持っているのだ。
「周辺には特に何もなし、なの」
正直、天然のトラップとなると【トラップサーチ】で見つけられるか怪しい気もするが、落とし穴程度だったら落ちたとしても多分大丈夫だと踏んで特に気にしないことにする。
さて、お目当てのものはあるだろうか。とりあえず奥まで行かなくてはね。
「なんか、すっごい空気が重いの」
気のせいか、森に入ってから空気が重い感じがした。
木々が密集しているから空気の流れが悪いのが原因だとは思うけど、確かにこんな森の中を夜歩くのはちょっと怖いかもしれない。
【暗視】があるとはいえ、流石に一泊してから明るい時間に来るべきだったかとも思ったが、そこは逞しいアリスの事、怖いという気持ちはあまり湧かなかった。
まあ目的はとある薬草なんだけど、別に材料はそれだけというわけではない。別の材料で代用することもできる。その一つが、魔物の素材だ。
ペガサスの羽根、ユニコーンの血、ドラゴンの鱗など、いくつかの材料でも代用することが出来る。いや、本来はこっちが正規の素材であって、探している薬草こそが代用品なんだけど、まあそれはどっちでもいいだろう。
流石にドラゴンがホイホイと出てくることはないと思うが、ユニコーンとかならワンチャン出てくる可能性もある。この森はあまり人が立ち入らないようだしな。
薬草が生えているのは魔力に満ちており、清らかな川が流れている森の奥地、という条件があるから、それっぽい森を地図で探していたわけだけど、この森は魔力はともかく、川はあんまり流れていなさそうでちょっと残念。
まあ、薬草か魔物か、どっちが出てきてくれても嬉しいので、もうちょっと探していくことにする。
一発で見つかってくれたら嬉しいけど、果たしてどうなるかな。
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