第四百四十八話:忘れられた記憶
キャラシだけど、酷い状態になっていた。
まず、レベルがめちゃくちゃ下がっていた。
恐らく、記憶を失った影響でってことなんだろう。シュエのレベルは確か80近くあったはずだが、半分以下にまで下がっていた。
それに、スキルもめっちゃ減ってる。
リヴァイアサン固有のスキルはそのままだったが、【マリオネッター】としてのスキルや、その他覚えさせた攻撃系のスキルもごっそりなくなっている。
そして、名前の欄が『シュエ』ではなく、『リヴァイアサン』になってしまっている。
もう名前すら忘れてしまったから、種族名でしかわからないってことなんだろうか。
かろうじてクラスは残っていたけど、もう少し遅れていたらこれすらなくなっていたことだろう。ただのリヴァイアサンの子供になるところだったわけだ。
「これは酷いの……」
こんなの完全な別人である。『リビルド』だってここまで酷く改変はしないだろう。
シュエという人物を完全に無視して、リヴァイアサンとしか見ていない証拠である。
態度は自分の子に接するような穏やかなものだったかもしれないけど、その内心はやはり種としてしか見ていないってことなんだろうな。
〈あなたたち、だあれ?〉
〈シュエ、俺だ! ノクトだよ!〉
〈のくと? しらない……〉
〈そんな……〉
当然ながら、俺達のことも覚えていない様子である。
ここまでくると、思い出させるというのも難しそうだ。
少し忘れているくらいなら思い出せばいいが、ここまでごっそり記憶を失っているとなると、それでは利かない。
一応、希望はまだ残ってはいるようだが。
「ノクト、落ち着くの」
〈これが落ち着いていられるか! シュエが、シュエがぁ!〉
「すべての記憶を失ったわけではないの。それに、どうやらこれは状態異常によるもののようなの」
〈へ……?〉
状態異常の欄には、忘却状態、とあった。
『スターダストファンタジー』でこんな状態異常は聞いたことはないが、状態異常であるからには治せる可能性がある。
多分、俺が滝に濡れても記憶の混濁が見られなかったのは、【状態異常無効】の影響だったのだろう。
ただ、当然ながら忘却状態という状態を治すためのスキルは存在しない。
一応、すべての状態異常を治す、万能薬というアイテムはあるけど、それで行けるだろうか。
幸いにも、この島には素材となるものはたくさんある。ちゃちゃっと集めて、【ポーションクリエイト】で作ることは可能だ。
「ノクト、これを飲ませてやるの」
〈こ、これで治るのか?〉
「わからない。けど、試してみないことには始まらないの」
幸い、近場に素材は転がっていたので、さっそく作って渡す。
これがダメだったら、みんなを呼んで他に何か方法がないか探ることになるだろう。
ノクトさんがシュエに薬の瓶を近づけると、シュエは嫌そうに顔をしかめながら口を閉ざす。
記憶はなくても、薬は苦いものだという感覚でもあるんだろうか。
子供らしいと言えば子供らしいが、今はそんならしさを発揮されても困る。
暴れられても面倒なので、体を抑えながら口を開けさせ、強引に飲ませた。
〈どうだ……?〉
〈にがい……〉
ぺっぺっ、と吐きだそうとしているが、大半は飲み込んだはず。だが、治った様子はない。
万能薬如きじゃだめってことだろうか? ルール的に考えるなら、イベント状態異常で、特定のフラグを回収しないと治せないとかだろうか。
一応、シリウスの時と同じなら、『リビルド』で治せる可能性はあるけど、ちゃっちゃとそれをやるべきだろうか?
今のレベルが参照されるなら、ちょっとレベルを低く作り直す必要があるけど、レベルなんて後でいくらでも上げられるし、スキルだっていくらでも取得できる。
一番やっちゃいけないのは、このままシュエという人物がいなくなってしまうことだ。
ああでも、忘れている状態で『リビルド』なんてしたらそれこそシュエがいなくなってしまうだろうか?
シュエ自身が考えて変更しない限り、それはシュエとは呼べないかもしれないし、いくら能力値とかを前と同じに戻したとしても、それでは意味がないかもしれない。
やはり、ちゃんと治療する必要はありそうだ。
「仕方ない。ノクト、みんなを呼んできてほしいの」
〈わ、わかった〉
今ここで二人で考えていても仕方ない。他のみんなも呼んで、知恵を貸してもらうことにしよう。
そう思って、ノクトさんにみんなを呼びに行ってもらった。
どこに行ったかはわからないけど、まあ空から探せばすぐにわかるだろう。
〈ねぇ、あなたはだあれ?〉
シュエが無垢な瞳でこちらを見つめてくる。
リヴァイアサンだけあって体は大きいけれど、やっぱりその辺は子供なんだなと思う。
本当はもっとしっかりした子だったんだけどな……。
〈私はアリスっていうの。シュエ、あなたの仲間なの〉
〈なかま? わたし、なかまいた?〉
〈そうなの。忘れちゃってるかもしれないけど、私以外にも、いろんな仲間がいたの〉
〈へぇ〉
思い出した様子はない。けれど、なんとなく興味を惹かれたのか、こちらを嫌悪することもなく話を聞いてきてくれた。
俺はできるだけシュエのことを話した。もちろん、元はプレイヤーであり、人間であったということも。
でも、やっぱりわからないようで、ぽかんと口を開けているだけだった。
〈よくわからないけど、なにかたいせつなことをわすれているようなきがする……〉
〈思い出せそうなの?〉
〈ううん。でも、ありすはいいひとだってわかるよ〉
そう言ってすり寄ってくる。
敵対はされていないようで何よりだけど、やはり記憶を取り戻すのは難しそうだ。
何がキーとなるのかを探さなければならない。エキドナなら知っていそうだけど、あいつに聞くのはなんか癪だ。
いや、そんなこと言っていられる状況じゃないのかもしれないけどね。
〈あらあら、だめじゃない、禊の邪魔をしちゃ〉
「エキドナ……」
と、そんなことを考えていると、エキドナがやってきた。
あの足でどうやって動いているのか疑問だが、割と軽快な動きでこちらに近づいてくる。
その姿を見て、シュエはぱあっと顔をほころばせて、エキドナにすり寄っていった。
〈おかあさん!〉
〈ええ、ええ、私はあなたのお母さんですよ。禊は順調かしら?〉
〈みそぎ? うん、だいじょうぶ!〉
〈それは良かった。あともう少ししたら、お迎えに来ますからね〉
〈きょうはおむかえじゃない?〉
〈そうよ。ちょっと、想定外のことがあったものだからね〉
そう言ってこちらを見てくるエキドナ。
顔は笑っているけど、禊を邪魔したことを怒っているようだった。
でも、こんな馬鹿げたこと、そうそうにやめさせなければシュエはいなくなってしまってたかもしれない。むしろ、今でも遅すぎたくらいだ。
なんとしても、シュエの忘却状態を解除しないといけない。
〈記憶がなくなるのがそんなに嫌? 見た目は同じものでしょうに〉
〈そうやって見た目でしか判断できないのは破滅への道なの〉
〈あら、そうなの? それじゃあ気をつけなくてはいけませんね〉
にこりと笑うエキドナ。気を付ける気なんて微塵もないだろうに。
ここに来たってことは、止めに来たってことなんだろうか? 多分、まだ禊は終わっていない。人と接した時の記憶が完全になくなるまで、続くことだろう。
そのためには俺が邪魔なはず。もしかしたら、強引に排除に来るかも。
ノクトさんに呼びに行かせたとはいえ、一人でエキドナを相手にするのは難しい。
せめて、時間稼ぎくらいはしないと。
そう思い、俺は気づかれないように構えた。
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