幕間:経過観察
元サーカスの兎、イナバの視点です。
何となくだけど、予感がした。
いつものように、サクラさんの隣で眠りについていたが、今日は何かが来る気がして寝付けずにいた。
その何かの正体はわかっている。じっと暗闇を見つめていれば、ほら、そこにはいつのまにか人が立っていた。
神出鬼没な団長。今ならば、その言葉はまさにその通りなんだとわかる。
まあ、元からどこにでもいるような人だったけど。
「やあ、イナバ君。王族のペットとしての生活はどうかな?」
相変わらず、隣で寝ているサクラさんが起きる様子はない。
どうやって僕だけに声を届けているのかはわからないけど、まあいつものことだしと割り切ることができてしまった。
それだけ僕も団長に毒されているということだろうか。嬉しいような、悲しいような。
「きゅっ」
「はは、それは何より。さて、今日来たのはただの経過観察だ。その後の様子はどうかな?」
そう言って、団長はこちらの様子を聞いてくる。
僕は、元々は団長のサーカスに雇われていた兎だったが、今は除籍されて正式にサクラさんのペットということになっている。
今までお世話になった団長を裏切ることになるのはどうかとも思ったけど、どちらを選んでも恨まないと言ったのは団長だし、僕は今の生活が気に入っていたから、こちらを選んだ。
だが、団長はそれと引き換えにある条件、いや、約束をしてきた。
それが、アリスさん達の様子を伝えるというもの。
団長はどうやらアリスさん達に興味があるらしい。
多分、僕が伝えなくてもある程度は知っている気もするんだけど、僕の口からも聞きたいということなんだろうね。
あれから半年くらい経ったが、さて何を話そうか。
「別に順序だてて話す必要はないよ。日常で感じた些細なことでもいいし、記憶に残る大きな出来事でもいい。君の目線から見て、彼女の変化は何だった?」
「きゅぅ……」
急にそう言われると、ぱっとは思いつかない。
まあ、強いて言うならちょうど最近起きた霊峰スタルの件だろうか。
フェラトゥスというリッチとの戦いや、フェニックスとの遭遇、それに、山頂にあった謎の台座。
アリスさんはスターコアを集めれば何かが起こると言っていたけど、それが何なのかはよくわからない。
というか、アリスさんは時折よくわからないことを口にする。
プレイヤーとか、キャラシとか、リビルドとか、何かやってるんだろうなとは思うけど、それが何なのかはよくわからない。
まあ、アリスさんが規格外なのはわかるけどね。少なくとも、短期間に大量にレベルを上げたり、スキルを覚えたりすることはできるのだろう。
そうでなければ、この体ですら、大量のスキルを覚えているのは不自然だしね。
なんだっけ、一応説明はされたような気がするんだけど、よく理解できなかったから覚えていない。
ダンサー? がどうとか言っていた気がするけど。とにかく、回避率が高くなったようだ。
動きが身軽になるという意味では嬉しいけど、使いこなせている感じはない。ただ、このスキルを使ったら動きがよくなるってだけで。
「ふむ、なるほどなるほど。そうか、あそこに神の台座がねぇ」
とりあえず、断片的に話してみたが、団長は納得したように頷いたりしていた。
団長は、あの台座のことを知っているんだろうか?
文字が書かれていたらしいけど、僕の位置だと見えなかった。なんとなく、選ばれた人にしか読めないものだと思っていたけど。
団長もその選ばれた人なんだろうか? 神出鬼没という点では、アリスさんより凄いと思うし。
「こちらの手に気づいたわけではないだろうが、たまたまか? まあ、台座なんかを介している時点でこちらには及ばないだろうが」
「きゅぅ?」
「ああ、何でもない。ああ、そうだ、アリスは何か変わったことをやっていなかったかい?」
変わったこと? 変わったことならいつもやってるような気がするけど……。
「そうだね、例えば、アリスの武器は弓が主だが、別の武器を使っていたとか、あるいは他の技術に長けているとか」
他の技術……まあ、それなら思うことはいくつかある。
アリスさんは、団長の言う通り弓が得物だけど、短剣を使うこともよくある。時には素手で戦うことも。
まあ、それは強いから弓を使うまでもないってことなのかもしれないけど、弓が本職の割にはかなり様になっているようには思う。
それと、魔法も使う。霊峰に挑んだ時は、【土魔法】を使っていたよね。あれのおかげで、雨風を凌げたのは助かった。
それから、武器や防具を作ることができるかな。
普通、ああいうのって職人でもなければできないと思うし、できたとしても劣悪な品質になると思うんだけど、アリスさんのは品質は当然として、見た目も性能も職人が作ったものよりも断然上だった。
僕が着ていた防寒具だって、驚くほど寒さを防いでくれたし、素人目から見ても、品質は一級品だろう。
多彩だなぁと常日頃から思っていた。
「ふむ、かなり取り揃えているようだ。だいぶ寄り道しているように思えるがね」
あれも恐らくアリスさんの力の一つなんだと思う。
そもそも、教会にも行かずにレベルを上げられる時点で異常なのだ。スキルを覚えるのも早すぎるし、そのジャンルも広すぎる。
きっと、ユニークスキルでそう言うスキルを持っているのかもしれない。
あるいは、神様に愛されているとか。もちろん、元々の知識も凄いんだろうけど。
「ありがとう。では、他の人達はどうかな?」
「きゅっ」
他の人達で言うと、一番突出しているのはカインさんだろう。
カインさんは、優しげな騎士という感じだ。弱きを助け、強きをくじく、そんなイメージが浮かぶ。
まあ、冒険中はアリスさんが先頭に立つことも多いけど、そうでない時は大抵はカインさんが先陣を切っているし、難しい場面に立った時もカインさんの判断を仰ぐことはよくある。
アリスさんは司令塔って感じだが、カインさんは隊長ってところだろうか。
アリスさんからの指示を受けて、それを的確に処理することができ、指示が受け取れない場面でも、自分で考えて最適な答えを導き出す。そんな感じ。
剣においても、カインさんの右に出る者はいない。あのアリスさんですら、カインさんの防御を抜くのには苦戦しているようだしね。
アリスさんを除けば、間違いなく最強の一人だろう。
シリウスさんは、ちょっと影が薄いような気がする。
いや、治癒術師としてめちゃくちゃ優秀なのは知っているし、戦闘においては強化魔法をかけたりして支援している姿も見たことがある。
けれど、周りが強すぎるせいか、活躍する機会がかなり少ないのだ。
大抵の相手であれば、シリウスさんが回復する必要もないし、強化魔法をかける必要もない。むしろ、シリウスさん以外にも、カインさんやサクラさんが手を出すまでもなく、アリスさんがけりをつけてしまう場面もある。
強いのは確かだけど、なんとなく地味、そんな印象だ。
そして、サクラさんだけど、魔法がとても強力だ。
魔術師の姿をきちんと見たことはあまりないが、サクラさんのそれは群を抜いていると思う。
ひとたび突風が吹けば、相手は木っ端微塵になるし、その正確さは他の誰も真似できない。
基本的には【風魔法】が得意なようだけど、最近は極めすぎてやることがないのか、他の属性にも手を出し始めているようだし、ほんとに底が知れない。
多分だけど、一番怒らせちゃいけないタイプだと思う。
カインさんなら、もしかしたら防げるかもしれないけど、あれは多分カインさんの防御ですら貫くんじゃないだろうか。
あれが僕の方に向けられないことを祈るばかりである。
「なるほど、大体わかった。ありがとう」
団長は満足げに頷いている。
こんなのでいいんだろうか。団長の手にかかれば、もっと正確な情報を集められそうな気はするんだけど。
「君の目線だからこそ役に立つこともあるんだよ。これからも、定期的に聞きに来るから、その時は教えて欲しい。では、また」
そう言って、団長はその場から姿を消した。
団長はアリスさん達のことを知って何をする気なんだろうか。
今更僕が抜けた原因になったということで復讐なんてことはないだろうし、単純に興味があるからでいいのかな?
まあ、僕としては、せめてもの償いになるからこれでいいのかもしれないけど。
ちょっと緊張して疲れてしまった。寝るとしよう。
そう思って、僕はサクラさんの隣で丸くなった。
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