第四十五話:必要な材料を探しに
その後、城に泊まっていくかと聞かれたが、丁重に辞退して宿に戻ることになった。
別に宿代が勿体ないとかそういうわけではなく、王様を毒殺しようとしている犯人がいるかもしれない場所で安易に寝るのは得策ではないと考えたからだ。
一応、元々宮廷治癒術師として仕えていた者も含め、今までやってきた治癒術師や医者達は特に何かされたような気配はないらしいんだけど、俺の場合は色々目立ってしまっているし、もしかしたら何かしらちょっかいをかけてくる可能性もある。
それにエミリオ様はまだ軟化してくれた方だが、獣人を快く思っていない連中と一緒にいるなんて窮屈で仕方ないだろう。表立って直接的な攻撃を仕掛けてくるとは思えないが、ちまちまとした嫌がらせをされる可能性は十分にあるので、だったら最初から関わらないようにする方がいい。
まあ、犯人捜しの過程で嫌でも関わらなければならない場面は出てくるかもしれないけどな。
エミリオ様にはあくまでも王様は病気で臥せっているのであり、毒についてはまだ気づいていないという体で通すように頼んではおいたが、ぶっちゃけ城の内情に関しては俺よりエミリオ様の方が詳しいに決まっているので、手伝ってもらうことは確定している。
一番いいのはエリクサーを作っている間に犯人をあぶり出し、その後回復した王様自ら沙汰を下してくれるのが楽か。
個人的には宰相が怪しいと思っているが、まだ状況証拠だけで確定とは言い難い。その辺はまた後で調査しないとな。
翌日、俺は再び城に赴き、エミリオ様と謁見して改めてエリクサーの材料を取りに行くことを告げた。
もちろん、これは非公式なものだ。表向きには俺が治癒魔法によって治療を試みているということになっている。
ただ、昨日工房でエミリオ様がぽろっとこぼしてしまったせいもあってか、治癒術師が薬師の真似事をしようとしているらしいとか、エリクサーなどという御伽噺の薬を作ろうとしているとか、色々囁かれているようだ。
まあ、これに関しては仕方がない。俺としては大真面目だが、エリクサーはこの国、というかこの世界では文字通り御伽噺の中にしか存在しないもので、それを再現できた者は今まで一人もいないらしい。だから、それをぽっと出の獣人が作ろうとしているなんて聞けば何を馬鹿なことをと嘲笑されるのはある意味当然だった。
まあ、確かに絶対に作れるとは言い難いし、作れたとしてもそれで治ると決まったわけではないから笑われること自体は別にどうでもいい。むしろ、本当にエリクサーを作った後に色々言われるのが目に見えているからそっちの方が心配だな。
その辺はエミリオ様がどうにかしてくれることを期待するしかない。動いてくれるかは微妙だが。
さて、そうやって色々馬鹿にされるのはいいんだが、問題なのはそういう口実で逃げようとしているのではないか、という話が持ち上がったことだ。
まだ報酬も貰っていないし、逃げるだけなら自分には手に負えないと言って辞退すればいいだけの話な気がするが、俺が獣人ということで王様が臥せっているという情報を他国に流すのではないかと警戒されているらしい。
まあ、俺の扱いが雑なように、この国は獣人の国とは仲が悪い。だから、この情報が洩れれば、これを機に攻めてくるのではないかと思っているようだ。
そこで、俺には監視役として一人の騎士が付いてくることになった。
「第三騎士団副長のアーノルドだ。一応言っておくが、俺のレベルは41だ。くれぐれも、変な気を起こそうなんて思うんじゃないぞ」
「そう。よろしくなの、アーノルドさん」
レベル41というと、数値だけで言うと俺と同じだ。だが、試しにキャラシを開いてみるとやはりというかなんというか、能力値には雲泥の差があった。
騎士ということで一応筋力と体力がそこそこ高く、【剣術】のスキルレベルも5とそこそこ高い。
でもまあ、今まで訓練してきたマリクスの兵士達と比べると、なんだかそこまで強くないように思える。
だって、能力値こそ負けてはいるが、スキルレベルはエルドさんとかゼフトさんとかは7まで届いている。
レベル差だけ見れば二倍以上あるけど、多分実際に戦えばそこそこいい勝負ができるんじゃないかな? 流石に無理かな。
まあ、練度が全然違うであろう城の騎士と辺境の町の兵士がスキルレベルが拮抗してるってやばいと思うけどね。
本人は俺の事を見下しているのか、もの凄く偉そうな態度ではあるけど、これ大丈夫かなぁ。凄い足を引っ張りそうな予感がするんだけど。
「馬車に乗れるなんて思うなよ。貴様のような獣人は歩いていけばいいのだ」
「元からそのつもりだから気にしてないの」
一応、出発前に地図を見せてもらって大まかに材料があるであろう場所に目星を付けさせてもらった。
幸い、候補地だけならこの国にも何か所かあったので虱潰しに探す予定なのだが、運よくあるかどうかはまだわからない。最悪、国外に出てまで探す必要もあるかもしれない。
候補地のことはアーノルドさんにも知らせたので、当然その距離も知っている。まあ、おおよそ普通の人なら歩いていくような距離ではない。それを知った上で歩いて行けと言っているのだ。
嫌がらせのつもりなんだろうが、俺にとってはむしろ徒歩の方が移動速度は速い。むしろ、アーノルドさんの方が大変なんじゃないだろうか。
仮にアーノルドさんだけ馬車に乗っていくんだとしても、俺が普通の人と同じ速度で歩くとしたら、遅く歩かされる馬がイライラしてしまいそうだし、俺のことを放っておいて進んでいったら監視の意味がない。嫌がらせするにしても、移動は一緒にした方がいいと思うけどな。
まあ、だから別に馬車なんていらないんだが……アーノルドさんが付いてくるとなると話は別だな。
アーノルドさんの敏捷はそんなに高くない。俺が本気で走ったら間違いなく置いていかれることだろう。それは馬車に乗っていたとしても同じである。
俺は別にそれでもかまわないんだが、後でねちねち言われるのも面倒くさい。となると、どうにかして一緒に行く必要があるのだが……。
「まあ、なんとかなるの」
考えていても始まらない。とりあえず行ってから考えよう。
俺は改めてエミリオ様に挨拶した後、城を出た。
「さて、最初は近場から行くの」
俺は貰った地図を広げながら目的地を確認する。
近場と言っても、歩きだと結構な距離がある。普通に数日かかる距離だ。
王様は今しばらくは大丈夫そうだったとはいえ、急に体調が急変するとも限らない。それにもしかしたらこの隙に犯人が色々手を加えないとも限らないので出来れば急いで帰りたいところ。
だけど、アーノルドさんに合わせていたら絶対に遅くなる。探すことで時間がかかるならまだしも、移動でそんなに時間がかかるのは許容できない。
なので……。
「アーノルドさん、ちょっとちょっと」
「なんだ。水ならやらんぞ? 旅の準備をしてこなかった自分を恨むがいい」
「いや、そうじゃなくて」
流石に全身鎧を着ての長距離移動は堪えるのか、アーノルドさんは軽めの鎧を所々に着けているだけの軽装だ。
もちろん、その背には大きな袋を背負っており、色々と旅の準備をしてきてはいるらしい。まあ、俺は【収納】があるからそんな必要はまったくないのだが。
「多分ついてこれないと思うから背負うの。背中に乗ってなの」
「……はっ? 貴様が? 俺を背負うだと? ガハハ! なかなか面白い冗談だ。気でも狂ったか?」
ついてこれないのなら背負って一緒に運んでしまえばいい。そう考えて背中を差し出したのだが、アーノルドさんはいつまで経っても乗ってくることはなかった。
まあ、確かに背負うのは難しいか。身長差もやばいし、普通に背負ったら足を引きずる形になってしまう。
それでもお姫様抱っこよりはいいと思ったんだけど、本人が乗ってこないんじゃ仕方がない。前で抱くか。
「じゃあ、失礼するの」
「おい、何をして……なっ!?」
ひょいと背中に手を回して足払いをかけ、横抱きに持ち上げる。
見た目には子供が大人を抱っこしてるとんでもない絵に映るだろうが、アリスの筋力は並の大人の数倍以上はあるのだ。これくらいはたやすい。
それにどうせ見られることはない。だって、この状態で全力で走ってしまえば、傍目には風が通り過ぎた様にしか感じないだろうし。
「それじゃあ、行くの」
「おい、待て、降ろせ! ぎゃぁぁあああ!?」
アーノルドさんが何やら喚いているが知ったことではない。必要経費と思って聞き流すことにしよう。
その後、道行く人々が奇妙な鳴き声を耳にしたという噂が広がったが、何のことだかさっぱりわからないね。
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