幕間:やるべきこと
ネームドボス、フェラトゥスの視点です。
人生とは数奇なものだ。
ある日、お国から兵士として徴兵され、そのまま戦争に駆り出される。これだけでも、人によっては不幸なことだろう。
私は自分から仕官した根っからの軍人だが、そうして徴兵された兵士にはいろんな人物がいた。
死の危険を感じて青ざめる者、帰ったら自慢話を聞かせてやるんだと夢見る者、銃が握れると喜ぶ者もいただろうか。
士気はそれなりに高く、我が国は海外に負けていないと声高らかに叫んでいた。
まあ、結果はそう芳しいものではなかったが。
ただ、それくらいなら、ただの不幸な巡りあわせで済んだことだろう。
戦争に参加し、お国のために死ぬ。それは国民にとっての誉れであり、たとえ死にたくないと泣き喚いていた人物だったとしても、家族からは英雄だったと語り継がれることになる。
そうして、戦場で死ぬのなら、私とて後悔はない。
しかし、数奇な運命というのは、時として全く別方向に進むことがあるらしい。
それが、異世界への転移である。
当時の私は、異世界の存在など信じてはいなかった。
確かに、パラレルワールドだとか、並行世界だとか、そう言う言葉くらいなら聞きかじったことはあったが、そんなものはただの妄言であり、実際に存在するとは思っていなかった。
当初、私は敵国による巧妙な罠なのではないかと思っていた。だが、船を丸々一隻移動せさせるなんて不可能だ。
それも、船員である私達に気づかれず、しかもこんな雪山の奥地に運ぶなんて、常識的にありえない。
幻覚でも見せられているのかとも思ったが、五感すべてを研ぎ澄ませても、それは現実としか思えなかった。
そしてそれは、私達が孤立したという証明でもあった。
調査した結果、この山はどうやらかなりの標高があるらしい。辺りは常に吹雪で視界は悪く、時には見たこともないような動物がうろついていることもある。
そんな厳しい環境の中、私達に残されていたのは船に積まれていた弾薬と食料くらいなもの。
幸いにも、補給をしたばかりだったからそれなりの量はあったが、この状況下で弾薬など何の役にも立たないし、食料もしばらくすれば底を尽きてしまうだろう。
私達が助かるには、本国が私達がいなくなったことに気づき、救助部隊を出してくれることを祈るのみ。
私達は必死に助けが来るのを祈った。徐々に少なくなっていく食料を分け合いながら、絶対に助けは来ると待ち続けた。
でも、来なかった。食料は底をつき、私達はいよいよ決断しなくてはならなくなった。
銃はあっても、こんな軽装で雪山など歩けるはずがない。せいぜい、持って一時間ちょっとだろう。
それまでに下山できるか、ほとんどゼロに近しい可能性に、私達は賭けるしかなかった。
そして、その結果……全滅した。
そりゃそうだ。そもそも雪山での訓練なんて受けていないし、受けていたとしても装備が貧弱すぎる。吹雪の中、さらに見たこともない動物が襲い掛かってくることまで想定したら、とてもじゃないけど無傷で下山などできようはずもない。
最後まで希望を捨てるなとは言っていたが、自分自身、そんな希望はないのだと悟っていた。
そうして、一人、また一人と力尽きていき、私もその後を追うことになった。
そうしたら、なぜか不気味な骸骨姿となって蘇っていた。
「……今にしても思うが、意味がわからないな」
私はどうやら、神とやらに出会ったらしい。その神に、何かを言われたと思ったら、この姿で洞窟の中にいた。
輪廻転生という概念は知っているが、これがそれなんだろうか。まさか骸骨姿になるとは思っていなかったが。
とはいえ、こんな姿でも命を繋いだことは事実。すぐに他の仲間を探しに行こうと思ったがそれは叶わなかった。
どうやら、この体はこの洞窟から出ることができないらしい。
と言っても、そもそも出口がはるか上の方にあったから、抜け出すことはできなかっただろうが、そこに近づくだけでも、戻らなければと強く思ってしまっていた。
気が付けば、自分のことが書かれていると思われる画面が表示されていたり、それに従って意識してみれば、魔法のような力が使えたり、転生したことによって私はこの世界の住人となってしまったようだ。
今にして思えば、割と順応は早かったように思える。この体が万能なのか、それとも神が何かしてくれたのか。それはわからないが、骸骨姿という他人が見たら発狂しそうな姿でも、それなりに心穏やかに過ごすことができた。
そうして百年経ち、二百年経ち、千年以上の月日が流れ、ようやく変化が起こった。
それが、アリスとの遭遇である。
「アリスには感謝してもしきれんな」
私は何の目的で転生させられたのかわからなかった。
何か言っていたような気はするが、もうかなり昔のことで覚えていない。最初の内は、この姿を認められずに腐っていたこともあったしな。
この体は強いのだろう。スキルとやらもたくさん使えるし、少々見た目は悪いが、やろうと思ったことは大抵できた。
だが、できたところで私の領域は薄暗い洞窟の中のみ。これで何をしろというのか、わからなかった。
これは罰なのではないかとも思った。仲間を守れなかった、無能な指揮官として罰を受けているのではないかとも。
でも、それもなんだか違う気がして、結局訳がわからなかった。
そんな私を、解放してくれたのがアリスである。
アリスは不思議な力を持っていた。その力を使い、私を縛っている何かを取っ払ってくれたのだろう。その後からは、洞窟への未練はなくなっていた。
そして、魔王を倒すために、仲間になってくれないかと言われた。
魔王というのはよくわからないが、自分を救ってくれた恩人に恩を返せるのなら、悪くない。
せめて、ここから解放してくれた分くらいは尽くさなくてはならないだろう。そしてそれは、私の一つの目標になった。
「とはいえ、具体的に何をすればいいのかはわからないのが問題か」
私は現在、アリスが王を務めるという国の城に匿って貰っている。
あの幼さで一国の王とはたまげたものだが、あの特殊な力があるのなら可能なのかもしれない。
なにせ、ここは異世界なのだ。不思議なことが起こっても仕方ないのかもしれない。
ただ、不思議なことが日常茶飯事の異世界とて、私の今の見た目は受け入れがたいものらしい。
確かに、常識的に考えるなら、骸骨姿の人間が歩いていたら悲鳴を上げて逃げ出すことだろう。
もちろん、アリスもそこら辺を考慮して、私のことを伝えてはくれているようだが、すべての人が認めてくれるかどうかはわからない。
下手をしたら、邪悪な存在として殺しにかかってくるかもしれないとも言われた。
その扱いには納得している。こんな見た目だ、私だって、夜道にこんな化け物と出会ったら逃げ出すなり、やぶれかぶれで攻撃するなりするだろう。決して、いい夜ですねと挨拶することはないと断言できる。
ただ、そのせいもあって、私は仲間になったにもかかわらず、ただ部屋に閉じこもっているだけで何もできていないのだ。
千年以上もの間、洞窟の中でひっそりと暮らしていたのだから、別にこれくらいの退屈はどうってことはないが、恩人であるアリスにどうやったら恩返しできるのかと葛藤することはある。
まあ、戦力として期待しているようだから、有事の際に戦えばそれでいいのかもしれないが、それだけでいいものかどうか。
どうしていいやらわからないが、とりあえず、コミュニティを広げることが大切なのかもしれない。こんな姿でも、きちんと話せばわかってくれるかもしれないし、こんな奴でも悪い奴でないことがわかれば、今後私のような輩が仲間になった時も受け入れやすくなるかもしれない。
そうなれば、まずは手ごろな人間から試してみるとしよう。
そう思って、まずは私の部屋を担当しているメイドあたりから話し始めることに決めた。
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