第四百二十二話:戦時中の産物
とりあえず、入れそうな場所を探し、中に入ってみた。
この船、かなり昔からこの山にあったように思える。壁などに使われている金属はかなり色あせているように見えるし、通路内には埃がめちゃくちゃ溜まっていた。
仮にこの船に誰かが乗っていたとしても、すでに脱出したか、息絶えた後だろう。可能性としては、前者の方が高そうか。
倉庫のような場所もあったが、何一つ残されていなかったし、せいぜい残っているのは空の箱くらい。
手がかりがあったのは、艦橋に残されていた日誌くらいだった。
「なんて書いてあるんだ?」
「んー、これ、もしかして日本語なの?」
俺達は、この世界で使われている言語をすべて読み書きできるが、その日誌に書かれていたのはそのどれでもなく、元の世界での母国語である日本語だった。
一瞬プレイヤーかとも思ったが、戦艦ごとこの世界に転移させられたのか? いやいやまさか。
何か裏がありそうだし、とりあえず日誌を読み進めてみる。
日付を見る限り、この戦艦、恐らく戦時中に使用されたもののようだ。それも、現役バリバリの船。
つまりは、俺達が居た時間よりもさらに前から呼び出されたということになる。
飛ばされたのはどうやら一人ではないらしく、船に乗っていた乗組員らは全員巻き込まれたようだ。
最初こそ、何が起こったのかわからず混乱していたようだが、この日誌を書いていると思われる人によって一応の落ち着きを見せたようだ。
必ず助けが来る。だから、それまで何とか耐え抜こうと、そんなような言葉が綴られている。
しかし、それも長くは続かなかったようである。
次第に尽きていく食料。周りは雪深い山の中であり、下山することもままならない。そもそも、下山したところで町があるのか、町に着いたところで言葉が通じるのか、色々なことで揉めてしまったようだ。
それは食料が少なくなっていくにつれて加速し、ついに仲間を手にかける者が出始めた。
このままでは全滅すると悟った書き手は、残った食料をかき集めて、一か八かの下山を試みることにしたらしい。
最後に、無事に祖国に帰れることを祈る、と締めくくられていた。
「何かの事故で戦艦ごと巻き込まれて、この世界に連れてこられた人達って感じなの?」
「そうみたいだな。そんな昔から呼び出されていたとは驚きだ」
いったいどれくらい前にここに来たのかはわからないが、もしかしたら千年や二千年経っていてもおかしくないかもしれない。
この船の乗組員達は無事に下山できただろうか。それとも、ここにいるスケルトン達はそんな乗組員達の亡霊なのだろうか。
もし後者だとしたら、なんだか可哀そうだな。
「他に何か書いてないか?」
「一応、このあたり一帯を調べた形跡があるの。雪で覆われていたせいもあって、そんな遠くまでは調べられなかったみたいだけど」
周囲の地形などを把握するために、何人かの人達が周囲の調査をしたらしい。
特にこれといったものは見つからなかったようだが、一つだけ、有意義なものが見つかったと書かれていた。
それは洞窟である。それもただの洞窟ではなく、灰褐色の水晶で覆われた水晶洞窟。
水晶はそう高いものではないが、これだけの量があるなら一攫千金も夢ではないと喜んでいたようだ。
ただ、その洞窟に行った何人かが戻ってこないという事故が発生し、その調査に行った人も戻ってこなかったということもあって、あそこは良くない何かがあるということでしぶしぶ断念したという経緯があるようだ。
「水晶洞窟ねぇ。何かありそうだな」
「入った者が戻ってこない洞窟ですか。もしかしたら、瘴気の出所はそこかも?」
「何かお宝があるかもしれないな」
ここはすでに山頂近いし、瘴気の元凶があってもおかしくはない。
瘴気を出しているのが、何かしらの物体なのか、それとも大地からなのかはわからないけど、スキル封印が厄介だし、止められるなら止めておきたいところだよね。
「ここにはもう何もなさそうだし、その洞窟に行って見るか?」
「まあ、この戦艦もちょっと気になるけど……今はそっちに集中した方が良さそうなの」
調べた際、内部はかなり荒れてしまっていたが、外装はそこまで荒れてはいなかった。
恐らく、この雪が守ってくれていたのだろう。
詳しく調べる必要はあるだろうが、もしかしたら、ワンチャンまだ使えるんじゃないかとちょっとワクワクしている。
もちろん、流石に戦艦は【収納】には入らないし、ポータルも大きさ的に無理だから、どうにかして運ぶ手段を考えなければいけないだろうけど、もし使えるならぜひ使ってみたいよね。
まあ、別に放っておいてもこんなところに人が来るわけでもなし、今はこのままにしておいて大丈夫だろう。
まずは、この山の秘密を暴いていかないとね。
「それじゃ、しゅっぱーつ」
日誌の情報を頼りに、件の水晶洞窟へと向かう。
場所的には、ここからさらに少し登ったところにあるようだ。
船に入っている間に少し天候が悪化したのか、ちょっと吹雪いているけど、みんなを見失わないように気を付けていこう。
「瘴気が濃いな……呪われそうだ」
「一応、キャラシは見てるけど、呪いにはなってなさそうなの」
「スキル封印がメインで、呪いはないタイプか? だったらいいんだが」
発生源に近づいているからなのか、瘴気はさらに濃くなっていく。
呪いになると、今は回復手段がないのでかなりきついから、呪いが併用されていなくてよかったと思う。
まあ、代わりに山特有の天気に振り回されている感はあるけど、気合で登れるだけましだろう。
しばらく進むと、件の水晶洞窟が見えてくる。
瘴気の動きからして、あそこが発生源で間違いなさそうだ。
「ここに入るの……? なんかやばそうだけど」
「行かなきゃ始まらないの」
サクラはぎゅっとイナバさんを抱きしめながら不安そうに洞窟を見つめている。
ここまで瘴気が濃ければ、感じ取れるものなのだろうか。イナバさんの方もちょっとそわそわしているように見える。
でも、ここまで来て引き返すという選択肢はない。でもまあ、入るのは俺が最初にしておこう。何かあっても、俺が一番対処できる可能性が高いし。
「注意して進むの」
日誌の通り、洞窟は水晶で覆われていた。
あちこちに突き出すようにして生えている水晶は、わずかな光を反射して洞窟内を淡く照らしている。
少し足元が悪い中、耳を研ぎ澄ませながら進んでいくと、しばらくして大きな穴があった。
まるで奈落へと通じているような真っ暗な穴。暗くてよく見えないけど、下には広い空間があるようだ。
そして、そんな空間の中心に、何か光るものが見えている。
なんだろう、あれ。水晶とは違うっぽいけど。
【暗視】をもってしてもよく見通せない穴の中に、ちょっと恐怖を覚える。
さて、これは進むべきか否か。一応、俺なら【ハイジャンプ】で帰ってくることはできそうだけど、他のみんなは落ちたら普通の方法では帰ってこられなさそうだよな。
恐らくだけど、瘴気の元凶はこの先だと思う。調べるなら降りるべきだけど……。
穴の底を覗きながら、しばらく考え込んでいた。
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