幕間:とんでもない客
貿易都市アルフレッドの商業ギルドのギルドマスターの視点です。
商業ギルドには、様々なお客さんがやってくる。
魔物を狩ったから、その素材を売りたい者、店を始めたいから店舗を売って欲しいという者、この店に買い叩かれたと泣きつく者。
要望は様々あり、商業ギルドの職員はそれに丁寧に対応する。あからさまなクレームは撥ね退けるが、基本的には真摯に対応し、それは多くの信用へと繋がっていくのだ。
だから、ちょっと珍しいお客さんでも、その対応を変えることはないのである。本来ならば。
「それでは、王都の商業ギルドで買い叩きを受けたと」
「ええ。これなんだけど、小金貨二枚と言われたわ。それも何度も」
そう言って見せてくれたのは結晶花と呼ばれるものだった。
魔力が濃い場所にたまに生息する花で、通常の魔石の何倍もの魔力を秘めていると言われている。
もし、魔道具なんかに加工できれば、金貨数枚はする代物だろう。
それが、たったの小金貨二枚との査定。確かに買い叩きを受けているというのは間違いないようだ。
「おかしいと思って、一回ここで鑑定してもらったんだけど、その時は金貨二枚だと言われたわ。十倍よ? 流石におかしいわよね?」
「おっしゃる通りで」
確かに、王都の商業ギルドは少々評判が悪い。
元々、この国は獣人の国であり、商業なんてせいぜい物々交換が関の山だった。
それを、人間などの国と同じように通貨を流通させ、今の商売の体系を作り出したのは、王都の商業ギルドが始まりである。
まあ、偉いのは先祖であって、今の商業ギルドではないとは思うが、王都の商業ギルドがなければこの国はもっと衰退していたのは事実。だからこそ、他の町の商業ギルドと違って、かなりの権限を与えられている。
この買い叩きも、その一部だろう。確かに、見るからに森から出てきたばかりですと言ったエルフを相手に、相場通りに売る商人はそんなにいない。多少安めに見積もって、買い叩くのはそこまで悪ではない。
まあ、流石に十分の一はやりすぎだと思うが。
「初めての獣人の国だからと楽しみにしていたのだけど、獣人はこう言う買い叩きが普通なのかしら?」
「いえ、そんなことがあろうはずがございません。多少相場から前後することはあれど、そのような不誠実な態度をとれば、誰も商業ギルドを利用しなくなってしまいます」
「そうよね。それを聞いて安心したわ。私だって、初めて訪れた国を潰したくはないもの」
国を潰す。随分と物騒な言い回しである。
しかし、このエルフが普通のエルフでないことはよくわかる。
確かに、一見すると魔術師っぽい服装ではあるが、その服がかなり良質なものかどうかくらい見ればわかる。少なくとも、あれだけで金貨が飛ぶような値段はするだろう。
明らかに高貴な身分の方であり、間違ってもカモにしていい人ではない。
「ねぇ、こういう場合ってどうなるの? 王都の商業ギルドに対して、何か罰とかはあるの?」
「基本的に、商業ギルドはそれぞれの支部のギルドマスターの指示が優先されます。鑑定間違いや、鑑定偽造を疑っての買い叩きがあったとしても、それは当事者同士の問題であり、訴えれば多少の賠償金を引き出すことは可能かとは思いますが、商業ギルド自身が罰を、と言うことはないでしょう」
「へぇ、ぬるいわね」
「私共としては、サクラ様の気持ちもよくわかりますが、商業ギルドが潰れる、と言ったようなことはないでしょう。ここでなら、適正な価格で、いえ、迷惑料として割増しで取引させていただきますので、どうかご容赦いただけないでしょうか?」
「まあ、私は結晶花がいくらで売れようがどうでもいいのだけど、一つ気に入らないことがあるの」
そう言って、お付きの人に視線を飛ばす。
この国で雇ったのだろうか、兎族の子供だった。
その子はカバンからいくつかの資料を取り出すと、そっとテーブルの上に置く。
「これ、どう思う?」
「これは……」
そこには驚くべきことが書かれていた。
王都の商業ギルドが犯した数々の不正。しかも、その中には商業ギルドに加盟しなかったことを理由に、同業者にその店を潰させようと裏金を流していた、なんてものもある。
いくら王都の商業ギルドが優遇されているとはいっても、ここまでの不正は流石にやりすぎであった。
「そこに載ってる店だけど、私の知り合いの恩人なのよね。それなのに、商業ギルドに気に入られなかったってだけの理由で、窃盗やら器物破損やら暴行やら、やりすぎだと思わない?」
「え、ええ、明らかにやりすぎですね。こんなの、いくら王都でも許されません」
そりゃ、商業ギルドはその町のすべての商人を管理している関係上、どこどこの商人が不正をやらかしているとかを知る機会もあるし、それをネタにゆすることもなくはない。
この町ではそんなことやる商人はそんなにいないが、多少の不正はあるものだ。
でも、流石にこれだけの量の不正がまかり通っているというのはありえない。どう考えても、警備隊が動く案件だし、下手をすれば王宮が動くようなものである。
それが未だに動いていないってことは、いずれも賄賂を贈られて静観しているということなのだろう。
王都のあまりの腐敗っぷりに、思わずめまいがした。
「私が買い叩かれたことはどうでもいいの。けど、知り合いの恩人が理不尽に叩き潰されようとしているのは見過ごせないわ。何とかならないかしら」
「そうですね、もし、この資料がすべて本当のことだとしたら、私共の方で査察を行い、警備隊に突き出すことは可能です。ただ、これを見る限り、警備隊は賄賂を贈られているでしょうから、捕まるとしても一時的なものになるでしょう。確実を期すなら、国王の一筆でもないと不可能かと」
「そう、国王のサインがあればいいのね。わかったわ、ちょっと取ってくるから、少し待ってくれる?」
そう言って、もう一度兎族の少女に目配せすると、兎族の少女はすっとその場から消えた。
先程までずっと見ていたにもかかわらず、気配もなく一瞬で。
どうやら、ただの兎族と言うわけでもないらしい。この高貴なエルフを守るための親衛隊のようなものだろうか。
「お待たせなの」
出直すのかと思いきや、すぐ戻るからとしばらく雑談をしていると、兎族の少女が戻ってきた。
あれからまだ一時間くらいしか経っていない。どう考えても、王都まで行って帰ってくるには早すぎる時間だ。
しかし、手渡された封書を見てみると、そこには確かに国王の言葉が綴られていた。
捺印も、サインも、紋章も、すべて王族のものである。
もし、これを偽造したりしたら、とんでもない重罪だ。いくらエルフの中でも高貴な身分なのだとしても、極刑は免れない。
そもそも、ただの兎族の少女が国王と謁見などできるものか。サクラさんの言伝があったにしても、普通は門前払いを食らうはずである。
明らかに、あらかじめ用意しておいたというべき封書。しかし、それはどれを見ても本物だと示している。
この人は一体何者……。
「……サクラ様、失礼ですが、あなたはエルフの貴族であらせられますか?」
「貴族? エルフに貴族制はないわよ。族長……いえ、王と、それ以外っていうのが普通だから」
「では、サクラ様は……」
「私は一応女王をやってるわ。とある国では客人として扱われているし、何ならそれを証明する証書もある。見てみる?」
「え、ええ、では失礼して……」
エルフの女王、まさかの王様である。
そんな人物がなぜこんな場所にいるのか、見当もつかないが、見せられた証書は確かにこの方を女王だと認めるということが示されていた。
国王のサインや捺印も入っている。これが偽造だということはありえない。
どうやら、王都の商業ギルドはとんでもない人を敵に回したようだ。
「さて、国王の一筆は揃ったわ。これで動ける?」
「は、はい、今すぐにでも行けます。いえ、今すぐにでも行かなければならなくなりました」
商業ギルドには頭が上がらないはずの王宮が動いたのだ、ここで動かなければ、こちらが断罪されてしまうだろう。
サクラさんの機嫌を損ねるのもまずい、何としても王都の商業ギルドのギルドマスターを引きずり出して、罰を受けさせなければならない。
私は部下に指示を出すと、すぐさま王都に向かう準備をした。
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