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幕間:ミスリルの供給源

 伝説の鍛冶屋、ラズリーの視点です。

 商売と言うのは、案外楽しいものだと思った。

 別に、商人として働きたいとか、そう思ったことは一度もない。けれど、自分で作ったものを売って、みんながそれを喜んでくれるというのは、悪くないことなのではないかと思った。

 そして何より、それが彼の願いだったから。


「……」


 鍛冶屋を従業員に任せ、いつものように森へと向かう。

 森の中は、基本的には魔物が多く出没する危険地帯だけど、私はそれくらいの脅威なら対処できる。

 いわゆるプレイヤーであり、いくら生産職とはいえ、全く攻撃方法がないわけでもない。

 武器の性能によるごり押しにはなってしまうけど、この辺に出没する雑魚程度ならそれでも十分だった。

 しばらくして、目的の場所へと辿り着く。

 そこにあるのは、小さな洞窟だった。時たま魔物が住処にしていそうな自然の洞窟。しかし、そこがただの洞窟でないことは一目見ればすぐにわかる。

 なぜなら、その洞窟の周囲はきらきらとした鉱石で覆われていて、地面すらも水晶質に変わっているのだから。

 その鉱石の正体はミスリル。この世界では、武器や防具に使われる素材の中では最も優れていると言われている貴重な金属である。

 もちろん、普通はこんなところにミスリルなんぞがあるはずがない。本来のミスリルは、鉱山の奥深くや、ダンジョンなんかでたまに見つかるものだ。

 こんな地表近くに現れるなど、普通はありえない。これもすべて、あの人のせいなのだ。


「またこんなに露出して、見つかったらどうする気でちか」


 洞窟の周囲に溢れているミスリルに若干苦笑しながら、洞窟の中へと入っていく。

 洞窟の中も、当然ながらミスリルでいっぱいだ。もし、これをすべて持ち出せたのなら、一生遊んで暮らすことも夢ではないだろう。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。私は奥まで進み、目的を果たそうとする。

 しばらく進むと、行き止まりになった。ひときわ巨大なミスリルの塊が一面を覆い、ランタンの明かりに照らされてきらめている。


「シーリン、来たでちよ」


 そんな巨大なミスリルの塊の中心。そこには人型の何かがいた。

 ミスリルに埋め込まれるように存在するそれは、よく見れば若い男性のように見える。

 私は【収納】にしまっていたお酒を取り出すと、そっとその前に供えた。


「相変わらず変わってないでちね。この調子じゃ、森がミスリルだらけになってしまうでちよ?」


 当然ではあるが、その人型は動かない。ただの人型であって、その体は周りと同じミスリルでできており、人ではないのだから。

 だけど、それが元々人だったということを私は知っている。

 私の馬鹿な願いを叶えるために、自らの命を差し出したかけがえのない友人なのだから。

 私は今でこそ、伝説の鍛冶屋なんて言われているが、元からそんな有名だったわけではない。

 最初の頃はミスリルなんて持っていなかったし、鉱山に行って掘ってくるほど体が丈夫なわけでもなかった。

 いや、今ならいけるとは思うけど、その時はまだ無理だと思っていた。碌な武器もなかったしね。

 突然こんな世界に連れてこられて、変な姿に変な口調を強制されて、どうしろっていうんだと嘆いていた。

 そんな時に助けてくれたのが、シーリンである。

 底抜けに明るくて、落ち込む私に何度も話しかけてくれて、この町のことも、この世界のことも、色々聞かせてくれた。

 元はとある貴族家の三男だと聞いていたけど、今は家を出て、商人として活動しているんだと言っていた。

 貴族が何で商人なんてやってるんだと思うけど、恐らくは追い出されたんだろう。何をしでかしたかは知らないけど、その後どうやって生きるのかはその人次第だ。だから、それが悪いこととは思わない。

 それに、私は彼のおかげで商人と言う道を志すことができた。

 自分が持つ、武器を作り出す能力と合わせれば、商人としてもやっていけるのではないかと思わせてくれた。

 しばらくは、二人で行商をしながら暮らしていた。決して裕福とは言えなかったけど、私にとってはとても幸せな時間だった。

 けれど、ある時盗賊に襲われて、大打撃をこうむった。

 いや、あれは盗賊ではないだろう。盗賊だとは名乗っていたが、明らかに正規の兵士だった。

 私も応戦したけど、私のレベルは3、とてもじゃないけど勝ち目はなかった。

 何とか逃げおおせることはできたけど、シーリンは大怪我を負い、私もまともに歩ける状態じゃなかった。

 どうにか森まで辿り着き、洞窟に身を潜めた私達は、ここで死ぬんだと覚悟した。

 そんな時、シーリンが懐からなにやら星形の石を取り出し、ふっと笑った。


「これは我が家に伝わる願いを叶える石でね。これに願えば、何でも一つ願いが叶うと言われている」


 それを聞いた時、私はこれでシーリンが助かると思った。

 怪我さえ治れば、また一からやり直すことができる。兵士に追われるというのなら、他国に逃げてしまえばいいのだから。

 しかし、シーリンは私の肩にそっと手を当てると、にこりと笑ってこう言った。


「僕は願う。僕はどうなっても構わないから、ラズリーが立派な商人として活躍できる機会を作ってくれ」


 信じられなかった。瀕死の重傷を負っておきながら、それを治すためではなく、私のために使ったのだから。

 確かに、私は日頃から言っていた。こうして行商の旅をするのは楽しいし、みんなが自分が作ったものを買って、喜んでくれるのは嬉しいって。

 でも、それはシーリンがいてこそのものだ。一人で商人になりたいわけじゃない。

 私はすぐさま否定したが、シーリンは引かなかった。


「僕がいる限り、またラズリーを危険な目に合わせてしまう。そんなこと、僕は望まない。だからせめて、ラズリーが幸せになれるような選択を取るべきだと思ったんだ」


 すでに願いを叶えたのか、星形の石は光を発し、シーリンを徐々にミスリルへと変えていった。

 商人として、私の役割は武器を作ることだった。そして、その武器を作るにはミスリルが最も適している。

 だから、ミスリルの供給源として、その身をミスリルへと変えたのだろうと思った。

 そんなこと、これっぽっちも望んでいなかったのに。


「商売は順調でちよ。最近、ちょっと危ない目にも遭ったでちが、親切な人が助けてくれたでち」


 ミスリルは徐々に周りに侵食していった。いや、侵食と言うよりは、複製だろうか? 地面からにょきにょきと生えてくるその様は、霜柱が生えてくるかのようだった。

 これのおかげで、私はミスリルを無限に使えるようになった。

 ひとたびここに来れば、数十キロ、数百キロのミスリルが簡単に手に入る。それを使えば、ミスリルの武具を作ることなど簡単だった。

 最初は、誰かにこの場所が見つかってしまうのではないかとも思ったけど、不思議と見つかることはなかった。

 私はこの場所が荒らされることを好まない。シーリンの墓であるここは、私が手入れしてあげなければならない。

 ミスリルの供給源として、と言う理由もあるにはあるけど、この町を離れられない一番の理由はそれだった。


「シーリン、あちきは、立派な商人になれてるでちか?」


 当然答えは返ってこない。私自身、これが真っ当な商売になっているのかなんてわからない。

 だけど、少なくとも、シーリンが望んでいた、立派な商人になるという目標だけは下げることはない。

 仮に今の時点で立派な商人になれているのだとしても、それよりももっと立派な商人に、それが私のシーリンに対するせめてもの償いだから。

 私はしばらくの間、ミスリルとなった友の姿を、じっと眺めていた。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] スキルによる変換じゃなくてこんなバックストーリーが…… ワンチャンアリスさんなら何とか出来ないのかねぇ
[良い点] なるほど、ラズリーさんがこの街を離れたくないのはこういう理由もあったからですか 少し物悲しいですがラズリーさんにはこれからも頑張ってもらいたいです
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