第四百十四話:年貢の納め時
ウマラ王国王都の商業ギルドのギルドマスターの視点です。
「そのことに関しては、後で直接行ってください。それとは別に、もう一つ用があるのですが」
「な、なんでしょう?」
「エルスタインさん、どうやら王都支部だからと随分好き勝手やっていたようですね?」
「は……?」
そう言って、懐から数枚の書類を取り出す。
それは、今まで商業ギルドが握りつぶしてきた、不正の数々の証拠だった。
「なっ!?」
「商人ですからね、多少の悪事は理解できます。しかし、それは普通の商人の話。すべての商人を管理する立場にある商業ギルドがやっていいことではありません。それもこんな、あからさまな不正行為など、言語道断です」
それらは本来なら厳重に金庫にしまわれているものだし、何なら自宅に持ち帰っているものすらある。それがなぜこんな場所にあるのか、可能性があるとしたら、誰かが裏切って持ち出したからに違いない。
だが、不正に携わらせてきた奴らにはみんな賄賂を贈っている。最近新人を入れたということもないし、今の奴らが裏切るとは到底思えなかった。
しかし、事実証拠はここにある。せっかく目をかけてやっていたのに裏切られた、そう考えると怒りが湧いてきた。
「特にこれは酷いですね。商業ギルドに加盟しなかったことを理由に、同業者に叩き潰させようとしているんですか? しかも、店主はまだ幼い少女だというのに、窃盗、器物破損、暴行まで。いくら何でもやりすぎです。これに関しては、きっちり罪を償ってもらいますよ」
「な、何を言っておられるのやら。そんなもの身に覚えがありませんな。仮に同業者がその店を潰そうとしていたからと言って、商業ギルドは何の関係もありません。その紙切れも、誰かが捏造したものに違いないでしょう。そうでなければ、そんなものがここにあるはずがない」
「そうですか。言い逃れできるとは思いませんが、そうおっしゃるなら今すぐにでも警備隊を呼んで取り調べを受けてもらいましょうか。潔白だというなら、もちろん受けていただけますよね?」
「も、もちろん……」
「では、警備隊には連絡しておきましょう。同じギルドマスターとして少しは尊敬していたのですが、残念でなりません」
そう言って、アルフレッドのギルドマスターは去っていった。
誰もいなくなった応接室で、私は静かにうなだれていた。
もう、ここから巻き返すことは難しいだろう。
さっきはああ言ったが、警備隊に引き渡された時点で大変な汚名だ。誤認逮捕とかならともかく、今回は真偽は別として、きちんと証拠も揃っている。
あのギルドマスターがあの証拠を誰にも伝えず後生大事に保管していると言うわけでもあるまいし、多くの人に悪事がばれることになるだろう。
そうなれば、元々敵対関係にあった冒険者ギルドはもちろん、同じ商人の中にも見限る奴は出てくるだろうし、警備隊も賄賂は通用しなくなるだろう。
もちろん、こういう時のために警備隊には安くない賄賂を渡しているのだから、拷問とかはされないだろうし、逃亡の手助けくらいはしてくれるだろう。だから、逃げることはできる。
だが、そうなれば、もう二度とこの権力を手にすることはできない。
国王にも匹敵する絶対的な権力。それに慣れてしまったら、その辺の大商会が持つコネなど可愛く見えてしまう。
人は楽を覚えたら後には戻れない。金は持ち出せても、権力までは持ち出せない。
それはすなわち、破滅することと同義であった。
「……いや、まだだ」
このままでは、私の華々しい生活が台無しになってしまう。これを逆転するためには、証拠をもみ消し、目撃者をすべて消せばいい。
なに、相手はただのエルフの小娘と商業ギルドのギルドマスターだ。殺し屋を雇えば、すぐにでも蹴散らすことができるだろう。
もちろん、それだけですべてをもみ消せるとは思っていないが、重要人物さえ消えてくれれば後はどうとでもなる。
「ギルドマスター、警備隊が身柄を拘束すると言っています」
「あ? ああ、今行く。ああ、それと……」
私は部下に殺し屋を雇うように指示を出しておいた。
警備隊が来るのがやけに早いが、まあ、あれだけの証拠があったのだから、あらかじめ呼んでいても不思議はない。
警備隊が真っ当な組織だったら危なかっただろうが、この王都の警備隊なら私の駒に過ぎない。
私は最低限の準備を整え、警備隊に連れていかれた。
「な、なぜ……」
連れてこられた場所は王宮だった。
本来なら、警備隊の詰め所に連れていかれるはずである。それがどうしてこんな場所にと思っていたら、騎士達が現れた。
明らかに、こちらが悪だと断定しているようなその動き。どうやら、私は先を見誤ったらしい。
すでに奴らの手は王宮にまで及んでいた。私を断罪するためだけに、国王を動かした。
あのエルフが女王だというのは本当のことらしい。そうでなければ、この国の国王が動くものか。
両手を縛りあげられ、まるで罪人にそうするかのように背中を槍の柄で突かれる。
思わず倒れ込んだが、助け起こしてくれる人はいない。
調子に乗りおって……無事に事が済んだら目にもの見せてくれる。
「お、おい、何をする気だ!?」
「決まっているだろう? 事実確認をするために、お前に色々尋問するんだよ」
連れてこられたのは石造りの薄暗い部屋。
壁には手枷と足枷があり、周りには様々な道具が置かれている。
見たことはないが、ここがどういう場所なのかくらいは容易に想像がついた。
「ま、待て! 私は無実だ! あの証拠はでっち上げのものだ! きちんと調べてくれたらわかるはずだ!」
「だから、それを調べるために今から尋問するんだろうが。なに、すぐに喋れば悪いようにはしない。真実を喋ればの話だがな」
そうしている間にも、てきぱきと手枷足枷をはめていく。身動きが取れなくなり、どうあってもこの状況からは逃れられないのだと悟った。
目の前には覆面を被り、鞭を携えた拷問官の姿。
これから行われることを想像し、見る見るうちに顔が青くなっていく。
「や、やめ……ぎゃぁぁあああ!?」
鞭が振るわれるとともに、体に走る激痛。
喋らなければ、もっと酷い目にあわされるかもしれない。しかし、喋ってしまえば、もはや逃げることすら敵わなくなる。私の人生はここで終わりとなるだろう。
部下に殺し屋に指示を出すように言っておいたが、今それをやったところでもはや意味はない。
私が拷問なんぞに耐えられるはずないのだから。
どこで道を誤ったのだろう。あのエルフをただの無知なエルフと見誤ったのが原因だろうか。それとも、もっと前から間違っていたのだろうか。
商人として、間違ったことをしたとは思わない。けれど、もし、アルフレッドのギルドマスターのように誠実であったなら、あるいは未来は変わっていたのかもしれない。
数々の後悔を思い浮かべながら、長い一日が始まった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




