第四百十三話:貿易都市からの使者
ウマラ王国王都の商業ギルドのギルドマスターの視点です。
「ギルドマスター、大変です!」
「どうした、騒々しい」
エルフが短剣を持ち込んで、唐突に現れた化け物を退治してから数日。
あの事件によって、あのエルフの我々に対する信用は地の底に堕ちた。
結晶花に続いて、ミスリルの短剣に対する発言。いくら馬鹿だったとしても、流石にこちらが騙そうとしていることくらい理解できただろう。もはや、あのエルフがここを訪れることは二度とないと思われた。
だが、逆に言えばそれまでである。
仮に、あのエルフが商業ギルドに騙されたと言いふらしたとしても、ここは天下の商業ギルド王都支部である。国王にも等しい権力を与えられている、この町の最高峰の場所だ。
対して、あちらは森から出てきたばかりの異邦人。いくら喚き散らしたとしても、ああ、無知のせいで損をしたんだなとしか思われないだろうし、仮に商業ギルドを快く思っていない冒険者ギルドなんかが話に乗ったとしても、所詮はただの噂。そこまでの効力はない。
容易にもみ消せる範囲だろうし、あまりに悪評が立ちすぎて他の町の商業ギルドから監査が入るようなことがなければ何の問題もない。
だから、今回の件はちょっとした好条件の使い捨ての取引先を一つ失ったに過ぎず、いくらでも立て直せると思っていた。
しかし……。
「貿易都市アルフレッドから商業ギルドの使者が来られています。結晶花の件で話があると言って……」
「あ、アルフレッドからだと? そんな予定は聞いていないが……」
「詳しくは話されませんでしたが、ここで不当な取引をさせられたと駆け込んできた女性がいたようです。恐らく、あのエルフのことかと……」
「そ、そんなわけがあるか! あれからまだ一週間も経っていないんだぞ!?」
確かに、ここ王都からアルフレッドまでの距離は馬車でおおよそ四日ほど。あのエルフが、事件の後すぐさま町を発ち、アルフレッドの商業ギルドに駆け込んで取り合ってもらい、また相手もすぐに出発したなら、ギリギリ間に合いそうな時間ではある。
だが、そんなのは実質不可能だ。
そりゃ、あのエルフは金に困っていたとはいえ、以前に金貨三枚を渡してしまっている。その金を使えば、アルフレッドまで行って帰ってくることも可能だろう。
しかし、ただのエルフの訴えを商業ギルドがそう簡単に受け入れるはずがない。
もちろん、話くらいは聞くだろうが、それですぐさま出発して、こちらを調べようなんて思わないはずだ。
いったい何がどうしてそうなった? あのエルフの後ろには誰かがいるのか?
「し、しかし、来ているのは事実です。どうしますか?」
「うむぅ、流石に商業ギルドの使者を出迎えないわけにはいかん。私が出よう」
ともかく、どういう因果関係で使者が来ることになったのかを明確にしなければならない。そのためには、まずは話を聞かなければならないだろう。
念のため、部下にあのエルフのことについてもう一度調べておくように頼みつつ、応接室へと向かった。
「ようこそおいでくださいました。……って、あなたは!」
「ええ、久しぶりですね、エルスタインさん。定例会談以来ですか?」
応接室で待っていたのは、見知った顔だった。
見知ったと言っても、別に友達と言うわけではない。同じ商業ギルドのギルドマスターとして交流があるという程度のことである。
そう、ギルドマスターだ。
普通、使者と言ったら部下に任せるだろう。商業ギルドにはそう言った話し合いのための人員も用意しているし、ギルドマスター自身も本来は忙しい身だ。
それが、わざわざ使者として訪れるなんてありえない。
いったい何が起こっているんだ?
「な、なぜあなたがここに……」
「いえ、どうもあなたが非常に厄介な人を相手にしているようなので、忠告に」
「厄介な相手?」
「サクラ様、と言えばわかりますか?」
わからないはずがない。いくらカモだとは思っていても、顧客の名前くらいは憶えている。
やはり、あのエルフが駆けこんだのは間違いなさそうだ。
しかし、あれが厄介な相手? どう考えても、ただのカモだったようにしか思えないが。
「私も商人ですからね。無知な相手から勉強料として幾ばくか毟り取るというのも理解できないわけじゃありません。それが正しいかどうかは置いておいてね。しかし、手を出した相手が悪かった」
「な、何を言っているのやら……。それに、相手が悪かったとは?」
「別に隠す必要はないでしょう? サクラ様から、結晶花を一つ小金貨二枚で買い叩いたそうですね。適正価格なら、その十倍以上はするであろう代物を。それにミスリルの短剣でしたか。話はすべて聞いています」
「……」
流石に、同じ商人相手に、それもこちらのことをある程度知っている相手に隠し通すのは難しいか。
もちろん、それが悪いとは言っていない。正しい商人の在り方としては、どんな相手にも誠実に、と言うのが一番いいんだろうが、そんなくそ真面目な商人は大半が大成できずに散っていく。
多少の悪事、いや、悪事とも呼べないようなグレーゾーンのことをするのは、商人として生き残っていく上で当然のことであり、無知な相手から買い叩いたりするくらいは普通のことだ。
まあ、こいつはそれをあまりよくは思っていないようだが、別にそれで叩くようなことはしてこないはずである。
だから、わざわざ言うのは、相手が悪かったという部分にあるのだろう。
「エルスタインさん、あなたは、サクラ様がどんな人物かご存知なかったのですか?」
「ご存知も何も、森から出てきたばかりのエルフなんじゃ……」
「ええ、確かにそれは事実でしょう。ただし、ただのエルフではなく、エルフの女王様です」
「じょ、女王、だと……?」
エルフについてはよくわかっていないが、排他的な種族ということ以外は、恐らく我々とそう大差ないだろうということはわかる。だから、王国と言う形態をとっていても不思議じゃない。
だが、その女王がなぜこんなところにいる? 普通、一国の王がふらふらと森を出たりするか?
「そ、そんな馬鹿な……なぜ女王がこんな場所をうろついているのです?」
「エルフは基本的には排他的な種族ですが、サクラ様はその考えに異議を唱えているらしいです。だから、自ら進んで外に出ることで、他のエルフにも外の世界と関わることを知って欲しいというお考えのようですよ」
「そ、そんな話を信じたのですか? 明らかにでっちあげでしょう!」
「そうでもありませんよ。お付きの人も証言していましたし、他国の国王による身分証明書も見せてもらいました。きちんとした刻印付きでね。サクラ様が嘘をついているとなると、その国もそれに加担したことになり、商業ギルドを敵に回すことになる。エルフ個人ならともかく、一国がバックについているなら、信用しても問題はないでしょう?」
「あ、ありえない……」
ただのカモだと思っていた相手が、実は一国の女王であり、他国の国王からの信頼も得ている。
ただのエルフをカモにしただけならともかく、一国の女王を騙したとあっては、国際問題にも発展しかねない。
もちろん、エルフは排他的な種族であり、他の国が戦争を仕掛けてこようがそもそも見つけることすらできないような場所にあるし、エルフ自身も興味を持っていないから戦争なんて馬鹿げたことをしようとは思わないだろうが、女王の鶴の一声があれば動く可能性は十分にある。
どちらの国力が優れているかは置いておいて、戦争の引き金を引いたとして責任を問われれば、盤石だった地位が揺らぎかねない。
まさしく、相手が悪かったと言えるだろう。
「まあ、サクラ様はお優しい人ですから、泣いて許しを乞えば許してくれるかもしれませんね」
「そ、そんなこと……」
「できないとは言わせませんよ。もっとも、戦争したいというのであれば留めませんが」
「ぐぬぬ……」
この私が頭を下げる? 今まで見下してきた相手に? そんな屈辱、許されるものか!
だが、そうしなければ下手したら戦争である。いくら国王並みの権力を持っているとはいっても、そんなことになれば流石にこの国の国王もこちらを断罪してくるだろう。
丸く収めるためには、土下座も致し方ないかもしれない。
どうにかできないかと思考を巡らせるが、すぐには思い浮かばない。
私はぎりりと歯を食いしばった。
感想ありがとうございます。




