第四百十二話:掘り出し物
ウマラ王国王都の商業ギルドのギルドマスターの視点です。
あれからあのエルフについて少し調べてみたが、特に変わった様子は見られなかった。
町の宿屋に泊っており、昼間は町を観光し、夜は魔法の練習でもしているのか、町の外れの方に向かっていく。
別の町に行く様子は見られなかったし、ひとまずはあのまま引き下がってくれたのだと安堵していた。
最近、なにやら大規模な魔物討伐作戦が行われたようだが、それに関しては関係ない。
そんなもの、森の多いこの国ではよくあることだし、それで販売ルートが潰されるでもしない限りは、それは冒険者ギルドの仕事である。
戦うことしか能がないのだから、こういう時くらいは役に立ってもらわなければな。
「ギルドマスター、例のエルフがまた」
「またか。今度はなんだ」
最近は、結晶花を売り付けに来ることもなかったし、別の商店で売っているのかとも思っていたが、また来たらしい。
今度はどんなクレームをつけに来たのやら。いくら言っても無駄だというのにな。
それとも、あの時のことは忘れてまた売りに来たのだろうか。十分あり得そうである。
「売りたいものがあると言っています」
「例の結晶花か?」
「いえ、それとは別物のようですね」
結晶花では買い叩かれると知って別のものを売りに来たのか?
普通なら、一度でも買い叩かれた店なんかに再び売りに来るとは思えないが、無知なエルフなら十分にあり得る。
まあ、売ってくれるというなら買い取ってやるさ。買い叩けそうなら買い叩くが、別にいつもやっているわけじゃない。
そうでなければ、いくら権力を持っているとはいっても真っ当な商売などできないのだから。
「今回も私が行くか。その方が、誠意を見せていると思われるだろうしな」
買い叩かれると知ってもなお売りに来るのだ、ここで誠意を見せれば相手も警戒心を解くだろう。
さて、何を売りに来たのやら、さっそく部屋へと向かった。
「ああ、あの時の。ギルドマスターだっけ?」
「はい、ギルドマスターのエルスタインでございます。覚えていていただきありがとうございます」
「そう。まあいいわ、今回は掘り出し物を持ってきたの」
そう言って、エルフはカバンから短剣を取り出す。
特に凝った装飾がされているわけでもない普通の短剣。しかし、その短剣には見覚えがあった。
「どう? 知り合いに譲ってもらったんだけど、恐ろしくよく切れるって絶賛していたわ。かなりいいものだと思うんだけど」
ミスリル製の短剣。すなわち、ラズリーの鍛冶屋の作品である。
まさか、こんなところで再び見る羽目になるとは思わなかった。
まあ確かに、ミスリルを使っているのだから、適当に作ってもそれなりに品質がいいものは作れるだろうし、切れ味もいいだろう。
だが、所詮は小娘が作った武器。いくら追加効果もあり、付加価値が高いとは言っても、その点だけで買い叩くには十分である。
「ええ、どうやらこれはミスリルを使った武器のようですし、希少な武器と言う意味ではいいものでしょうな」
「やっぱりね。どれくらいの値段になる?」
「そうですな。ジェームズ、どう思う?」
「そうですね。まあ、高めに見積もって小金貨七枚と言ったところでしょうな」
「ふーん、案外安いわね」
なんだか納得いっていない様子のエルフ。
まあ、譲ってもらったと言っていたから、そこまで値段に興味がないだけかもしれないが、一度は買い叩いた実績もある。少しは警戒しているかもしれない。
だから、ここは警戒を解くように、もっともらしい理由をつけるとしよう。
「サクラ様、この短剣は、ラズリーと言う新米鍛冶屋が作ったものでしてね、確かに素材はいいものを使っているようですが、逆に言えばそれだけ。鍛冶技術では他の熟練の鍛冶屋と比べて一歩も二歩も遅れているのですよ」
「でも、よく切れるわよ?」
「ミスリルですからな、適当に鍛錬してもそうなるでしょう。しかし、武器はそれだけでは成り立たないのです。特にこの短剣は、何の装飾もなされていない、そのあたりのデザインに回す余力がないということでしょう。攻撃力も低い、これではせいぜい、解体ナイフの代わりになるくらいでしょうな」
「へぇ」
実際、熟練鍛冶屋と新米鍛冶屋の作品を比べた時、熟練鍛冶屋の作品の方が値段が高いのは当たり前だ。
品質も何もかも、そちらの方が上回っているのだから。
新米の方が勝っているとしたら、それは素材に使っているミスリルの価値のみ。だから、ミスリル分の値段はついても、それ以外は全く劣っている。
値段だけ見て、自分の方が高く買い取ってもらえたから偉いんだとはならないだろう。
まあ、エルフにとって剣など切れるかどうかしか見ていないだろうから、あまり関係のない話かもしれないが。
「まあ、護身用に持っておくくらいはいいかもしれませんな。役に立つかは別として」
「そう。じゃあ、この短剣は魔物とか相手には何の意味もない代物だと」
「その通り。この武器の製作者にもよく言っておきますよ、いたずらに希少な素材を使った武器を安く売るから勘違いする者が現れるんだと」
「わかった。それなら……」
話は終わったと言わんばかりに立ち上がろうとした、その時。突如として建物が揺れた。
何事かと窓の外を見てみると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、なん……!?」
蛇のような長い体で、全身を水で覆い、こちらを睨みつける巨大な存在。
なんなのかまではわからなかったが、それはまさしく魔物の姿だった。
「ぎゃぁぁあああ!?」
「お、お助けぇ!」
思わず腰が抜けて立てなくなる。
なぜこんな化け物が町中に存在するのか、その理由はわからない。
以前にあった、魔物の討伐作戦の影響なのだろうか。それとも何か別の理由が?
なんにしても、今や私達の命は風前の灯火だった。
「これだけ近いなら、やれるわよね」
唯一、この状況にも取り乱さなかったエルフは、そっと立ち上がると、見せていた短剣を手に窓に近づいていく。
いったい何をするつもりかと思ったら、勢い良く飛び上がり、その化け物に向かって短剣を一突きした。
「ギャァァアアゥ!」
その瞬間、化け物は光が弾けるようにその場から姿を消した。
後に残されたのは、すっと着地したエルフと、手に持った短剣のみ。
まさか、あの一瞬で化け物を倒した? あのエルフは一体……。
「で、何が魔物には何の意味もないものだって?」
いつの間にか戻ってきたエルフは、そう言って短剣を見せつけてきた。
確かに、この短剣は凄い代物なのだろう。鑑定した限り、攻撃力も高いし、品質も高い、デザインが素朴なこと以外は、文句なしの短剣である。
しかし、いくらそんな業物だとしても、あんな化け物を一瞬で消滅させられるのか? あの短剣はただの短剣ではなく、神剣の類だとでもいうのか?
わからない。わからないが、今回の件で、私達の鑑定がでたらめだということがはっきりと伝わったことだろう。
もうこのエルフに買い叩くなんて真似はできない。そもそも、来ないだろうし。
でもまあ、ただそれだけだ。こうして命が助かったのだし、失うものはこのエルフとの信用だけ。他はどうとでもなる。
私はどや顔を決めるエルフを冷や汗をかいた顔で見つめながら、今後の動きを考えていた。
感想ありがとうございます。




