第四百十一話:虚空へ消えた夢
ウマラ王国王都の鍛冶屋の店主の視点です。
あれから、あの騎士の客は頻繁に店を訪れるようになった。
なんでも、本国で武器が不足しているらしく、今回の遠征で、もし有用な鍛冶屋を見つけられたら、契約を結んで武器を卸してもらうようにして欲しいと頼まれているらしい。
もちろん、本来はそんなのは自国で賄うものだし、もし仮にとても品質がいい武器を作る鍛冶屋がいたとしても、輸送コストの関係で無理がある。
だから、これはその鍛冶屋の引き抜きである。その国の優秀な鍛冶屋を自国へと招いて、優遇された条件で武器を作ってもらうというのが狙いのようだ。
騎士さんからも、この店もどうかと考えていると言われていて、正直どうしようか迷っている。
確かに俺はこの国の鍛冶屋ではあるが、今や落ち目の鍛冶屋だ。あの小娘のせいで売り上げはがた落ち、安定した収入など見込めるわけもない。
しかし、引き抜いてもらって優遇措置を受けながらの商売となれば、売り上げは今の倍じゃ利かないかもしれない。もちろん、俺の腕を見込んでくれての報酬となるだろうし、満足度も高いだろう。
そんな好待遇、飛び付かない方がおかしい。
でも、一応は俺だってこの国のことが好きだ。他の武器鍛冶達とも仲良くしてきたし、今更それを裏切って自分だけいい思いするのもどうなのだろうかと言う心配もある。
まあ、まだ引き抜かれると決まったわけでもないし、仮にそうだとしてもまだ時間はあるだろう。
その時までに、覚悟を決めておかないといけないな。
「今日も剣の手入れですか?」
「ああ。ここが少し欠けているだろう?」
「確かに。すぐに研ぎましょう」
騎士さんが店を頻繁に訪れるのは、他の仲間のために買っていく武器もあるようだが、一番の理由は剣の手入れである。
よほど無茶な使い方をしているのか、二日に一回くらいの頻度で訪れていて、だんだんと修復も難しい域にまで達している。
いったいどんな使い方をしたらこうなるのかわからないが、それだけ俺の剣を使ってくれているということだし、店に来てくれる分には売り上げも伸びて嬉しいことばかりだ。
「そうそう、近々大規模な魔物討伐作戦が行われるのだが、この剣で対処できると思うか?」
「もちろんです! 私の作った自慢の剣ですからね、性能は折り紙付きですよ!」
剣のことを聞かれていたから思わず反射的に答えてしまったが、ふと心配になった。
確かに、俺が打った剣はそこら辺の安物と比べたらかなりの性能を誇るだろう。
しかし、そんな剣をこんな頻繁に欠けさせる人だ。もしかしたら、耐えられない可能性もあるのではないか?
特にこの剣、何度も手入れしているからわかるが、もう寿命が近づいている。いくらサブ武器として使っているとはいえ、このままこれを使い続けていればいずれ折れてしまうのではないか、そんな予感がした。
「ですが、この剣はちょっとばかし使いすぎです。万全を期すなら、新しい剣を買った方がいいでしょうな」
「なるほど、一理あるな。なら、これと同じタイプのものを売ってくれるか?」
「もちろんです!」
そう言って、新たに剣を購入して騎士さんは去っていった。
これなら大丈夫だろう。いくら無茶な使い方をするとしても、新品の剣がそうそう折れるはずもない。
それにしても、大規模な魔物討伐作戦なんて話は聞いたことないが、いつの間にそんな事態になったんだ?
そりゃ、町の近くにも魔物はいるだろうが、大規模って程じゃないだろうし。
もし、この町に来るようなら、町の中心地から少し離れているこの場所はちょっと危ないかもしれない。
大丈夫かなと不安に思いつつ、次に騎士さんが来た時のためにまた剣を打つのだった。
それから数日後。騎士さんが再び店にやってきた。
……ぽっきりと根元から折れた剣を携えながら。
「店主、これは一体どういうことかな?」
話を聞くと、あれからすぐに魔物討伐作戦が始まったらしい。
元々は、この町の冒険者ギルドに寄せられた依頼であり、ただの旅の途中である騎士さんには何の関わりもなかったようなのだが、これも何かの縁と思い、また、武器の性能を試すちょうどいい機会だと思って参加したようだ。
魔物はかなり多かったが、騎士さんは強く、善戦していたようだ。しかし、その途中で、メインの剣が使えない状態になり、サブとして持っていたうちで買った剣を使うことに。
しかし、使い始めて間もなく、剣がぽっきりと折れ、負傷してしまったらしい。
しかも、折れたのは騎士さんだけでなく、仲間の人もだそうで、粗悪品を掴まされたと、それぞれ買った店に抗議に行っているのだとか。
「剣は戦闘において生命線だ。それが、こんなにも簡単に折れるとはどういうことか。運がよくなければ、死んでいたかもしれないんだぞ」
「そ、それは……」
それはその通りだ。いくらサブ武器とは言っても、メイン武器が使えなくなった時の最後の頼みの綱であるのだし、それがあっけなく壊れてしまったらサブ武器を持つ意味なんてない。
しかも、使い古してもう寿命が近かった剣とかならともかく、買ったばかりの新品でこれだ。
そりゃ、粗悪品を掴まされたと思うのが普通である。
だが、断じてそんなことはしていない。あれは俺が丹精込めて打った剣であり、その辺の安物と違って簡単に折れるはずのないものである。
ではどうして折れたか、それはこの人が強すぎたからだ。
無茶な使い方もあっただろう。しかし、それに応えてこその鍛冶屋である。それができず、剣を折らせてしまい、さらには命の危機に晒してしまったのだから、怒るのは当然だ。
でも、どうしようもないことでもあった。
もしかしたら、最高傑作の武器とかなら耐えられたのかもしれない。でも、そんなものポンポン作れるほど俺は鍛冶の腕は良くないだろう。
たまたま平凡な品質のものを取って、それがこの人にとっては粗悪品同然の代物だった、と言うだけの話だ。
「たまたま近くにあった鍛冶屋で武器を借りられたからよかったが、そうでなければこの町まで魔物が溢れ出していたことだろう」
「えっ……」
そう言って見せてくれたのは、一振りの剣。シンプルながら、精巧に作られたそれは、見覚えがあった。
そう、ラズリーの鍛冶屋のミスリル武器である。
確かに、あそこは俺達の店よりもさらに町はずれにあるから、魔物が来てもおかしくはないだろう。たまたまあった鍛冶屋に置いてあった武器によって命を救われた、それは、騎士さんにとってかなり大きな出来事だったことだろう。
騎士さんは俺の店にかなり目をかけてくれていた。国へ引き抜きをしようともしてくれていた。それを、俺の剣が貧弱だったばかりに、すべてを白紙に戻させてしまった。
俺はその場に膝をつく。俺は、とんでもないことをやらかしてしまった……。
「このことはギルドの方にも報告させてもらう。そして、以後私はこの店を利用することはないだろう。それではな」
今までにも、散々ラズリーの鍛冶屋と比べて品質が悪いだのなんだの言われてきた。それが、あの騎士さんの言葉によって真実となってしまった。
冒険者ギルドの連中に知れたら、町中に広まるのは時間の問題だろう。噂が広まれば、今でも来てくれていた数少ない客も来なくなってしまうかもしれない。
そうなれば、この店は終わりだ。地の底まで落ちた信用を取り戻すのは難しい。それなら、今のうちに別の町にでも移って新しく鍛冶屋を始めた方がましかもしれない。
「……」
引き抜きによって他国に移るかもしれないという覚悟を決めるどころか、生きるために別の町に移る心配をしなければならなくなるとは思わなかった。
いったい、どうしてこうなってしまったんだろう。
しばらくの間、俺はその場から立ち上がることができなかった。
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