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第四百十話:ばれたとしても

 ウマラ王国王都の商業ギルドのギルドマスターの視点です。

「なに? 例のエルフがクレームを入れに来た?」


 あれからしばらく経った。

 カモと思っていたエルフは本当に都合のいいカモで、数日おきに結晶花を売りつけに足を運んできたのである。

 しかも、本来の結晶花の値段とは比べ物にならない安価にも拘らず、何の疑いも持たずに即決で契約する馬鹿さ加減だ。

 これは、この町にいる間は楽に稼がせてくれるだろうと思っていたのだが、そこにまさかのクレームである。


「まさか、買い叩いていたのがばれたのか?」


「そのようです。なんでも、とある商人に鑑定してもらったところ、適正な値段を提示されて、明らかに買い叩かれていると気づいたようで」


「ちっ、どこの誰かは知らんが余計なことを」


 とはいえ、そこまで焦るような事態ではない。

 仮に、どこかの鑑定士が適正な値段をつけたのだとしても、その鑑定が付いたのはその時見せたものだけである。

 つまり、今まで私達が買い叩いたものは別物であり、こちらの鑑定士がそう言う値段をつけたのだから、その時はたまたま品質が悪いものを売っていたのだ、と言う言い訳ができる。

 それに、そこら辺の商人が抱えている鑑定士と商業ギルドの鑑定士では、どちらが信用されるかなんて目に見えている。たとえこちらが買い叩いていたと判断されたとしても、後で裏金でも握らせて鑑定結果を覆させれば何の問題もない。

 そもそも、明らかに世間知らずのエルフを相手に、真っ当な取引をしようと言うその商人も大概だ。きっとあのラズリーのような、三流なのだろうな。


「どうしますか?」


「まあ、ここは私が出よう。客のクレームにわざわざギルドマスターが対応するのだ。こちらの誠意ある態度を見せれば、相手もころっと騙されてくれることだろうよ」


 本来ならクレーム処理などしないが、今回はお得意様が相手である。

 今までの利益だけでも十分に稼がせては貰ったが、まだ搾り取れるのに搾り取らないのはもったいなさすぎる。

 うまく丸め込んで、これからも結晶花の仕入れ先となってもらうとしよう。

 そう思いながら、例のエルフが待つ商談室へと向かう。

 一応、鑑定士であるジェームズも連れて行こう。鑑定に間違いがなかったと証明してもらわなければならないしな。

 部屋に入ると、そこには確かにエルフがいた。

 桃色の髪に青い瞳が美しい。エルフは美男美女が多いとは聞くが、まさかこれほどとは。

 もしチャンスがあれば、夜の供として誘ってもいいかもしれんな。


「お待たせして申し訳ありません。私がこの商業ギルドのギルドマスター、エルスタインと申します」


 接客スマイルを張り付けて、エルフが座っているのとは反対側のソファに座る。

 エルフはあからさまに怒ってます、といった表情をしている。どうやら、よっぽど買い叩かれたことにご立腹のようだ。


「あなたがギルドマスターね。これは一体どういうことかしら?」


 そう言って、懐から取り出した紙をバンとテーブルに叩きつける。

 どうやらそれは鑑定書のようだ。結晶花について鑑定したものらしく、鑑定額は金貨二枚となっている。

 ジェームズが鑑定した金額の約十倍だ。


「おかしいと思ったのよ。いくら花とは言っても、結晶花が小金貨二枚なんてありえない。怪しいと思って調べてみたら案の定だったわ」


「なるほど、鑑定額にご不満があるということですね」


「その通りよ! 多少ならわかるけど、これはあまりにも違い過ぎないかしら?」


「まあまあ、落ち着いて。きっと何かの間違いでしょう。ジェームズは優秀な鑑定士です。鑑定間違いをするはずがありません」


 見たところ、鑑定書自体は本物のようだ。

 だが、あらかじめ考えていた通り、言い訳はいくらでもある。頭の弱いエルフの小娘程度、簡単に騙せるだろう。


「へぇ? これだけの差があって、鑑定間違いはないというの? ジェームズさん、あなたの目は節穴なのかしら?」


「はは、何をおっしゃいますやら。節穴だとしたら、その鑑定をした鑑定士の方でしょう。もしかしたら、あなたの美しさに見惚れて、思わず値段を吊り上げてしまったのかもしれませんな」


「なら、あなたの鑑定に狂いはないっていうの?」


「もちろんでございます。私はプロですので、お客様によって対応を変えたりいたしません」


 ジェームズもこの程度の挑発に乗りはしない。

 今まで何人ものカモを相手にしてきたのだ。相手がどうすれば納得するかなんてわかり切っている。

 今回の場合、キーとなるのは鑑定書だ。誰が鑑定したかは知らないが、その鑑定書があるからこそ、このエルフは強気に出られる。

 では、その鑑定書の信用が薄れたら? 途端に二の句が継げなくなるだろう。

 こちらが自信をもって間違いはないと言えば、多少なりとも鑑定の結果を疑うことになる。そうなれば、鑑定書があるからと強気には出にくい。

 もし強気に出られたとしても、こちらが毅然とした態度で返せば返す程信用はなくなっていく。

 そもそも、こちらは王都の商業ギルド。鑑定書はどこの誰とも知れない鑑定士のもの。どちらを信用すればいいかなんて目に見えている。


「そう。なら、あなたも鑑定書をくれる? こちらの鑑定書とあなたの鑑定書、両方をいろんな人に見せてみて、どちらが正しいのかを聞いて回るから」


 そう思っていたら、とんでもないことを言ってきた。

 鑑定書は、その鑑定師の信用の下に成り立っている。だから、ここで虚偽の鑑定書など作れば、一気に信用を失うことになり、ジェームズに鑑定を頼む奴などいなくなってしまう。

 もちろん、結晶花の価値を詳しく知っている商人などこの国にはそうはいない。鼠族なんかは割と頭が回るが、それ以外はちょっと知恵が回る程度の者である。

 だから、これを鑑定した者も、花が綺麗だったからとか、あるいはエルフの方に見惚れていたからだとか、そう言う理由で高値を付けた可能性は十分ある。

 だが、何の知恵もない馬鹿が結晶花を見て、明らかに安値の鑑定書と高額の鑑定書を見せつけられたら、後者の方を選ぶに決まっている。

 綺麗だとか、珍しいだとか、そんな単純な理由で高いと思うに決まっている。そして、それは今回ばかりは事実である。

 そうなれば、ジェームズの信用は駄々下がりとなり、それを雇っていた商業ギルドすらも悪評が立つ可能性がある。

 それは絶対に避けなければならない。


「いやいや、鑑定書の真偽など、普通の者が見てもわからないでしょう。見る者が見れば、捺印や紋章の違いなどで本物かどうかを見分けられるかもしれませんが、普通の者に見せてもどっちが本物かなんてわかるはずがない。むしろ、それを花ではなく、宝石として見てしまうような者からしたら、それは高いものだと結論付けることでしょう。二つの鑑定書をいろんな人に見せて、と言うのは意味のない行為ですよ」


「なら、鑑定士の人に見てもらうわ。この町ではなく、別の町でね」


 何とか言いくるめられないかと思ったが、ちょっとまずい流れだ。

 この町にも鑑定士は他にもいるだろうが、そいつらくらいなら何とかなる。後で裏金でも握らせてやれば、口裏を合わせるのは簡単だ。

 しかし、別の町となると話が変わってくる。

 当然ではあるが、商業ギルドはこの町だけではなく、色々な場所に存在している。そして、それらを管理するのはそれぞれの支部のギルドマスターだ。

 もちろん、商業ギルド全体をまとめ上げる本部もあるが、流石にそこまではいけないだろうからそれはいいとして。

 ギルドマスターとして対等の関係ではあるとはいえ、いくら何でも虚偽の鑑定書を見せられればこちらに疑いの目を向けるのは当然のことである。

 商人として、多少なりともあくどいことに手を染めてはいるだろうが、商業ギルドすべてが同じように買い叩きをしているわけでもない。

 だから、もし別の町の商業ギルドにでも駆け込まれたら、うちにも監査の手が入り、下手したら不正がばれたり、故意に店を潰そうとしているのがばれてしまうかもしれない。

 それだけは何としても阻止せねば。


「いやいや、それは難しいでしょう。どうやら、サクラ様はお金に困っている様子。そんな状況で、別の町に行くだけの馬車代を支払うのは大変でしょう。それに、鑑定書を出すにもお金がかかります。それも結構な額がね。そこまでして、二つの鑑定書を比べる意味はありますかな?」


「ふむ」


「まあ、同じ品物でもそれぞれ品質の違いなどありますからな。その鑑定をしたものがたまたま品質が良かった、と言うことなのでしょう。どうでしょうか、その結晶花は鑑定書もありますし、不快な思いをさせたということで、金貨三枚で買い取らせていただきますよ」


「まあ、そういうことなら……」


 金貨三枚と言うのが利いたのか、エルフはしぶしぶと言った様子で引き下がった。

 ふっ、やはりちょろいな。

 ちょっとひやっとさせられたが、これくらいで動じていてはギルドマスターなど務まらない。ましてや顔に出すような真似は絶対にしない。

 帰っていくエルフを見て、勝った、とにやりとした笑みを浮かべた。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここが、ギルドマスターとして生き残れた可能性があった最後の分岐点であった・・・ ってことになりそうね
[一言] いつ仕掛けるのかな
[一言] お、ここで仕掛けるのかなと思ったらまだ先だったとは 本当に自信があるなら鑑定書の真偽に乗り気でもいいのに 言いくるめている時点で怪しいと言っている様なものですよ
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