第四百八話:落ち目の鍛冶屋
ウマラ王国王都の鍛冶屋の店主の視点です。
ここ最近、店の売れ行きは不調だった。
ここには、俺が丹精込めて鍛えた武器がずらりと並べられている。
剣が基本ではあるが、槍やナイフだって売っているし、値段もそこまで高いものじゃない。むしろ、少し安めくらいの良心的な値段で売っている。
にもかかわらず、なぜ売れ行きが悪いのか。それはついこの前に出来上がった鍛冶屋のせいである。
ラズリーと言う小娘が職人を務める鍛冶屋で、店の規模自体はそこまで大きくはないが、売っているものがぶっ飛んでいる。
ミスリル武具。この国ではほとんど生産されていない貴重な金属であり、武器の素材としては一級品の素材だ。
それを、一部だけならまだしも、すべての商品に使っている。しかも、ミスリルとは思えないほど安価で提供しているのだ。
そんなの、うちが勝てるわけない。
ミスリルを仕入れて、それを鍛えることは、恐らくできるだろう。
俺も鍛冶屋として結構長い。その気になれば、ミスリルだって打てるはずだ。
しかし、ミスリルはかなりの希少素材。仕入れるとなれば、相当な金額となる。そして、それを売りに出すとなれば、それ相応の値段にしなければならない。
ざっと、ラズリーの店の二倍、いや三倍くらいの値段に。
そんなの誰が買うんだ。値段が圧倒的にあちらの方が安い上、品質だって向こうの方が上。俺の店で買わなければならない理由なんてどこにもない。
買わなくなるだけならまだいいが、あっちがおかしいのに、こちらの店は値段が高すぎるんじゃないかとか、鍛え方が足りないんじゃないかとか、ねちねちとクレームを入れてくる輩もいる。
俺の作品が悪いもののはずはない。そりゃ、時には失敗することもあるが、その辺に売っている武器に比べれば、圧倒的に品質はいいだろう。
それなのに、あいつがおかしいのにこっちがおかしいみたいな言い方をされて、納得できるわけがない。
何がミスリル装備だ。俺だって、素材があれば同じものが作れるのに、たまたまミスリルを入手する手段を得た小娘に負けるなんておかしい。
しかも、何が気に入らないって、組合に入ることを拒否してきたことだ。
武器鍛冶組合という、俺のように昔からこの町に鍛冶屋を構えている奴らは組合に所属していて、お互いに損をし過ぎないように、また得をし過ぎないように調整されている。
これは、お互いに助け合おうという措置であり、同業者としていがみ合いたくないからと言う意味合いもある。
だから、組合にさえ入ってくれたら、値段の調整に口出しすることもできるし、そうなればあちらも適正価格で売れるなら利益は上がるだろう。
もし、それで利益が下がるとしたら、それはミスリルばかり使っている高級志向なのがいけないだけだ。世の中、消費者が求めているのは高級品ではなく、汎用品なのだから。
まあ、それでも品質がいいことに変わりはないから、昔から利用している奴らはまだ来るだろうし、そこまで損をするとも思えない。
だから、組合に入ってくれるなら、俺達だってここまでの文句はない。
なのに、入らない。商業ギルドと仲が悪いから、俺達とは仲良くしたくないと言った。
調べた限り、商業ギルドで何か揉めたらしいが、そんなことは知ったことではない。
確かに俺達は商業ギルドに加盟しているが、だからと言って無理矢理商業ギルドに勧誘しようなんて思っちゃいないし、入らないなら入らないでどうでもいいと思っていた。
俺達が入って欲しいのは商業ギルドではなく、武器鍛冶組合なのだから。
それなのにあの態度、到底許せるものではない。
そんな折、商業ギルドの方から、裏金が流れてきた。なんでも、あの鍛冶屋を潰してほしいとのこと。
商業ギルドで何をやらかしたかまでは知らないが、相当嫌われているようだ。すべてを敵に回しているのだから、当たり前ではあるが。
俺達は二つ返事でそれを受け取った。あいつを潰せる上、責任は商業ギルドがとってくれるというなら何の憂いもない。
そうして嫌がらせを始めてしばらく経ったが、そろそろ音を上げる頃だろうか。
ごろつきどもは、毎回店の商品を盗んでいっているようだし、あれだけ安価で売っているなら利益も少ないはず。それを、さらに大量に盗まれるとなれば、首が回らなくなるのも時間の問題。
売り上げは不調ではあるが、いつ潰れるのかと楽しみでもある。
あの鍛冶屋が潰れさえすればうちの客も戻ってくるだろうし、売り上げも戻るはずだ。早く潰れてくれないかな。
「お、いらっしゃい」
そんなことを考えていると、客がやってきた。
客が全く来ない日も珍しくないのに、今日は運がいい日なのかもしれない。
客はどうやら騎士の方のようだ。立派な鎧を身に着けて、見慣れない剣を佩いている。
人間のようだが、旅の途中なんだろうか? 騎士が旅をするのも珍しいが……もしかしたら騎士ではなく冒険者かもしれない。
「失礼、このくらいの長さの剣はあるだろうか」
「ええ、もちろん。そこの棚に飾ってあるのがそうです」
まあ、騎士だろうが冒険者だろうが客は客。しかも、結構強そうだし、もし騎士団の一員で、遠征の途中とかともなれば、もしかしたら仲間にこの店を紹介してもらえるかもしれない。
接客はきっちりしなければ。この客を逃がしてはならない。
「ありがとう。試し切りは可能か?」
「はい。裏手に試し切りの場所がありますので、ご案内しましょうか?」
「ああ。ではこの剣で試させてもらおう」
客が手に取ったのは、つい最近作った剣である。まあ、つい最近と言っても一か月前とかだが。
ここ最近はほとんど売れず、追加で打っても並べる場所がない。それに、モチベーションも低いし、これではいい剣は打てないだろうと思ってしばらく自粛していた。
だが、これで売れるなら、久しぶりに剣を打って見てもいいかもしれないな。
「では、試させてもらう」
試し切り場に案内すると、客は鞘から剣を抜き、構える。
相手は藁の束を立てたものだ。切れ味を見るだけなら、これでも十分だろう。
鎧とかでもいいが、あんまり硬すぎると刃が欠ける可能性もあるしな。それで買ってもらえなかったんじゃ困る。
客は剣を一振りし、藁束を一刀両断する。
そばで見ていたが、かなりの強者のようだ。一瞬、剣がしなっているように見えた。直剣がしなるなんてありえないんだが、目の錯覚だろうか?
なんにしても、切れ味は抜群。ミスリルには劣るだろうが、それでも丹精込めて鍛えたものだ、そこらの剣には負けんよ。
「ふむ、少々甘い、か」
「いかがでしょう? 切れ味のほどは」
「悪くはない。悪くはないが、少ししなる気がするな」
「し、しなる、ですか?」
「まあ、予備の武器として使うなら問題はないだろう。これを貰おうか」
「あ、ありがとうございます! 小金貨五枚になります!」
多少の違和感はあったようだが、無事にお眼鏡にかなったようだ。
代金を受け取り、剣を渡すと、客は店を後にした。
いやはや、久しぶりにいい客に巡り合えた気がする。
最近はクレーマーばかりだったからな。文句も言わず、値段にケチもつけず、素直に買ってくれるだけでもありがたいものだ。
今日はいい夢が見られそうだと、上機嫌で店番に戻った。
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