第四百七話:王都を牛耳る商業ギルド
ウマラ王国王都の商業ギルドのギルドマスターの視点です。
この国において、商業ギルドは国王にも等しいほどの権力を持っている。
それはそうだ。そうでなければ、この国は存在していなかったと言ってもいい。
ただの動物と大差なかった獣人達をまとめ上げ、知恵を与え、ここまで大きな国に仕立て上げた。その功績をもってすれば、権力を持たない方がおかしいだろう。
先祖には感謝しなければならないだろう。建築技術を始め、裁縫や料理、鍛冶など、人間などの国では当たり前にやっているような技術を入手し、商業ギルドを主導で広めてくれたのだから。
今では人間どもの国よりも立派な国になったと言っていいだろう。ここまでの街並みは、とても再現できないはずだ。
まさに私は人生の成功者と言っていいだろう。権力も、金も、物資も、その気になればいくらでも手に入るのだから。
ただ、そんな中でも手に入らないものがあった。それが、伝説の鍛冶屋こと、ラズリーの鍛冶屋である。
狼族の小娘が職人を務める鍛冶屋であり、高品質のミスリル武具を安価で売っているという頭のおかしい鍛冶屋だ。
一度奴がここを訪れた時は、その品質にびっくりしたものだ。ミスリル装備と言うだけでもかなりの価値だろうが、あれはさらに追加効果もついていた。
追加効果持ちの武器など、ダンジョンにでも潜らなければそうそう手に入らない。それがたとえ気休め程度の効果なのだとしても、追加効果があるというだけで付加価値は何倍にもなる。
とはいえ、相手は成人もしていない子供である。戦闘力はあるかもしれないが、獣人は基本的に頭が弱い。だから、この程度簡単に買い叩けると思った。
しかし、何が気に入らなかったのか、奴はうちの交渉を蹴り、商業ギルドにも加盟しないと来た。
全く馬鹿な奴だ。大方、自分で作った作品が思ったより高く売れなくて、ついかっとなって加盟しなかったのだろうが、それは悪手すぎる。
まあ、確かに安く買い叩こうとしたのは事実だが、それでも子供からすれば十分な高額だったはずだ。売れなければ何の意味もないのだし、売らないにしても今後のことを考えて商業ギルドに加盟することは必須だったと言えよう。
そのおかげで、今や落ち目の鍛冶屋だしな。
そもそも、ミスリルを安価で売るというのが間違っているのだ。あれだけの品質の武具、あの値段で回収できるわけがない。
恐らく、親の遺産か何かでミスリルが大量に余っていたのだろう。あるいは、廃鉱山でも見つけたか。
どちらにしろ、いずれは供給が尽きる代物である。
最初に安価に売って客を呼び寄せ、信用を得ておき、いずれミスリルなくなった後も一定数の客を確保する、と言うのが目的だったんだろう。
まあ、ミスリル目当てでやってきた客が、今更ランクの低い鉄装備などに切り替えるとは到底思えないが、所詮は子供の浅知恵、将来が読めないのも仕方のないことだろう。
それに、先にこの地にあった鍛冶屋にも睨まれている。ミスリルなんて高価なもの、そうそう取り扱えるわけがない。だから、そいつらは普通の素材を使った武器防具を売っている。
そんなところに、ミスリル武具のみを扱った店が現れれば、客はそちらに流れていく。
だが、さっきも言ったように、このミスリルラッシュは一時的なものだろうから、なくなった時に待っているのは、他の鍛冶屋からの恨みつらみだけだろう。
客にも逃げられ、同業者も助けてはくれない。そして、商業ギルドも手を貸そうとはしない。まさに孤立無援状態になる。
恐らく、後一年もすればそうなるだろうが、厄介なのはあの鍛冶屋にも熱心なファンがいるということだ。
戦うことしか能がない冒険者共は安価なミスリル武具に見事に食いついていた。しかも、無駄に品質がいいものだから、噂が噂を呼び、伝説の鍛冶屋なんてまやかしの名で呼ばれていたりもする。
これだから戦うことしかできない連中は面倒だ。まあ、馬鹿だからこそ、ポーションやらなんやらのお得意様となってくれていると思うと無碍にもできないが、おかげでクレームを入れている他の鍛冶屋が悪く言われる始末である。
これでは、いずれあの鍛冶屋が潰れたとしても、他の鍛冶屋の客すらいなくなってしまう可能性が高い。
それでは、得意先がなくなって少々面倒だし、あの小娘に負けたようで癪だ。
だから、後一年と言わず、今すぐ潰れてもらうことにしたわけである。
今は何とか保っているようだが、所詮は小娘。いずれは嫌がらせに屈し、商業ギルドの門を叩くだろう。そうでなくても、店を畳んで別の国に移動する、なんてことになるかもしれない。
どちらにしろ、あの小娘をいいようにできるなら何でもいい。商業ギルドに逆らったことを後悔させてやらねばならないからな。
「ギルドマスター、失礼します」
「どうした?」
椅子に座りながら先月の収支報告書を眺めていると、部下の一人が部屋に入ってきた。
話を聞くと、どうやら珍しいお客さんが来たらしい。
「なんだ、人間であれば、それほど珍しくはないだろうが」
「いえ、人間ではなく、エルフです」
「ほう、エルフか。確かにそれは珍しいかもな」
エルフは獣人よりもさらに他種族に干渉しない種族である。
基本的に森の中に住み、滅多にその姿を目撃することはない。
一応、人間の国の中には、森暮らしに飽きたエルフが出てくるところもあるようだが、獣人とエルフは表立って仲が悪いというわけでもないが、そこまでいいわけでもないため、近くに人間の国があればそちらに行くのが普通である。
だから、わざわざこの国に来たのは確かに珍しかった。
「用件は?」
「宝石を売りたいそうです。なんでも、森から出てきたばかりでお金が入用なのだとか」
「森から出てきたばかりの世間知らずか。カモだな」
エルフは外との交流を好まない。だから、基本的には外の情報を持っていない。
せいぜい、あっちの方に行けば町があるな、程度のものだろう。
当然、宝石の相場なんて知っているはずがない。ものにもよるが、もし品質が良ければ安く買い叩ければ大儲けだ。
「誰が担当しますか?」
「ジェームズに担当させろ。もちろん、わかっているな?」
「わかりました。そのように言っておきます」
そう言って部下は部屋を出ていく。
ジェームズは優秀な鑑定士だ。宝石の品質くらいすぐにわかる。そして、いくら程度なら騙せるかもわかっている。
いや、カモを相手にするのは楽でいいな。この国はそんな奴らばかりだから本当に助かる。
せいぜい、私が死ぬまで、いや、私の一族が滅びるまで、貢いでもらうとしよう。
その後、しばらくして、無事に安く買い叩くことができたという報告があった。
宝石と言っていたが、どうやら正確には宝石ではなく、結晶花という花だったらしい。
性質としては魔石のようなものであり、魔道具などに使えばかなり品質のいいものが出来上がるだろうと言っていた。
宝石ではないからとかなり吹っ掛けたようだが、そのエルフ、どうやらサクラと言う名前らしいが、特に警戒することもなくすぐに信じたようだ。
やはりカモはいい。おかげで、想像以上の利益を出すことができた。
後は裏ルートで外国に売り払えば、ジェームズの口止め料を払ってもお釣りがくるだろう。
しかも、耳寄りな情報として、今後もお金に困ったらここに売りに来ると言っていたそうだ。
継続的に来てくれるなんて、カモどころか一緒にねぎと鍋を背負ってきてるようなものである。
私は思わず出てきた笑いを噛み殺すのに必死だった。
感想ありがとうございます。




