第四百四話:行き過ぎたクレーム
店舗の方に行ってみると、酷い有様になっていた。
店に陳列されていた武器はほとんどが床に落とされ、棚は壊されてしまっている。
しかし、それよりも酷いのはラズリーさんの状況だろう。
ラズリーさんの周りには数人の獣人の男達が立っており、ラズリーさんに対して殴る蹴るの暴行を加えている。
手にはこの店の商品と思われる武器を持っているが、一応殺す気はないのか、ただいたぶっているだけだ。
とはいえ、華奢なラズリーさんが、力が強いと言われている獣人達にそんなことをされたらどうなるかなんて目に見えている。
体には痣や切り傷ができ、口の端から血が流れている。
同業者として文句を言いに来ただけだと思っていたから、そんな愚かな行動をとるとは思っていなかったが、まさかこれほどとは思わなかった。
冒険者の客なのだろうか、止めようとしている人もいるけど、別の人に邪魔されて止めるに止められないって感じ。
早いところ助けないとやばそうだね。
俺はすぐさまラズリーさんを囲んでいる男に近づくと、掴んで投げ飛ばした。
「な、何だ!?」
「女の子に寄ってたかって、何してるの」
「あん? 兎族? どこの誰かは知らねぇが、邪魔すんじゃねぇよ!」
そう言って掴みかかってこようとする男の腹を殴り、気絶させる。
兎族だと侮っているんだろうが、俺の筋力はそこらの一般人の何十倍もあるんだ。素手だとしても、少なくとも、こいつらよりは強い自信がある。
「こいつ、やりやがったな!」
「やっちまえ!」
「うるさいの」
矛先をこちらに変えてきたが、すべて返り討ちにする。
こんな奴ら、その辺のチンピラと何も変わらない。ものの数秒で、男達は床に倒れ伏すことになった。
「つ、つぇぇ……」
「くそ、撤退だ! 行くぞお前ら!」
「覚えてろよ!」
そう言って、気絶した人を背負って彼らは去っていった。
ちゃっかり武器盗んでいったな。とんだモンスタークレーマーである。
「ラズリーさん、大丈夫なの?」
「この程度、問題ないでち。でも、助かったでち。ありがとう、アリス様」
ラズリーさんを助け起こし、【ヒールライト】をかけておく。
流石はプレイヤーと言うべきか、あれだけ蹴られていた割には出血はそこまででもなかった。
HPが高いのかもしれないね。あるいは防御系のスキルでも使っていたか。
「それにしても、流石に酷すぎるの。いつもこんな感じなの?」
「武器を盗んでいったり、荒らして行ったりは結構あるでちが、あちきにまで危害を加えてきたのは初めてでちね。この体が頑丈じゃなかったら危なかったでち」
確かに、下手したら死んでいただろう。
普通、ラズリーさんくらいの子供が大の大人数人にあんな暴行加えられたら、よくて大怪我、悪くて死である。
今回は俺がいたからすぐに治してあげられたけど、これが今後も続くようだとかなり危険だ。
それにしても、ラズリーさんはなぜ反撃しなかったんだろうか。いくら生産職とは言っても、戦う手段くらいあると思うのだが。
「下手に反撃したらそれを理由に商業ギルドを動かされてしまうでち。この店は、客に手を上げるとんでもない店だって」
「先に手を上げてきたのはあっちなの。そんなので商業ギルドが動くの?」
「あちきは商業ギルドと仲が悪いでちからね。あっちとしては、こんな店さっさと潰れてほしいから、多少の矛盾は目をつむるんでちよ」
「理不尽すぎるの」
商業ギルドは自分達の利益になることを優先したいようだ。
もちろん、巷で伝説の鍛冶屋と言われるほど優秀なラズリーさんだから、商業ギルドとしてはそのブランドを使いたくて勧誘を持ち掛けたいが、有名になる前の一件で嫌われてしまっている。
ならば取引先の一つとして交渉をと思っても、ラズリーさんが頷かない。
こうなってくると、商業ギルドとしては、そのブランドを手に入れて儲けるメリットよりも、自分達の思い通りにならないイレギュラーを排除する方が得だと考えるようになる。
だから、少しでも商業ギルドの有利になるようなことをしてはならないのだ。
「あちきが商業ギルドに入れば、恐らく収まるでちが、かなり不利な条件を付けられるのは目に見えているでち。だから、耐えることしかできないでち」
「でも、それじゃああいつらは余計つけあがるの」
「きちんと報復は行ってるでち。もちろん、ばれない程度のことをこっそりとでちが。それに、いくら喚こうが、あちきの作品に太刀打ちできる道理はないでち。鍛冶屋として、それは譲れないでちよ」
まあ、クリーさんを定期的に追いかけられるくらいには人はいるようだけど、だとしてもこちらが不利すぎる。
もちろん、さっきの奴らがどこかの鍛冶屋の者で、明らかにこちらを攻撃してきたのだから、警備隊とかに連絡すれば捕まえてくれるかもしれない。
けれど、そこはどうやら商業ギルドから圧がかかっているらしく、あくまで襲ってきたのは客であり、他の鍛冶屋とは関係ない。また、客が怒ったのはラズリーさんの店の接客に問題があるからであり、悪いのはラズリーさんだ、と言いたいらしい。
元の世界にも、お客様は神様だ、みたいな言葉があるけれど、それをより酷くしたようなクレームの入れ方ってことだね。
商業ギルドはそれに加えて、ラズリーさんの店の評判を落とそうと頑張っているみたいだけど、その噂を流す前から利用している人達がリピーターになったり、他の人を紹介してくれたりしているおかげで、客足はそこまで遠のいてはいないらしい。
特に、品質のいい武器を売っている関係上、お得意さんには冒険者ギルドの人も多く、彼らが牽制してくれているおかげで拮抗状態となっているようだ。
それまで真摯にお客さんと向き合ってきたラズリーさんの人徳がなせる業だね。
「そこまでして、ここに留まる理由はあるの?」
「……あるでち。あちきをここまで支えてくれたお客さんを裏切るわけにはいかないでち」
ラズリーさんは少し間を置いた後そう答えた。
何か他にも理由がありそうだけど、鬱陶しいから別の場所に行って再開する、と言うのはできないらしい。
これだけ邪魔者扱いされてるなら、ヘスティアに来て欲しいと思ったけど、その理由を解決できない限りはそれは無理そうだな。
しかし、このままと言うわけにもいかない。このままでは、いずれラズリーさんが死んでしまいそうだ。何とかしてあげないと。
「ラズリーさん、私達が力を貸すの」
「アリス様?」
「なんとかして、ラズリーさんが安心して鍛冶屋を続けられるようにして見るの」
どうすれば解決するのかはわからない。しかし、幸い相手は明確である。
商業ギルドを潰すのは、流石に無理な気がするけど、せめて嫌がらせをなくさせる方向にもっていかせたいね。
そのためには、色々と情報が必要だ。どんな関係になっているのか、まずは調べないと。
「ありがたい申し出でちが、あちきは今のままでも十分でちよ?」
「おせっかいなのはわかってるの。でも、流石に見てられないの」
「そうでちか。なら、お願いするでち。どうかこの店を守って欲しいでち」
「任せるの」
ラズリーさんに向かって親指を立てる。
さて、忙しくなりそうだ。
感想ありがとうございます。




