第四十一話:いったん落ち着き
避け始めてから五分ほど経っただろうか。最初は余裕を見せていたエミリオ様も全く攻撃が当たらないことに違和感を感じ始めたのか、途中から自身は攻撃に参加せず、護衛騎士が切りかかるのをじっと見つめていた。
一人減ったところで相手は六人。名前がわからないから相手のキャラシを見れずレベルがわからないけど、ゼフトさんの話では国の騎士はおよそ30レベル前後だと聞いた。
俺の現在のレベルは41。見た目にはちょっと高い程度に思えるが、俺のレベルとこの世界の人のレベルでは意味合いが大きく違うらしく、能力値的にはもっとかけ離れている。
回避スキルまで使っている今、よほどのことがなければ当たることはないけど、何事にも例外はある。
それはクリティカルと呼ばれる決定的成功だ。これが戦闘中の命中判定で出た場合、相手は同じくクリティカルを出さなければ回避することが出来ない。
どんなに能力に差があって、固定値だけで避けれるような攻撃でもクリティカルを出されてしまうと当たってしまう可能性があるのだ。
もちろん、クリティカルはそんな容易には出ない。確率で言えば5パーセントあるかないかだ。でも、試行回数を増やされるとクリティカルが出る可能性はかなり上がってくる。
まあ、こちらも回避スキルを使っているからクリティカルの可能性は高くなっているのでちょうどよくこちらもクリティカルを出せればいいのだが、クリティカルはそう都合よく出るものではない。だから、出来ることなら早く終わって欲しいのだ。
護衛騎士達は攻撃が当たらないことで焦っているのか、それはもう容赦なく剣を振り下ろしてきている。普通に食らったら腕ぐらい切り落とされてもおかしくないように見える。
能力値的に考えるなら、多分防御力だけで十分弾ける気もするけど、流石に素肌に当たったら傷くらいはつくんじゃないだろうか。
なんにせよ、そろそろ軽く掠らせるようにして当たっておいた方がいいかもしれない。
「もういい。やめろ」
と、そんなことを思っていたらエミリオ様が止めに入った。
短い時間とはいえ、流石に鎧を着こんだ状態で剣を振り続けるのは疲れたのだろう、若干荒い息を吐きながら護衛騎士達は剣を納めた。
「貴様、一体何者だ。ただの治癒術師ではないな?」
「本業は弓使いなの」
「弓使いだと? 冒険者ということか?」
「まあ、一応そうなるの」
治癒魔法云々は元々夏樹達のキャラをサポートするために取ったスキルだ。
この世界に迷い込んでしまった時に、まず警戒したのが病気であり、それを何とかするためにスキルを伸ばした結果、それなりに回復系のスキルが揃ってきたため、それを使って町の人達の治療をしていたらいつの間にか治癒術師ということになっていた、というだけのこと。
便宜上、エミリオ様には治癒術師だと名乗ったが、本来なら俺は治癒術師でもなんでもない。冒険者登録もできていないし、ただ治癒魔法が使えるだけの一般市民だ。いや、市民証も持ってないから市民ですらないな。
「兎族の小娘が冒険者だと? そんな見え透いた嘘が通ると思うのか!」
「然り! そもそも治癒術師かどうかも怪しい。【治癒魔法】なんて使えないからこそ、こそこそと逃げ回っているのではないか?」
「召喚状を偽造してまで城に潜り込むとはなんと不敬な輩だ。即刻縛り首にするべきだ!」
俺の発言で外野がまたも騒ぎ出す。
まあ、確かに冒険者というのは適切ではないな。俺の持つ冒険者バッジはこの世界では効果がないし、新たにこの世界で冒険者登録をしたわけではないから無職、あるいは元冒険者という方が正しい。
まあ、治癒魔法は使えるし召喚状も本物だからほとんど言ってることは間違ってるけどな。
これどうしようかな。この流れだとここで逃げたら絶対指名手配されるよな。
そりゃ、カメラなんてないだろうから似顔絵とかになるだろうけど、人間の国で兎の獣人の少女なんて目立ちすぎる特徴を持っていたらすぐに見つかってしまうだろう。そうなると、もはやこの国にはいられなくなる。
別にこの国に思い入れはないし、出て行けと言うなら出て行ってもいいけど、この国に夏樹達がいる可能性も捨てきれない。
後からそれが判明して忍び込むとなると面倒も増えるし、出来ればそれは避けたいところだ。
「治癒魔法が使えるというのは嘘だったのか?」
「ちゃんと使えるの。もうめんどいから大人しくそこで見てるの」
とにかく、今は俺がちゃんとここに呼ばれた治癒魔術師であることを証明するのが先決だ。
さっきまで問答無用でできなかったけど、今なら自分で自分に切り傷を付けるくらいできる。
俺は【収納】から解体用のナイフを取り出すと、手の平に軽く傷をつけてみせた。
思った以上に痛くない。HPも減っていないようだ。これくらいは怪我のうちに入らないってことかな? まあ、痛くないならその方がいいのでありがたいが。
【ヒールライト】
つけた傷をこの場にいる全員に見せるように見せびらかした後、スキルを使って傷を癒す。
取るに足らない切り傷だったこともあり、すぐに傷は見えなくなった。
「これで信じてもらえるの?」
「ふむ……確かに【治癒魔法】は使えるようだな」
「ふん、どうせこっそりとポーションでもかけたのだろう。そのような小さな傷ならすぐに治せるだろうからな」
目の前で見せたこともあって、エミリオ様はすぐに信じてくれたようだが、少し離れた位置にいた他の連中はインチキだなんだと騒いでいる。
あーめんどくせぇ。この世界の人はこんな小さな切り傷にポーション使うのか? そんな無駄遣いできるほどポーションは安いのか?
仮にポーションで治したんだとして、そんなことして俺に何の得があるのか。治癒術師だと信じてもらえるって? そんなの、すぐにぼろが出るに決まってる。
嘘ついて城に潜入するにしてももうちょっとうまい言い訳があるだろうに。
「殿下、このような兎族の小娘の世迷言に耳を貸す必要はございません。さっさと処刑してしまいましょう」
臣下の一人がエミリオ様の隣に歩み寄って耳打ちをしている。小声で話しているようだけど、俺の兎耳ならそれくらいの声なら聞き取ることが出来てしまう。
流石に処刑されるとなったら全力で抵抗するけど、そうなったら相当な被害が出るだろうな。
このくず共はともかく、それに無理矢理動かされる兵士達を傷つけるのはあまりしたくないんだけどな。
どうやってうまい具合に逃げようかと考えていたが、予想に反してエミリオ様はその誘いを断った。
「いや、【治癒魔法】が使えることは本当だろう。何かのトリックだとしたら、ずっと見ていた俺が見逃すはずがない」
「し、しかし、仮に使えたとしてもこれまでの医者や治癒術師どもと同じように役に立たない可能性が高いですぞ?」
「ダメで元々だ。もうあまり時間はない。少しでも可能性があるなら賭けてみるべきだろう」
「……かしこまりました」
しばしの会話の後、エミリオ様がこちらに向かって歩み寄ってくる。そして、あろうことか頭を下げてきた。
「これまでの非礼を詫びよう。すまなかった。だから、どうか力を貸して欲しい」
こんなプライドが高そうな人が頭を下げるなんて一体どういう風の吹き回しなんだろうか。
時間がないと言っていたけど、それほど重篤な患者がいるということだろうか? だとしたら、俺のスキルで治せるかどうか少し怪しいが……。
獣人嫌いで当たりが強いのはあれだけど、まあこうやって頭を下げてくれたのなら聞かないわけにはいかないか。
「わかったの。私にできることなら精一杯やってみるの」
「恩に着る」
握手を交わし、表面上は場が落ち着いた。
相変わらず周りの大臣達は忌々しげな眼でこちらを見てきているけど、エミリオ様に至っては若干雰囲気が和らいだ気がする。
治癒術師を欲していたというからには誰かを治して欲しいんだろうけど、一体どんな状況なのやら。
若干の不安要素はあるが、やるだけのことはやってみよう。
感想ありがとうございます。
 




