第四百三話:商人のしがらみ
「仕方ないからちょっと相手してくるでち。お前様方はゆっくりしてるといいでちよ」
そう言って、ラズリーさんは従業員の女性にこの場を任せ、部屋を出て行った。
もし、同業者からの嫌がらせだとしたら、どう対処するのだろうか。
ラズリーさんがここで武器防具を作り続ける限り、相手の不満はなくならないわけだし、せいぜい値段を吊り上げるくらいしか対処法がない気がする。
でも、たとえそうなったとしても文句はなくならないだろうな。だって、すでにこちらの製品の方がいいものだって認識されてるんだから。
「一人で行っちゃいましたけど、大丈夫なんですか?」
「本当は私もお手伝いしたいのですが、ラズリー様から任せておけと言われていますので……」
従業員の女性は申し訳なさそうに顔を伏せている。
今までも何回もあったってことは、その度に何かされたんだろう。その時に、従業員にも被害が及ぶようになったから、一人で対処するようにしたってことかな。
でも、ラズリーさんの見た目って、せいぜい10歳くらいにしか見えないんだよね。
確かにドワーフとかも身長は低いし、見た目だけならため張れそうだけど、ラズリーさんは明らかに獣人である。
同業者がドワーフなのか獣人なのかは知らないけど、どっちにしても見た目で舐められるのは目に見えてるんだよね。
ちょっと耳をすませば、怒鳴り声が聞こえてくる。
こんなガキが作る製品の何がいいんだとか、子供が作ったような粗悪品をわざわざ買いに来る客の気が知れないだとか、どうせどっかから安く輸入してるだけで鍛冶なんてできないんだろとか、まあ言いたい放題だ。
まあ確かに、ラズリーさんの見た目で鍛冶屋やってるなんて思わないだろうけど、実際こうして店を開いて成功しているわけで、それをとやかく言われる筋合いはないだろう。
ラズリーさんは相手の言葉一つ一つに丁寧に返しつつも、反論するところはきちんと反論している。自分が卑下されるだけならともかく、お客さんや従業員まで悪く言われるのは我慢できないらしい。
あくまで相手を上に見ているが、決して引くことはない、そんな立ち位置。
実際の年齢がいくつかは知らないけど、その毅然とした対応は目を見張るものがある。何度も相手にしてきただけのことはあるね。
「クレーム対応してるのは初めて見たな。愚痴ってるのは聞いたことあるが」
「相手の言い分は何なんだ?」
「確か、ここの製品の質が良すぎて、自分達の店で値段を故意に釣り上げてるんじゃないかとか、不良品を押し付けてわざと折らせてもう一度買わせようとしてるんじゃないかとか、いろんなクレームが来るので、それを黙らせるためにも自分達が所属している組合に入り、そのルールに従ってほしいって感じでしたかね……」
「要はお前のせいで商売あがったりだからこっちの命令に従えってことですね。なんとも理不尽な」
そりゃ、めちゃくちゃいい品質のものをめちゃくちゃ安価で売ってるんだから、それより品質が悪くて高いものを売っている店にクレームが行くのは当然っちゃ当然だな。
でも、企業努力として精一杯安くいいものを売ろうとしているだけなのに、そのせいで自分の店が儲からないからって文句を言うのは違うんじゃないだろうか。
確かに、商業ギルドなどに加盟しているのなら、その中で決められた価格帯で売るというのは間違っちゃいないけど、どうやらラズリーさんはそういうものには所属していない様子。
ほんとに一から自分の力だけでこの店を作り上げ、今の地位を築いているのだという。
普通はそう言う組織に入った方が、いざと言う時に守ってもらえるし、安全ではあるのだけど、あえてそれを拒絶しながらこれだけ繁盛しているなら、それはもう才能としか言いようがない。
まあ、そう言う設定だったという可能性もあるけど、そう言う安全をかなぐり捨てて営業しているんだから、そこからとやかく言われる筋合いはないよね。
それが、入った方がそちらも得ですよ、安全ですよ、とメリットを示してくれるものならともかく、単純に自分達が不利益を被っているから従えって言ってるだけだもん。何のメリットもないどころか、デメリットにしかならないのに言うこと聞くはずない。
まあ、その結果こうやって定期的にクレームが来るんだろうけど。負のサイクルかな?
「なんで商業ギルドに入ってないんです? 大抵のお店は入っていると思うんですが」
「私も詳しくは知りませんが、あまりにも足元を見られた、と言っていました。あの容姿ですから、恐らくそれで……」
「納得なの」
俺もこの見た目のせいで舐められたことはよくあった。
それでも俺が今の地位まで上り詰められたのは、力で解決してきたからだ。
クラウス陛下をエリクサーで救ったり、ファウストさんを正面から力でねじ伏せたり、とりあえず持てる力を使って全力で事に当たれば、何とかなっていた。
しかし、商人の世界は違うだろう。彼らの武器は言葉であり、力ではない。むしろ、力で強引に解決しようとした方が悪い結果になるまである。
ラズリーさんのレベルがいくつかは知らないが、プレイヤーである以上はそこらの一般人よりは断然強いだろう。だけど、その力を振るえば不利になるのは自分だから、こちらも言葉で対抗している。
商業ギルドで足元を見られたってことは、多分自分の作った武器を売り込みに行ったんじゃないだろうか。
普通、ミスリル製の武器なら、どんなに安くたって小金貨はするだろう。
もちろん、ラズリーさんは恐らく【メタルコンバート】が使えるし、作る時間もハンマーを一振りするだけなのだからそんなにかかっていないだろう。だから、多少安く見積もられたとしても、納得しそうではある。
それでも、足元を見られたと言ったってことは、恐らく相当安い値を付けられたか、そもそも買い取ってもらえなかったってところじゃないだろうか。
ラズリーさんが子供な見た目なのをいいことに足元を見て安く買い叩こうとした、それが許せなくて、ラズリーさんは一人で生きていく道を選んだのかもしれない。
「あなたは、ラズリーさんの下で働くことをどう思っているんですか?」
「素晴らしい職場だと思っていますよ。確かに、最初は子供の鍛冶屋? と思って不安でしたけど、実年齢はもっと上みたいですし、待遇もとてもいいです。ここに来てよかったと思っていますよ」
「それはよかった。これで従業員にまで嫌われてたらラズリーさんが浮かばれませんしね」
従業員はたくさんいるようだが、いずれも今の職場に満足しているようで、ラズリーさんとの関係も良好のようだ。
これも人徳がなせる業だろうか。それとも、もしかしたらラズリーさんが子供な見た目なのを心配してきたって人もいるかもしれない?
どちらにしろ、ラズリーさんが真の意味で独りではないのは良かったと言えるだろう。
『今日と言う今日は許さねぇからな!』
と、話していたら、他のみんなにも聞こえるような声で怒鳴り声が聞こえてきた。
それと同時に聞こえる悲鳴。何か物が倒れるような音。話をすべて聞いていたわけではないけど、どうやら話し合いは決裂したようだ。
これが普通なのか、それともイレギュラーなのかはわからないけど、あの剣幕、そこらの武器を手に取って、ラズリーさんに襲い掛かってきていたとしてもおかしくない。
流石に助けに行った方がいいだろうか。従業員さんも不安そうにしているし。
「なんだか危なそうだし、ちょっと行ってくるの」
「だ、大丈夫でしょうか……?」
「安心するの。たとえ暴れられたとしても、ラズリーさんは助けるの」
「なら、お願いします。私では、足手まといになってしまうと思うので……」
「任せるの」
申し訳なさそうに顔を伏せる従業員さんを慰め、部屋を出る。
さて、どんなことになっているのやら。
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