第四百二話:武器覚醒ルール
商談はすぐにまとまった。
運搬の問題はポータルで解決だし、作る武器種もラズリーさんに任せた。作れば作るほど売れるのだから、ラズリーさんとしてはぼろ儲けだろう。
ただまあ、流石にそれじゃ悪いと思っているのか、かなり割引してくれたけどね。
今後も定期的に購入するということを見越してのものかもしれないけど、おかげで予備を含めた兵士全員分の武器を作ってもらっても、そこまでの金額にはならなかった。
絶対赤字になってると思うんだけど、どうしてこんなに安価で提供できるのだろうか?
いくら【メタルコンバート】が使えて、すべての金属を実質的にミスリルに変更できるのだとしても、それらを買うためのお金はかかると思うんだが。
「それに関しては企業秘密でち」
「えー、気になるの」
「いくらお得意さんになってくれると言っても、教えるわけにはいかないでち」
なにやら秘密はあるようだが、教えてはくれない様子。
凄い気になるけど、ここで突っ込んで関係悪化する方が大変だし、聞かないでおいておこう。
そのうち向こうから話してくれるのを待った方が得策だろうしね。
「武器に関しては三日もあれば用意できると思うでち。その、ポータル? は、うちの従業員が使ってもいいものでちか?」
「できるなら、あんまり他の人には知られたくはないの。これがばれたら、下手したら戦争ものなの」
「まあ、それもそうでちね。なら、その時はあちきが知らせに行くでち。あるいは、そちらから取りに来てくれたら渡すでちよ」
「なら、三日後にまた来るの。その方がストレスがなさそうなの」
別にラズリーさんが城に来ても構わないっちゃ構わないが、事情を知らない城の人がラズリーさんの姿を見たら、なんでこんなところにいるんだと思うことだろう。
城の外にもう一つポータルを用意するにしても、それだと城に入るのが面倒くさいし、ただ報告に来ただけなのにそれだけの労力を使わせるのは忍びない。
だったら、初めからこっちが時間を指定して取りに行けばいいだけの話だ。こっちから行く分には、特に問題は起こらないだろうしね。
「ではそのようにするでち。あとはなにかあるでちか?」
「まあ、最低限はこれでいいの。欲を言うなら、武器の強化ができないかと思ってるの」
「武器覚醒ルールでちね」
【ブラックスミス】などの生産職は、素材さえあればある程度自由に武器を作り出すことができる。
しかし、それで作れるのは、ある一定の値までであり、それ以上のものは作れない仕様だ。
スキルポイント制とでも言えばいいのだろうか。これだけのスキルポイントがあって、この威力にするなら何ポイント、このスキルを付与するなら何ポイント、みたいにポイントを割り振っていき、それが上限を超えないラインまでなら作ることができる、ということである。
いい素材を使えば、その上限が増えたりするなど、細かな違いはあるけど、要はただ武器を作ろうとするだけじゃ限界があるということである。
その限界を突破するためのルールが、武器覚醒ルールだ。
武器覚醒を行うと、攻撃力の上昇や武器を持つために必要な筋力の減少、武器に追加効果を付与するなど、様々な恩恵が得られる。
最終武器をより強くするためのルールであり、ほとんどの場合は用いられないが、たまーに使うことがあるルールである。
「やったことはないでちが、やろうと思えば恐らくできるでち」
「それは、そう言う設定だからなの?」
「それはわからないでちが、ラズリーは職人気質で鍛冶において知らないことはない、みたいな設定でちから、多分できると思うでち」
「それなら確かにできそうなの」
設定の力はかなり強い力だ。自分ではできないと思っていても、設定でできると裏打ちされているなら、不思議とできるようになっている。
その代わり、あんまり逆らうことはできないけど、設定でそういうことを言っているなら恐らくできるんだろう。
ただ、一つ問題がある。
「でも、覚醒の石は持っているんでちか?」
「残念ながら持ってないの。ラズリーさんは持っていたりは?」
「ないでち」
「そっかぁ……」
覚醒の石とは、武器覚醒を行うために必要なアイテムである。
武器がどういう原理で覚醒するのかは知らないが、恐らくこの覚醒の石の不思議パワーで覚醒、みたいなそんな感じなんじゃないだろうか。
ただ、この覚醒の石、かなりのレアアイテムである。
覚醒の石が手に入るのは、主にランダムダンジョンだ。その中のイベントの一つに、武器の試練というものがあり、確率で武器を破壊するか覚醒の石を手に入れるかを迫られることがある。
かなりのハイリスクではあるけど、もし覚醒の石を手に入れられればより強くなれるし、狙おうとして武器を破壊していくのはランダムダンジョンでの一種のお約束でもある。
そのイベントが出ない可能性もあるし、自分の武器を失う可能性を背負いながら狙うのも難しいし、そもそもランダムダンジョン自体やる機会が少ない。だから、必然的に入手機会は少なくなるのだ。
だから、ラズリーさんが持っていたらラッキー程度に思っていたんだけど、流石にそんなうまくはいかないようである。
「そもそもこの世界にあるんでちか?」
「さあ。でも、可能性はあると思うの」
「そうでちか。まあ、もし見つけたら持ってくるといいでち。何とか覚醒させて見せるでちよ」
「頼もしいの。もし見つけたら、持ってくるの」
一応、ランダムダンジョンに関しては当てがある。
先日、クリング王国の未開地で見つけたダンジョンがまさにそれだ。
あの時はざっと見てみただけだったけど、もしかしたら深くまで入ったらイベントもあるかもしれない。
まあ、流石に俺の弓を犠牲にするわけにはいかないから、何か対策が必要になってくるだろうけど。
「失礼します」
「どうしたんでちか?」
と、そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、先ほどカウンターにいた従業員の女性がやってきた。
なにやら困ったような顔をしていて、ちらりとこちらの方を見てくる。
ラズリーさんは手招きをして、耳打ちで事情を話すように促した。
「……またでちか?」
「はい、そのようです……」
「厄介この上ないでちね」
「何かあったの?」
表情を見る限り、何かトラブルが起きたように見えるけど、クレーマーでも来たんだろうか。
でも、ラズリーさんは中途半端なものは作りたがらないだろうし、ここで売られている武器防具はみんな一級品だと思うけどな。
それで文句を言う人がいるとは考えにくいけど。
「ちょっとした揉め事でちよ。あちきがここで鍛冶屋をしていることを気に入らない連中もいるんでち」
「ああ、なるほど」
そうなってくると、相手は同業者だろうか。
確かに考えてみれば、鍛冶屋が複数店あっても、ここほどミスリル製のものを安く売っている場所はないだろう。
値段だけなら、鉄製とか銅製とか他の金属でならあるかもしれないけど、ミスリルをこの値段で買えるとなれば、ここで買わない理由はない。
まあ、安すぎて不良品を掴まされたというのが嫌な人なら、他の店で高いのを買うかもしれないけど、大半の人はそうはならないと思う。
だからこそ、同じく武器防具を売っている鍛冶屋としては、ここは邪魔以外の何物でもないわけだ。
伝説の鍛冶屋なんて言われているのだから、そこまで問題はないと思っていたけど、そう言うわけでもないんだね。
俺はため息を吐くラズリーさんに、同情の念を送った。
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