第三百九十八話:例の鍛冶屋
クリーさんの話によると、ラズリーさんは鍛冶屋らしい。
主に武器や防具を作る職人で、王都の方では割と有名な人なのだとか。
巷では伝説の鍛冶屋なんて言われてもてはやされているようで、主に冒険者からの人気が高いらしい。
「もしかしてだけど、そのラズリーさんもプレイヤーだったりするの?」
「おお、よくわかったな。直接聞いたわけじゃねぇが、恐らくそうだろうよ」
伝説の鍛冶屋と言うところでもしかしたらと思ったが、本当にそう言うことらしい。
と言うことは、クリーさんは探していたナイフを折りまくる人? 確か、伝説の鍛冶屋を探しに行くみたいなことを言っていたらしいし。
期せずして、探していた二人を見つけられたことになる。これは運がいいと言っていいのかな?
「何度か頼んだことはあるんだが、そこそこのでいいって言ってるのにめっちゃいい奴ばっかり作るんだよな、あいつ。おかげで気軽に使えなくて困ってる」
「だったら別の鍛冶屋に行けばいいの」
「他の鍛冶屋にはもう門前払いされてるな。探せばまだあるかもしれないが、なんか噂が広がっているらしくて、初見でも入れてくれないんだよ」
「やっぱり、ナイフを折りまくるから?」
「なんだ、知ってんのか? 俺のスキル構成がそんな感じだからな。折らないと火力が出ないんだよ」
武器を壊して威力を上げるスキルはそこそこある。俺も【ブレイクバースト】という武器を破壊して威力を激増させるスキルを持っているしね。
本来は最大火力を出すためのスキルであり、ロマン以外の理由で採用することはほとんどない。
ただ、これが得物がナイフの場合はちょっと変わってくる。
ナイフ、というか短剣カテゴリーの武器の特徴として、安いというのが上げられる。
素の火力が低めに設定されているので、両手持ちを推奨されているし、短剣は投擲もできるので、場合によってはそのままロストする可能性もある。
だから、簡単に補充が利くようにと安めに設定されているのだ。
一番安いので、ただのナイフが銅貨一枚。これは矢とか銃弾とかを除けば、全武器中最低価格である。
その分威力はかなり低いが、より良いナイフを使って上がる威力と、武器を壊すスキルを使って上がる威力を比べた時、後者の方が増加率が高いから、そっちを取るメリットがあるのだ。
もちろん、序盤は金策に少し苦労するけど、それでも最安値の武器である。大抵の場合は、一シナリオクリアしてしまえば十分な量を買い込めるので、特に問題にはならない。
序盤から火力を出すことができ、後半になっても最大級の火力スキルだから腐ることがない。まさに一石二鳥のスキル構成なわけだ。
ただ、現実の世界において、そんなポンポンナイフを折るような人物がどう映るかはお察しである。
鍛冶屋としては、やっぱり大事に使ってくれる人の方がいいってことだね。
「レベルいくつなの?」
「12だな。継続だったから、ある程度高い。まあ、お前には負けるが」
「私に勝ってたらびっくりなの」
12ってことは、結構な数のシナリオをこなしてきたってことだね。
もうちょっと頑張れば、レベル20も夢ではないし、そこまで継続して使えるってことは愛着もそれなりにあっただろう。
でも、そうなると速すぎる気もする。言っちゃ悪いけど、レベル12程度の奴に俺の攻撃が当たらないのはちょっと納得いかないんだが?
「なんか特殊スキルでも持ってるの? やたら速かったけど」
「まあ、スキルはほぼすべて敏捷関係だしな。ボーナスも全部敏捷に振ってるし、種族も猫獣人だ。まあ、そんだけ積んでても結構ぎりぎりだったが」
「能力値振りやスキルによってはこのレベル差でも避けられるのはちょっと問題なの」
命中率は器用の能力値に由来している。そして、能力値はレベルアップするごとに一定数上昇する。
つまり、俺とクリーさんでは能力値に圧倒的な開きがあるはずなのだ。
いくら敏捷特化で回避力が高いとは言っても、レベル差が10倍もあってクリティカル以外で避けられる可能性が残っているのは異常である。
いや、スキルのおかげか? スキルの中には、回避のダイスを一つ増やすものがあったり、回避判定自体をやり直したり、何なら完全回避するスキルだって存在する。
それらを使えば、圧倒的なレベル差があっても避けられた理由にはなるか。
レベルが高いからって確実に当てられるとは思わない方がいいかもしれない。粛正の魔王が回避特化の化け物とは言わないけど、そうである可能性はゼロじゃないしね。
今度から気を付けておこう。
「レベル12もあれば、その辺の魔物くらいなら折らなくても火力足りそうだけど」
「まあ、一応な。ただ、なんというか、折らないと気が済まないというか、気持ち悪いというか、なんか落ち着かないんだよ」
「ああ……」
なるほど、クリーさんはナイフを折りたくてしょうがないっていう設定だと。
それはもうどうしようもない。大人しく安いナイフ買って適度に発散してほしい。
「まあ、つい折っちゃう理由はわかったの。でもそれなら、ミスリルナイフなんてもったいなさすぎない?」
「それなんだよ。俺は鉄製の安いナイフでいいって言ったんだがな。中途半端なナイフなんて許さないって言ってミスリルナイフよこしてくるんだよ」
「ミスリルナイフなんてめちゃくちゃ高いと思うけど」
「いや、金額はそうでもない。流石にただのナイフよりは高いが、かなり良心的な価格設定だったな」
まあ、もしラズリーさんが【ブラックスミス】のような生産職だとしたら、【メタルコンバート】を使えばミスリルくらいは手に入れられると思うけど、だとしてもあれは基本的に等価交換だから、ナイフ一本分のミスリルを手に入れようと思ったら鉄が相当いると思うんだが。
あえてミスリルにこだわっているのは、職人肌だからかもしれないけど、わざわざ安く売る理由はわからないな。
いやまあ、安いミスリル武器なんて誰でも欲しがるだろうけど、それじゃあいつか破産しちゃいそうだけど。
何か絡繰りがあるんだろうか。ちょっと気になる。
「そんな良心的な価格設定だったのに盗んだと」
「だから、あれは金がなかったからだって」
「お金がなかったなら理由を話して、お金を作るまで待ってもらうなり、働いて返すなりすればよかったの。わざわざ盗む必要はないの」
「いや、いつもそんな感じだったし、別にいいかなと」
なんでも、クリーさんがそうしてお金を払わずに持ち逃げするのは今に始まったことではないらしい。
最初こそ、きちんと払っていたが、次第に慣れていき、ツケで払うようになり、さらにそれすら言わなくなり、結果的に万引きみたいな感じになってしまっているのだという。
案外親しい関係なんだなとちょっと感心したけど、親しき中にも礼儀ありだろうに。ツケって言ってるならまだ許されるかもしれないけど、何も言わずに持っていったらそれはもう窃盗なのよ。
「追われて当然なの。お金払う気が失せてきたの」
「まあまあ、そう言うなって。あいつが本気で金返せって言ってきたら返すつもりはあるし、これはただのじゃれあいみたいなもんだ」
「じゃれあいねぇ……」
あれかな。どっかの怪盗が警察にちょっかいかけて、それから逃げるのを楽しんでるみたいなそんな感じ? それ捕まえる側は楽しんでいるわけではないと思うけど……。
なんかこんな人仲間にして大丈夫かなと不安に思いつつ、ラズリーさんも仲間にできないかと思案していた。
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