第三百九十七話:逃げていた理由
「とりあえず、何とかなったの」
「お見事でした、アリスさん」
俺は男の状態を確認する。
【アローレイン】の効果で増幅された矢がすべて刺さっており、普通に考えれば確実に死んだだろうと言えるような状態。
一応、シリウスに【プロテクション】をかけてくれるように頼んだが、これほんとに生きてるのかな……。
心配になって来たので、ひとまず【ヒールライト】で回復させる。
死んでいなければ、これで回復するはずだけど。
「うっ……」
「あ、起きたの」
「いてぇ……」
男はざっと周りを見て状況を確認したのか、落ち着いた様子で自分の体に刺さった矢を見ていた。
普通に考えて、こんな量の矢が刺さっていたら発狂ものだと思うけど、設定のせいだろうか?
抜く前に回復させてしまったせいで、抜く時余計に痛そうだけど、まあそれは仕方ない。抵抗した罰とでも思ってくれ。
「あーあ、とうとう捕まっちまったか。自信あったんだけどな」
「それなんだけど、一体誰に追われてるの?」
「あん? お前らラズリーの手下じゃないのか?」
「知らないの。人違いなの」
「まじか。そんじゃあ、まだ捕まったことにはならねぇな」
ラズリーと言うのが誰かは知らないけど、とりあえず誤解は解けたようだ。
しかし、相手がプレイヤーで、しかも自分より格上だと思っていたのに反撃をやめなかったってことは、よっぽど捕まりたくなかったのかな。
いったい何をしたのやら。
「そのラズリーって人に何したの?」
「ああ、いや別に、ただナイフの代金が払えなくて逃げてきたってだけだが」
「おい」
そりゃ追われるわ。代金未払いでナイフ持ってくとかどんな状況になったらそうなるんだ。
買う場合は値段が書いてあるものだし、鍛冶屋とかに作ってもらうにしても、これくらいの予算で、と相談するのが普通だろう。
つまり、この人は金が惜しくて物だけ持って逃げたってことになる。
普通に犯罪だし、しかも盗んだのがあのミスリルナイフと同じものだとするなら、相当高価なものだ。盗まれた人としては、何としてでも捕まえて弁償させるなり、命で償わせるなりしたいだろう。
とんでもないことしてるな。
「追いかけられて当然なの」
「仕方ねぇだろ、金盗まれちまったんだから」
「盗まれた?」
話を聞く限り、事の顛末はこうだ。
この男は、ナイフを作ってもらうために鍛冶屋を訪れた。そして、手持ちのお金と相談し、この程度の額でナイフを作ってくれとちゃんとお願いしたそうだ。
料金は後払いでいいと言われたので、一度宿に戻り、できるまでの間その街で暇を潰していたのだが、その時子供のスリに財布を奪われてしまい、一文無しになってしまったのだという。
しかも、その日はナイフが完成する日で、支払いは即決で行わなくてはならない。
困った男は、ナイフを確認すると言ってナイフを手に取らせてもらい、そして速攻で逃げ出した、と言うわけだった。
「あんた足速いでしょ。子供のスリくらい捕まえられたんじゃないの?」
「そりゃ捕まえられただろうが、なんか気が乗らなくてな。だから諦めた」
「気が乗らなかったって、そのせいで今や犯罪者のようですが」
「いいんだよ。追われるのには慣れてるし。いてて……」
そう言って慎重に矢を抜いていく男。
これ、多分だけど、気が乗らなかったんじゃなくて、子供のためにわざと盗まれたんじゃないかなぁ。
子供がスリを働くのは、スラムとかに住んでいる孤児が一般的だろう。
普通に生活できている子供が、わざわざリスクの高いスリを行うわけないしね。
その子供もそうだったかは知らないけど、この人はその子供を不憫に思って、わざと盗まれてあげた、ってことなんじゃないかと思う。
まあ、その後ナイフを盗んでるから完全にいい人ってわけではない気がするけど、でも子供のために優しくできるのはいいんじゃないかな。
「そういえば、名前は何て言うの?」
「俺か? 俺はクリーだ。あんたらは?」
「私はアリスなの。そっちはカイン、シリウス、サクラなの」
「そうか。あんたらも気が付いたらこの世界に?」
「まあ、そんなところなの。そっちもなの?」
「おう。あの時は焦ったな」
話しながらぶちぶちと矢を抜いていく。
なんか傷跡が痛々しいけど、HP的にはそこまで減ってないのだろうか。痛そうではあるけど、表情はそこまで険しくはない。
まあ、痛いもんは痛いだろうから我慢してるだけだとは思うけどね。
「それで? ラズリーんところの奴じゃないなら、俺に何の用だ?」
「私はあなたみたいなプレイヤーを探しているの。仲間になってもらうためにね」
俺は仲間を探している経緯について説明する。
まあ、同じ境遇の人達を保護したいっていう意味合いもあるっちゃあるけど、本当に期待しているのは粛正の魔王と戦う時の戦力だ。
粛正の魔王自身と戦うだけだとしても、奴が率いる魔物達を相手にするにしても、どちらにしろ俺達四人だけじゃ分が悪すぎる。
だから、単純な数の暴力をしたり、役割分担をして町を守ったりする人が必要なのだ。
アルメダ様が言っていることが本当なら、俺達プレイヤーは魔王を倒せば等しく元の世界に帰れるはずである。
みんなで元の世界に帰るためにも、協力することは必須なわけだ。
「なるほどな。粛正の魔王に勝てるかはわからねぇが、協力した方が勝率が上がるのは間違いないだろうな」
「クリーさんさえよければ、仲間になってほしいの。追われてるっていうなら、代金も払って上げるの」
「ほう、そいつはいいな。追われるのには慣れてるが、追われないに越したことはないしな。じゃあ、もしラズリーの奴を説得できたら仲間になってやるよ」
「契約成立なの」
果たしていくらの借金があるのかは知らないが、流石に国庫が底をつくほどってことはないだろう。
まあ、あんまり国のお金使いたくないから、手持ちで足りないなら自力で稼ぎたいけど、何か金策あるかな。
ああ、あのダンジョンが使えるかな? 素材回収して売ればそれなりのお金にはなりそうだし。
「よし、やっと抜き終わった。お前容赦なさすぎだろ」
「避けるのが悪いの」
「避けなかったら死ぬだろうが。むしろなんで生きてんだ俺」
「そこらへんは抜かりないの。【プロテクション】でダメージ軽減したし、【手加減】もしたの」
「お前、何レベルなんだ?」
「120なの」
「……生きててよかったなぁ」
なんかしみじみと呟いているクリーさん。
さて、これでひとまず仲間が一人増えたことになる。
もちろん、ラズリーさんとやらを説得しないといけないわけだけど、借金を返してきちんと謝ればなんとかなるだろう。
もしかしたら何か仕事を押し付けられるかもしれないけど、それくらいだったら手伝って上げるし。
「そういえば、クリーさんって結局【チェイサー】なの?」
「【チェイサー】も取ってるが、本業は【アサシン】だな。隠密は得意だぜ」
「なるほど、それでナイフなの」
【チェイサー】も【アサシン】もナイフが得意なクラスだしね。どちらも隠密状態で相手を殺すことに特化しているから、隠密状態の時限定のスキルが多い。
諜報役としては役に立ちそうだけど、それは今求めてる人材じゃないんだよなぁ。
まあ、仲間が増えただけいいか。
そんなことを考えながら、ラズリーさんについて色々と話を聞くのだった。
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