第三百九十六話:すばしっこい逃走者
「だ、誰か、そこにいた人知らないの?」
俺は慌てて周りの人の話を聞いた。
こんな上等なナイフをポンと渡せるなんて普通の人ではない。
もちろん、上級冒険者とかで、お金に余裕があり、この程度のナイフいくらでも買えるっていう人だった可能性もなくはないけど、そんな人なら冒険者の中では有名人だろうし、近くにいた人、なんて言い方はしないだろう。
他にも考えられる可能性は色々あるけど、俺が思ったのは、その人はプレイヤーなんじゃないかと言うことだった。
鍛冶系のクラスを持っているなら、ミスリルのナイフくらい簡単に作れる。素材がなくても、【メタルコンバート】と言うスキルを使えば金属をミスリルに変換することも可能だ。
それに、逃げたということは、俺がこのナイフがミスリル製だと気づいたからだろう。騒ぎになるのを恐れて逃げ出した、と言うことは、騒がれなくなかったってことだ。
何か事情を抱えているはずである。確実に見つけて話を聞かなければならない。
「ああ、そいつならさっき出て行ったよ」
ギャラリーからそんな証言をいただくことができた。
さっき出て行ったばかりなら、まだそう遠くには行ってないだろう。今から急いで追いかければ追いつけるかもしれない。
「情報感謝するの。私はその人を追うの」
「おい、料理はいいのか?」
「十分食べたの。美味しかったの」
引き止める男の相手もそこそこに、ギルドを飛び出す。
さっき出て行ったばかりとは言ったが、そう言えば容姿を聞いていない。
どんな人かわからなければ、流石に探しようがないな……。
「アリス、落ち着けって。一体どうしたんだ?」
「シリウス……このナイフの持ち主、恐らくプレイヤーなの。だから、追いかけようと思って」
「なるほどな。よっぽどいいナイフだったってわけか」
「そう言うことなら急ぎましょうか。どうやら、黒いマントを被った人だったらしいですよ」
少し遅れてカインがやってくる。
どうやらちゃんと容姿を聞いてくれたらしい。流石はカインだ。
後はどっちに行ったかだけど、辺りを見回してみる。
周りには獣人達が闊歩しているが、黒いマントを被った人は見当たらない。
獣人の町でそんな恰好だったらかなり目立つと思うのだけど、通行人に話を聞けばわかるだろうか。
「あ、あれじゃない?」
そう思っていた矢先、サクラが一方を指さす。そこには、路地裏の陰に入っていく黒いマントが見て取れた。
そんないかにもな場所に入っていく? でもまあ、すぐに見つけられたのは僥倖である。
俺達は一度顔を見合わせた後、すぐさまその後を追った。
「だいぶ薄暗いの」
路地裏は建物が影になっているせいか、結構薄暗かった。
乱雑に建てられた家のせいなのか、まるで迷路のようにいびつな通路をしており、横に広がって歩くのは無理そうである。
確実にここに入っていったはずだが、俺達が入った時には姿は見当たらなくなっていた。
足が速いな。それとも、どこかに隠れてる?
俺はとっさに耳で索敵する。すると、思ったよりも早くその存在に気づくことができた。
「……ッ! 上なの!」
「させませんよ」
「ちっ」
突如、上空から降ってきたのは小柄な人物だった。
黒いマントを身にまとい、両手にナイフを持っている。
明らかな敵対行為に場の空気が張り詰めていく。
俺は、背中に背負った弓を構え、その人物を観察した。
「今回の追手はなかなか手練れっぽいな。今ので一人は持って行けたと思ったんだが」
「あなた、何者ですか?」
「そんなこと、お前らだってよくご存知だろ? 俺はこんなところで捕まるわけにはいかねぇんだ。そっちが捕まえようとしてくるってんなら、抵抗させてもらうぜ」
そう言って、瞬時に距離を取ったかと思うと、すぐさま横から攻撃を仕掛けてくる。
こいつ、めちゃくちゃ速い!
俺ほどではないけど、敏捷は相当高そうだ。
やはりプレイヤーっぽい。でも、素直に捕まってくれる気はなさそうだ。
こちらもプレイヤーであることに気が付いていないのか、それとも何か理由があるのか。
とりあえず、動きを封じないと話し合うのも難しそうである。
「カイン、サクラ、とりあえず死なない程度に攻撃するの」
「いいんですか?」
「相手がやる気満々な以上、話し合いは無理なの。まずは大人しくさせるの」
「了解です」
「シリウス、バフを頼むの」
「はいよ」
シリウスのバフを貰い、こちらも攻撃に転じる。
ただ、この状況だと結構こちらが不利だ。
なにせ、ここは狭い裏路地、カインの剣をちょっと振り回そうものなら、周りの建物に当たってしまう。
サクラの魔法も、威力が高すぎて周りに被害を出してしまうし、迂闊に撃てない。
一応、意図的に威力を抑えることは可能ではあるけど、真正面に敵がいるならともかく、現状は前にカインがいて狙いをつけづらい状態。ちょっと横にずれるくらいじゃ射線を完全に開けることはできないし、誤射の可能性がある。
唯一、俺の弓なら上空から打ち下ろすことができる【アローレイン】で後ろから攻撃することも可能だけど、こいつがめちゃくちゃ速いのが問題。
速いってことは敏捷が高いってことで、敏捷が高いってことは回避力も高いってことだ。
こいつのレベルはわからないけど、レベルによっては当たらない可能性もあるし、そうでなくても攻撃した瞬間に懐に入られたりしたらこちらにも被害が出てしまうかもしれない。
これはうまく有利な場所に誘い込まれたな。逃げたのは逃げるためではなく、返り討ちにするためだったのかもしれない。
「ちっ、かてぇな。ただのタンクじゃねぇなお前」
「タンクには違いありませんがね。そう言うあなたは【チェイサー】ですか?」
「なるほど、お前プレイヤーか。しかも高レベル。そりゃかてぇわけだ」
試しに【アローレイン】を撃ってみたが、見事に回避され、さらにカインに追撃を食らわされる。
まあ、カインの防御力は群を抜いているので、この程度では効かないけど、普通の冒険者と比べたら相当鋭い攻撃である。
プレイヤーと言う言葉を知っているのもそうだし、この人もやはりプレイヤーなのだろう。
「私達はあなたに話を聞きたいだけです。どうか手を降ろしてくれませんか?」
「んなこと言って、武装を解いた瞬間捕まえるんだろ? 知ってんだよ、お前らの手口はよ!」
カインを攻撃しても意味がないと思ったのか、後ろにいる俺やサクラを狙ってきたが、それを通す程カインも甘くはない。
狭い路地であるからこそ、先頭にいるカインを抜かない限りは後ろに攻撃を通すことはできない。
その点だけは、路地裏で戦っている利点と言えるだろう。
しかし、この人何かに追われてるんだろうか?
確かに俺達はこの人を捕まえる気ではいたけど、どうにも話が噛み合わないというか、俺達ではなく、別の誰かに捕まえられるのを恐れているように思える。
多分だけど、俺達のことを、その人に雇われた人って感じに思っているのかもしれない。全く面倒な。
「んー、こうも速いと当てにくいの」
もちろん、仮に相手の回避が高くても、俺はそれ以上に命中率が高い自信がある。
【イーグルアイ】なんかを使えばもっと命中率は高められるし、なんならシリウスのバフでも命中率は上がっている。
このまま続けていれば、いずれ当てられるだろう。ただ、あんまり長引かせて、どうあっても勝ち目がないと思われてしまうと、逃げられてしまう可能性もある。
決めるなら次で決めた方が確実かもしれない。
「シリウス、一応【プロテクション】頼むの」
「いいけど、必要あるか? プレイヤーなんだろ?」
「念のためなの。死なれたら困るの」
「まあ、そう言うことならわかったよ」
俺はふぅと息を吐くと、天に向かって矢を放つ。
【アローレイン】と同じ動作。しかし、それにはもう一つ別のスキルを組み合わせた。
【ダイレクトヒット】
シーン中一回の制限こそあるが、次に放つ攻撃を確実に命中させるというスキル。
同じように避けれると思っていたのか、回避行動に移った男の後を追尾するように動いた矢は、そのすべてを命中させ、男の意識を奪っていった。
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