第三百九十三話:得体のしれない人物
「ッ!?」
俺はとっさに飛びのく。
今、どうやってここまで来た?
少なくとも、先ほどまで村長の前にいて、他の村人も警戒態勢になっていた。
にもかかわらず、それらに気づかれないままここまで辿り着くなんてありえない。
瞬間移動? それとも、めちゃくちゃ足が速い? どちらにしても、ただ者ではないのは確かだろう。
俺はすぐさま家から出て、弓を構える。しかし、その人物は特に警戒することもなく、俺の前に歩いて出てきた。
「そんなに警戒することはないだろう? ちょっと驚かせただけじゃないか」
「ちょっとであの距離を瞬間移動できるならただもんじゃないの」
「君にもできると思うがね。まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
村長も目の前から人がいなくなったことに気が付いたのか、こちらに駆けてくる。
下手に刺激するわけにもいかないから一定の距離は保っているが、いきなり村の中に侵入したんだ、不審者として疑われるくらいは覚悟していることだろう。
俺は警戒を緩めないまま、目の前の人物を睨む。
声からして男のようだけど、いったい何者なのか。
「まずは再会を祝してこう言っておこう。久しぶりだね、アリス」
「私はあんたみたいなやつ知らないの」
「おやおや、忘れてしまったのかい? せっかく、君に相応しい体をプレゼントしてあげたというのに」
相応しい体をプレゼントした?
少し考えて、その意味がなんとなく理解できた。
こいつ、俺がイナバさんと入れ替わった時のサーカスの団長だ。
結局、あの後は手がかりもなく、忙しかったこともあって追えていなかったけど、まさか向こうから会いに来るとは思わなかった。
こいつは得体が知れない。【ボディスワップ】なんて、普通はまずもっていないであろうスキルを持っているようだし、他にも何か持っていても不思議はないだろう。
と言うか、また【ボディスワップ】なんてされたら勝ち目ないぞ。俺一人だけだというならともかく、ここには非力な村人だっているのだし、そいつと入れ替えられたら俺は詰む。
一応予兆はあるはずだけど、逃げた方が無難だろうか。
でも、わざわざ村に来ておいて何もしないわけないし、村人を見殺しにするわけにもいかない。
さて、どうするべきか……。
「サーカス団の団長がこんな場所に何の用なの」
「いやなに、ただ伝言を届けに来ただけさ」
「伝言、なの?」
「そうとも。この村の秘密に気が付いた君に、ね」
村の秘密って、もしかしてさっきの記憶のことだろうか?
輝様と言う神様の指から読み取れた記憶。それが輝様本人のものなのか、決められた別の人物の記憶なのかはわからないけど、魔王に関連するということは確実だ。
もし、これが秘密だというのなら、こいつは魔王について何か知っているのか?
魔王本人……いや、それはない。もしそうだとしたら、もっと何か感じるものがあるはず。
アリスとしての本能ならば、相手がどれほどの実力を持っているかくらいなんとなくわかる。
こいつからは魔王のような気迫は感じない。まあ、そこら辺の一般人と言うわけでもなさそうだけど、少なくとも純粋な実力だけで見るなら私の方が強いと感じる。
となると、悪魔か? 魔王の側近である悪魔と言うなら魔王のことを知っていても不思議はない。
危険だけど、少し情報を聞き出す方向にシフトしてもいいかもしれない。
「その伝言って何なの?」
「魔王は死せず、さりとて動くことはままならぬ。ただ安寧と帰還、そして復讐を欲す、この言葉が理解できるなら復活に手を貸すべし」
「……は?」
えーと、どういうことだ?
簡単に言うと、魔王は死んでないけど動けない状態にあり、安寧と帰還と復讐を望んでいる。もしこの言葉が理解できたなら、復活させるのに力を貸してくれ、ってことでいいのかな?
いや、どういうこっちゃ。
魔王が弱っているというのは、なんとなくわかる。
魔王は神界に侵攻して、その後行方不明となったらしい。あの記憶を見る限り、恐らくまた地上に戻ってきていたのだろう。神様に返り討ちに遭って、瀕死の重傷を負っていたと考えれば、冒険者にぼこぼこにされたというよりは信憑性がある。
だから、その傷を癒すために、どこかで息をひそめているということなのだろう。
でも、望んでいるものがよくわからない。復讐に関しては、傷を負わせてきた神様への復讐って考えればわからなくはないけど、安寧と帰還ってなんだ。
安寧って、平穏に暮らしたいってことだよね? おおよそ魔王が望むものとは思えないんだけど……。
それとも、神様に返り討ちに遭って懲りたから、これからはもう悪さしないから平和に暮らさせてってことなんだろうか。
その割には復讐を望んでいて反省していないようにも見えるけど……。
で、帰還はもっとわからない。どっかに帰りたいってこと?
まあ確かに、魔王って別世界から来てそうではあるよね。別世界と言うか、神界と同じような存在、魔界とでも言えばいいのかな? そのあたりから来てそうなイメージがある。
『スターダストファンタジー』において、魔界に関する情報は何もないけれど、同じく言及のなかった神界が存在するんだから、あってもおかしくはない。
つまり、何らかの理由で魔界からこちらの世界に来てしまった魔王は、元の世界に帰りたいけど帰れない状態にある、ってことなのかな?
もしそうなら魔王もある意味被害者なんだろうか。いや、わざわざ時代を粛正してるんだから、いくら被害者でもやっていいことと悪いことがある。
帰りたいなら素直に帰りたいって言えばよかったのに。そしたら、神様だって話を聞いたかもしれないのにね。
ツンデレなんだろうか。だとしたら世界を巻き込み過ぎで迷惑すぎるけども。
「まあ、君が覚えていればいいのは、魔王の復活に手を貸してほしいってところだけでいいよ」
「誰が魔王復活なんかに手を貸すの」
「でも、君の目的は魔王を倒すことなんだろう? だったら復活させなければ戦えないじゃないか」
「まあ、それはそうだけど……」
確かに俺達は魔王を倒さなければ元の世界に帰れない。であるなら、魔王が復活してくれないと困ることになる。
でも、だからと言って自ら復活させたいかと言われたらそんなことはない。準備だって不十分だし、動けない状態にあるんだったらもうしばらく動けなくなっててほしい。
と言うか、なんでこいつは俺の目的を知ってるんだろうか。身内以外に対しては、魔王を倒すことが目的だとは一言も言ってないはずだけど。
やっぱり得体が知れない。こいつ一体何者なんだ。
「伝えるべき伝言はそんなもの。で、ここからは忠告だ」
「忠告?」
「そう、どちらか片方だけの主張を聞いて、それを真実だと思うのはやめた方がいいよ」
「どういうことなの」
どちらか片方だけの主張を聞いて、それだけを信じるっていうのは確かに危険だとは思うけど。
でも確かに、シュライグ君の時のように、実際にそうなっていることはある。なるべく公平にとは思っているけど、相手が明らかに悪人だと思ってしまうと周りが見えなくなることはよくあることだ。
あれか? 魔王は実は悪くないよとでも言いたいのか? 確かに、記憶を見る限り、魔王も完全な悪人ってわけではなさそうだったけど。
「それじゃ、用件はそれだけだ。エルフのお嬢ちゃんに抱かれてる兎君にもよろしく言っておいてくれ」
「え、ちょっ……」
その瞬間、男はその場から姿を消していた。
とっさに耳であたりを探ってみたけど、それらしい反応はなし。やっぱり瞬間移動してるっぽいな。
俺は周囲の安全を確認した後、ふぅと息を吐く。
なんか、どっと疲れた気がした。
結局、あんまり情報を聞き出すことはできなかったけど、魔王に関する情報は手に入れたし、十分な収穫があったと言っていいだろう。
まあ、これが本当に合っているかどうかはわからないけどね。
後でみんなの意見も行くとしよう。そんなことを考えながら、さっきまで男がいた場所を見つめていた。
感想ありがとうございます。




