第三百九十二話:何者かの記憶
鑑定を仕掛けた瞬間、俺の頭の中に何かが入り込んでくる気配がした。
この感覚は、アルメダ様と交信する時と同じような感覚。
とっさに防ごうと思ったが、その時には頭の中に映像が流れ始めていた。
「これ、は……」
最初に見えたのは何人ものシルエットだった。
こちらを囲むように立っているそのシルエット達は、俺、と言うよりは、この映像の視点となった人に対して何かを言っているように思える。
その言葉はとても不明瞭で、何を言っているのかは理解できなかったけど、視点となっている人は、その言葉に対して困惑と否定の感情を持っているようだった。
次の瞬間、映像が移り変わる。どうやら、上空から地上を見下ろしているようだった。
多くの人々がこちらを見上げてきている。その格好は様々で、それが冒険者だと理解できた。
しかし、それも一瞬の出来事。瞬きの間に、地上は地獄へと変貌していた。
冒険者達はこちらを止めるために武器を振るうが、そのすべてを叩き落としていく。
その行動は淡々としていて、まるで機械のような印象を受ける。しかし、その感情は複雑で、怒りと悲しみがないまぜになったかのような感情だった。
また、場面が切り替わる。
足取り重く辿り着いたのはとある村。なぜここに辿り着いたのかはわからない。ただ、その心の内は絶望と憤怒の感情で満たされていた。
死にたくはない。けれど、そのためには血を流しすぎた。だからこそ、その足取りに覇気はなく、心の内とは正反対に、死に場所を求めてさまよっているようにも見える。
そんな時、村の中から一人の子供がやってきた。何を言っているのかはわからないが、心配してくれているということはわかった。
もう死ぬしかないと思っていた心の中に、一つの希望が生まれた瞬間だった。
この村のためにも、生きなければならない。そのためには、どうにかして傷を癒さなければならない。
覚悟を決めたように、視点の人物は村を離れる。そして、映像が途切れた。
「……はっ」
映像が終わったと同時に、俺の意識も戻ってくる。
今のは、記憶の一部だろうか?
恐らく、鑑定した影響で開示されたのだろう。となると、この記憶は輝様のものと言うことになる。最後に出てきた村は、恐らくこの村だったのだろう。
ただ、そうなると最初の方の映像は何だったのだろうか。
この村の人達が言っていることが本当だとするなら、輝様は神様のはずである。しかし、最初のシルエットはこちらを見下ろしていた。
神様の中にも序列はあるだろうが、輝様はそんなに序列が低い神様だったのだろうか?
その次の映像も不可解である。地上を救うために降りてきたはずなのに、当時の冒険者と思われる人達と敵対していたようだったし、地上を焦土に変えたのは輝様の攻撃によるものだったように思える。
これではまるで、輝様が魔王のようではないか。
「大丈夫ですか?」
「……あ、うん、大丈夫なの」
一体どういうことだ?
輝様は神様ではなく魔王だったということか? でも、それだとおかしいことがいくつもある。
魔王は時代を粛正するために現れる存在だ。だからこそ、冒険者と敵対していたんだろうし、そこは理解できる。ただ、その後村を助けようとしていたのはなぜだ?
時代の粛正とは、文字通り時代を終わらせる行為である。そりゃ、中には運よく生き残る人もいるだろうけど、魔王自身が助けるために動くのはおかしいだろう。
もちろん、記憶を覗いた限り、この村の子供に心を救われたから、と言うのもあるだろうけど、元々滅ぼすつもりだったものを自分の指を切り落としてまで守ろうとするだろうか?
それに、傷だらけだったというのもおかしな話である。
粛正の魔王はレベルを持つ魔物の中では最もレベルが高い最強の存在だ。
確かに、当時はまともなクラスを持つ冒険者が多数いたようだし、それらが束になった結果怪我をしたというのはわからなくはないけど、傷だらけで、もう死にかけなんて状態に追い込まれるほど当時の冒険者は強かったんだろうか?
俺の理想が高すぎるだけで、実際は案外簡単に攻撃が当たる存在なんだろうか。それも気になるところである。
それに、終始感じていた否定の感情も不可解。
こう言っちゃなんだけど、魔王なんだから、人の生き死にに関してそこまで興味は持っていないだろう。
言うなれば、時代を終わらせるための機構であって、そこに感情は挟まれないはずである。
まあ、これは俺の想像だから、きちんと感情があって、それに左右されることもあるのかもしれないけど、それでも否定の感情が常にあるのはおかしいだろう。
最後は絶望していたようだし、一体何にそんなに追い詰められていたのだろうか。
わからないことだらけである。
凄い都合のいい見方をするなら、魔王は最初のシルエットの人物に命令されて、仕方なく時代を粛正したけど、本当はやりたくなかったってことなんだろうか?
でも、魔王に命令できる人物なんているわけないしなぁ。魔王は魔物の頂点に君臨する存在だし、もし意見できるとしたら悪魔なんだろうけど、あのシルエットが悪魔とは思えない。
あんな高圧的に言ったら消されていてもおかしくないだろうしね。
よくわからないけど、この指を鑑定したことによって今の記憶が流れてきたってことは、この指の持ち主か、あるいは持ち主が決めた記憶を見たってことになるだろう。
輝様が魔王説は割とありそうではあるけど、今はまだ確証には至れない。不可解なことが多すぎる。
「あまりこの結界の中にいすぎると立っているのもつらくなるでしょう。あなたはそこまで悪い人と言うわけでもなさそうだ、そろそろ出ましょう」
「う、ん、わかったの」
魔王の痕跡を探してたらとんでもないものを見つけてしまった気がする。
まだあれが魔王の記憶と決まったわけではないけれど、状況を考えるとその可能性は高いように思える。
もしかしたら、魔王にも色々事情があるのかもしれない。初めから話し合いができると思っていてはダメだと思うけど、チャンスがあれば話を聞いてみるのもいいかもしれないね。
「クロを助けていただいたのに、無礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。わずかですが、これはお礼です。お受け取りください」
「お礼はいいって言ってるの。私としては、輝様の指を見せてもらえただけで収穫だったの」
村に戻った後、老人、この村の村長らしいが、彼が村人に説明してくれて、ようやく警戒態勢が解かれることになった。
クロちゃんも抱き着いてきて、お礼がしたいからと村長の家に連れ込まれ、そうして金貨が数枚入った袋を渡されたのである。
この規模の村で金貨なんて、相当な貴重品だろう。想像でしかないが、この村の全財産だと言われても納得できるものである。
助けたのにそれがきっかけで村が崩壊なんてなられたら困るし、流石にそれを受け取るわけにはいかなかった。
なかなか納得してくれなかったので、クロちゃんに肩を揉んでもらうってことで許してもらった。
こういうのは簡単なものでいいんだよ。もちろん、そんなこと言えるのは俺がこんな力持ってるからだと思うけどね。
「村長、またお客さんだ」
「またか? 今度は誰だ」
ここにきて、また村を訪れる人がいたらしい。
多分だけど、カイン達じゃないだろうか?
カイン達には【テレパシー】で事情を説明しておいたし、俺の気配を辿ってきてもおかしくはないだろう。
でも、多分大丈夫だからいざとなったら呼ぶと言っていたのだけど、心配になってきてしまったんだろうか?
心配性だなと思いつつ、俺はちらりと外を見る。
村長が相手をしているその人物は、全身黒づくめのいかにも怪しげな人物。
どうやらカイン達ではないらしい。いったい何者かと思いながら窓越しに見ていると、ふと、その人物と目があった気がした。
「あの人、どこかで見たような……?」
そんなことを思うのもつかの間。次の瞬間には、その人物が窓の目の前まで来ていた。
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