第三百九十一話:輝様とは
その指は、三千年も経っているとは思わないほど綺麗なものだった。
恐らく小指だろうか。かなり小さな指ではあるが、その色は白く、まるで切断されたばかりと言っているかのようである。
流石は神の一部と言うべきか、時間で劣化などしないようだ。
「今でもこうしてこの村を守ってくださっている。だからこそ、わしらは輝様を崇め、この村を守っているのです」
「まあ、こんな聖遺物があれば時代の粛正を免れたのも納得なの」
普通、こんな村一つのために自分の体の一部を差し出したりなんてしない気もするけど、輝様にとってこの村は特別なものだったのだろうか。
所詮分身体だからと身を削ることをいとわなかったとか?
だとしても、普通はただ単に魔力で結界を作るだけで終わりなような気もする。
切羽詰まっていたのかもしれない。時代の粛正が何日間で行われたのかは知らないけど、結構な速度で侵攻されてそうだし。
「輝様は、何か言ってなかったの? こう言っちゃなんだけど、もっと人の多い町とかを守ってもよかった気がするの」
「当時の文献はあまり残されていませんが、一部を繋ぎ合わせると、恐らく輝様は死に場所を求めていたのではないかと思います」
「死に場所を?」
「はい」
文献では、輝様はこの村に来た当初からかなり苦しんでいる様子だった。
魔王の攻撃に晒されて傷を負っていたのか、それとも守るべき人を守れなくて絶望していたのか、なんにしてもかなり苦しんでいる様子で、漏れ出る神力から近寄ることも困難だったらしい。
しかし、当時の村の住人の子供の一人が、心配して声をかけると、輝様は笑顔になり、この村だけは守ろうと言ってくれたらしい。
そうして指を切り落とし、その子供としばし戯れた後、村を去ったと言われているようだ。
「輝様はもう先は長くないと悟っていたのでしょう。せめて、自らが安らかに眠れるようにと、気に入った人のいるこの村を守り、信仰させることで、自らの居場所を作ろうとしていたのかと思います」
「なるほど」
粛正の魔王の攻撃は神界にも及び、神様は軒並み消滅してしまった。
本来であれば、消滅してもすぐ復活する神様が、今回は復活できない状態にあった。
だからこそ、もう自分も殺されてしまうと悟り、せめて居場所を作ろうとこの村を守ったと考えれば、一応辻褄は合うだろうか。
自分の居場所を作るためとはいえ、なんとも健気な神様である。一体どの神様なのか気になってしょうがないけど、流石に指だけじゃわからないなぁ。
「……襲われた、と言うことは、恐らく教会の連中でしょう。ここまで深く聞きたがったのは、奴らが何か言っていたからではないですか?」
「んー、あいつらから直接聞いたわけじゃないけど、クロちゃんがあいつらが悪魔がどうとか言っていた、と言うのは聞いたの」
「やはりそうですか。ですが、それは事実無根です。先ほどお話しした通り、輝様は真に神様であらせられる。それを、教会の連中は悪魔崇拝だと罵ってくるのです。なんとも腹立たしいことですよ」
「それで警戒してたの?」
「はい。この洞窟の結界は村人には作用しません。ですから、弱体化した今のあなたであれば、わしらでも十分対処ができる。だからこそ、ここにお連れしたのです」
やけに素直だと思ったけど、ここに連れてくること自体が目的だったってわけか。
確かに、あの冒険者っぽい連中なら、この結界の中に入った時点で無力化するのはたやすいだろう。
慌てて出て行こうとしたところで、入り口に待機している村人によって殺されるのが目に見えている。
考えはわかるけど、納得できないことが一つ。
「私みたいな子供相手にそこまでする必要あるの?」
「念には念を、と言う言葉があります。兎族であるあなたが、冒険者を撃退したという話も聞いていましたし、クロの案内があったとはいえ、この村まで無事に辿り着けているという点でも十分警戒に当たる人物ですよ」
「いい徹底ぶりなの。いっそすがすがしいの」
相手を見た目で判断しないのは重要なことだ。
仮に、村人が俺のことを兎族だと舐めてかかっていたら、この洞窟に来る前に全滅していることだろう。
いやまあ、やらないけど、俺が初めからこの村を滅ぼそうとしているという話だったらそうなるだろう。
だから、まずは冷静に話し合い、自分達の有利なフィールドに連れ込んだのはとてもいい判断だと思う。
まあ、そんな警戒されるとちょっと悲しいけど。
「それで? 私は怪しい人物判定になったの?」
「どうでしょうな。これまで妙な真似は一切していなかった。輝様について聞いているのも、単なる好奇心のように見える。信じがたいことですが、本当にただ通りすがりでクロを助けただけの兎族だと?」
「まあ、そう言うことになるの」
一応警戒はしていたけどね。ただ、相手のレベルがそこまででもないと思ったからぱっと見は構えていないだけで。
実際、無防備に攻撃食らっても、急所でもない限り、防御力だけですべて弾けるだろう。いざとなったら回避もあるし、いくら弱体化しているとはいっても俺が負ける道理はない。
ある意味ノーガードで挑んだからこそ、警戒心も解けてきたようだ。これは怪我の功名と言えるのかな?
「まあ、すべてを受け入れろとは言わないの。私はただ、調べたいことがあって、それに輝様が関係しているかと思ったから来ただけなの」
「調べたいことですか。それは伺っても?」
「私は魔王の痕跡を探しているの」
「魔王の痕跡、ですか」
頭の中に焼き付いている地図を見る限り、何とここにも魔王の痕跡があると言っているのだ。
輝様が気になったというのはあるけど、ここまで綺麗に重なっているとなると、何らかの関係があってもおかしくはないだろう。
と言うか、恐らくこの指が関係している。
この指は輝様と言う神様の指らしい。時代の粛正の時に残されたものだし、魔王の気配が残っていても不思議はないだろう。
ただ、痕跡の定義がよくわからない。
俺が想像している痕跡は、数時間前とか、あるいは数日前くらいにその場所を通った、というものである。
しかし、ここで三千年前の気配が残っているとか言われたら、もう痕跡を探す意味がなくなってしまう。
そりゃそうだろう。三千年前は地上も含めて魔王が暴れまわってたんだから、痕跡の一つや二つと言わず、100や200残っていても不思議はない。
それまで含めて痕跡と言うのだったら、もう痕跡とは言えないだろう。
アルメダ様がどう思っているかわからないから、それも含めて痕跡とか言われたらもう諦めるしかないけど、もし仮に、俺の想像する方の痕跡であるなら、この指には何かがあるはず。
だからできれば、詳しく調べてみたいんだけど、触るなって言われちゃったしなぁ。どうしようか。
「魔王は三千年前に滅びたはずでは?」
「この辺りでどう伝わってるか知らないけど、私はそうじゃないと思ってるの。だから、次にもし復活した時のために、少しでも情報が欲しいの」
「魔王復活説ですか。教会に聞かれたらどやされますよ?」
「私は別に教会がどう動こうと知ったこっちゃないの。邪魔するなら排除するだけなの」
「はは、その顔で言われると迫力がありませんが、あなたならそれも可能なのでしょう。兎族の子供の戯言ではないことくらいはわかります」
「なかなか話がわかるの。じゃあ、何か知ってることはあるの?」
「残念ながら、私が知っているのは先程話したことくらいです」
「それは残念なの」
まあ、輝様が魔王とは言わないけど、魔王に何かしら関係あるというのは確かだろう。
それが三千年前の因縁なのか、それとも現在にも何かがあるのかはわからないけど、それを調べようにも村人はもう何も知らない様子。
うーん、鑑定でもすればわかるかな? 果たして神様の指に鑑定が利くのかは知らないけど。
まあ、とりあえずやってみて、だめだったら大人しく帰るとしよう。
そう思いながら、俺は指に向かって鑑定を仕掛けてみた。
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