第三百九十話:神の指
「こんな辺鄙な村に何用ですかな?」
「そんなに警戒しないでほしいの。私はただ、襲われてたクロちゃんを助けて送り届けただけなの」
「襲われていた? クロ、それは本当か?」
「うん。助けてくれたよ?」
「なるほど。それは、危ないところを助けていただきありがとうございました」
クロちゃんに確認を取った老人がこちらに向かって頭を下げる。
多少なりとも警戒心は薄れたように思うけど、まだ完全には解いていない。
できればこの村も色々調べてみたいんだけど、このまま追い返されたらどうしようかな。
「それに関しては気にしなくてもいいの。ただ、ちょっと気になることがあったからついでに送ってきたまでなの」
「気になること、と申しますと?」
「輝様についてなの」
そう言った瞬間、老人の顔色が少し変わった。
輝様に関しては触れられたくない感じか? でも、これを調べないことには安心して戻ることもできない。
いや、別にこの村が悪魔信仰してようが何だろうが俺には関係のない話ではあるけど、悪魔は魔王とも関係が深い種族。もしかしたら何か手掛かりがあるかもしれない。
「輝様は、わしらの先祖を救ってくださった神様です。だから、その恩に報いるためにも、信仰している。ただそれだけでございます」
「救ってくれたっていうのは、もしかして三千年前の?」
「ええ。あの時代の粛正が起こった日、この村を救ってくださった神様です」
ダメもとで聞いてみたのだけど、まさかの魔王に関連する事柄である。
三千年前の時代の粛正。魔王によってもたらされた時代の終焉は、この世界の町と言う町、大地と言う大地を破壊しつくした。
けれど、そんな中でも偶然生き残った村や人はおり、それが今の時代の基盤となっている。
そんな中、この村を救ってくれた神様がいた。それが輝様であり、この村の守り神的な位置にいるらしい。
そういえば、三千年前、神様達はなぜ動かなかったのだろうか。
確かに、粛正の魔王が地上に現れたとしても、本来は神界にまで効力は及ばない。いくら地上がダメになろうが、神様が健在ならばいくらでも立てなおせはするだろう。
だけど、自分達が作り上げたものをみすみす壊されるのを黙って見ていたというのもおかしな話だ。
地上には降りれないみたいな話を聞いたことがあるけど、分身体を作ればいけるとも言っていたし、それらを使って魔王を迎撃するなり、そうでなくても神界から攻撃するくらいのことはできてもいいはずである。
それなのに、どうして動かなかったのか。ちょっと気になるね。
いや、それ自体が間違いなのかな? こうして輝様と言う神様が手を貸してくれていたようだし。
「気になることはそれだけですかな? クロを助けてくれたことには感謝いたします。ですが、御覧のとおり貧しい村故、ろくなお礼もできません。願わくば、この感謝の言葉だけでお許し願いたい」
「まあ、お礼に関しては気にしなくてもいいの。代わりと言っては何だけど、もっと輝様について教えて欲しいの」
「輝様についてそんなにお知りになりたいのですか?」
「うん。ダメなの?」
「……いえ、いいでしょう。ただし、他言無用でお願いいたします」
そう言って、老人は少しずつ輝様についての話をしてくれた。
と言っても、概要はさっき聞いた通り。三千年前の時代の粛正の際、輝と名乗った神様が現れ、村を守ってくれた。
恐らく結界のようなものだったのだろう。それに守られた村はその後の攻撃を受けることもなく、無事に生き残ることができた、と言う話。
輝と言うのがどの神様のことを差しているのかはわからないけど、神様の分身体であるなら結界を張るくらい朝飯前だろうし、攻撃から身を守ったというのも納得はできる。
まあ、そんな結界を張れるなら、なぜ神界は蹂躙されてしまったのかと言う疑問はあるけど、そこらへんは運も混ざっていたのではないだろうか。
結界によって魔物の攻撃から身を守ることができた。結界では対処できないであろう魔王の攻撃もその後は偶然来なかった。だから無事だったと。
なんだか都合がよすぎる気もするが、そうやって生き残った町もいくつかはあるだろう。以前見つけたあの寂れた村も、攻撃自体は食らっていなかったように見えたし。
「輝様は、その身を犠牲にしながら各地を守っておいでだったのでしょう。この村を守る際にも、自らの指を切り落として、それを依り代に結界を張ってくださったと聞いております」
「指を? それはまた捨て身の結界なの」
「そうでもしなければ、魔王の攻撃に耐えられなかったのでしょう。私も伝え聞いただけの話ではありますが、指を一振りするだけで辺り一帯を焦土に変えたという話です」
「まあ、魔王らしいっちゃらしいの」
多分全体攻撃系のスキルの一つだろうな。
すべての属性を操れる魔王からしたら、辺り一帯を焦土に変えるくらいはたやすいだろう。
むしろ、そんな中、生き残っていた人達がいたのがびっくりである。その人は【ラッキースター】だったのかもしれないね。
「指を切り落としたってことは、もしかしてその指はまだこの村にあるの?」
「はい。神器として、村で祀っております」
「それ、見せてもらうことはできるの?」
「できれば遠慮していただきたいですが、どうしてもと言うのならお見せしましょう。ただし、お手は触れないようにお願いします」
「じゃあお願いするの」
神様の指とか、そこらのアーティファクトよりよっぽど重要なアイテムだろう。
流石にそんなアイテムは聞いたことがないけれど、もしかしたらスターコアのように神様と交信できたりするかも?
まあ、だめだったらだめだったでそう言う村もあったという手掛かりが得られたわけだし、最低限の仕事はしただろう。
「こちらです」
そう言って歩き出す老人。周りに控えていた人達も、見つからないようにこそこそと移動している。
警戒している割には結構ぺらぺら話してくれるけど、これは感謝されているからってことでいいのかな?
クロちゃんがこの村でどういう立ち位置なのかは知らないけど、子供だし、可愛がられてはいそうである。
もしかしたらこの人が親なのかもしれないし、他の人よりは感謝の気持ちが強いってことなのかもしれない。
あるいは、敵じゃないと伝えてないから変わらず警戒しているだけとか。
まあ、気づかないふりしてあげよう。これで全部わかってましたじゃ可哀そうだし。
「……ん?」
村の奥に進むと、洞窟があった。その入り口を通ると、何かを通り抜けたような感覚がした。
とっさに【エレメンタルアイ】で見てみると、どうやら結界が張ってあったらしい。
見る限り、これ弱体化の結界だね。中に入っている者を弱体化させて、結界から脱出するのを困難にするタイプ。
道理で少し体が重くなったわけだ。まあ、これくらいなら普通に動けるけど。
「お気づきになりましたか? 申し訳ありませんが、この洞窟内では思うように力は出せなくなるでしょう。そう言う結界なのです」
「弱体化の結界なんて珍しいの。これも輝様が?」
「いえ、これはわしらの祖先が施した術です。輝様を守るための防衛機能でございます」
なるほどね。神様の一部なんて、教会とかからしたら喉から手が出るほど欲しいものだろうし、売り付ければかなりの額になるだろう。
見た限り、この村の戦力はそれほど高くはないし、場所さえわかってしまえば奪うことなど簡単だ。
だからこそ、そうならないように施した結界と言うわけなんだろう。
まあ、神様の一部を守るための結界にしては弱体の割合が低すぎる気もするけど、もしかしたら割合じゃなくて固定でステータスを下げてるのかもね。もしそうなら、本当に強い人には効果なさそうだな。
「どうぞこちらへ。これが、輝様の指でございます」
奥へ進むと、小さな祠のようなものがあった。その小さな扉を開くと、台座の上に小さな指が安置されている。
あれが、神様の指か……。
俺はちょっと緊張しながらその指を眺めていた。
感想ありがとうございます。




