第三百八十九話:森の中の村
「な、なんだてめぇは!?」
「ただの通りすがりなの。それより、この子に何しようとしてたの?」
急に目の前に現れた俺の姿に男達は驚いたようで、足を止めてくれた。
手に武器こそ持っていないけど、腰には剣を佩いている。革製ではあるが、きちんと防具もつけているし、盗賊や人攫いにしてはかなり上等な装備だ。
冒険者? いや、仮に冒険者だとしてなぜこんな子供を狙うのか。
俺はちらりと子供の方を見て見る。
ボロボロの布切れのような服を着た黒髪の少女。頭には髪の色と同じ猫耳が生えている。
黒猫は不吉の象徴とか聞くけれど、まさかそんな理由で襲っていたんじゃないだろうな。
「てめぇには関係ねぇ!」
「それより、そこをどけ。俺達が用があるのはそのガキだけだ」
「見るからに悪人ですって人に子供差し出すほど落ちぶれてるつもりはないの。どうしてもこの子が欲しいなら、私を倒してからにするの」
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇぞ! おい、殺さねぇ程度にやっちまえ!」
「「おう!」」
そう言って襲い掛かってくる男達。
だが、そんなのは一瞬で、次の瞬間には男達はその場に倒れ伏していた。
キャラシを見たわけではないけれど、男達のレベルはせいぜい20から30程度だと思う。しかも、この世界基準でのレベルだ。
それくらいなら、弓など使わなくても素手で十分制圧可能である。
ただ、この人達ほんとに悪人か? 盗賊とかなら、目の前にさらに子供が現れたら一緒に売っぱらっちまえとかそう言う思考になりそうなもんだけど。
殺さない程度にとか言っていたし、本当に目的はこの子だけだったように思える。
やっぱりこの子には何かあるのか? 俺は少女の方に向き直る。
「大丈夫だったの?」
「え、あ、ぅ……」
少女は怯えているのか、木に背中を預けたままぶるぶると震えている。
黒猫、なのは間違いないけど、不吉の象徴と言うのは元の世界での話である。この世界でもそうなのかはわからない。
でも、この子に何かあるのは確実だろう。単純にこの冒険者っぽい人達から何かを盗んで、それに気づかれて追われていたとか、可能性はいくらでもある。
ひとまず話を聞かなければならないだろう。俺はしゃがんで目線を合わせると、なるべく怖がられないように優しく言葉を選んでいく。
「安心して、私はあなたを傷つけたりしないの」
「ほ、ほんとに……?」
「うん、ほんと。怖くないの」
「……」
少女はじっとこちらを見てくる。しばらくすると、少女は俯き、ぽつりと言葉を呟いた。
「私、クロっていうの」
「私はアリスなの。クロちゃん、クロちゃんはどうして追われていたの?」
「わかんない……私の村に、用があるみたいだったけど……」
「村はどこにあるの?」
「この森の奥。そこでひっそり暮らしてる」
「ふむ」
村に用があった冒険者か。
この国において、森の中に村があることは別に珍しくない。そもそも国土のほとんどが森に覆われているし、獣人にとって森は割と居心地のいい空間だ。
だから、家を建てるためにある程度のスペースを確保する必要はあるだろうけど、いたずらに森を破壊していくようなことはしないんだと思う。
まあ、その結果があの建築具合じゃちょっと心配になるけども。
「こいつらは何か言ってなかったの?」
「……悪魔がどうとか、言ってたよ」
「悪魔」
悪魔は割とよく出てくる魔物である。ただ、その出てくる方法が、大抵の場合何かの黒幕として、あるいはその手先としてって感じなことが多い。
これは悪魔は魔物の中でも上位に位置する存在で、ネームドも多く、それ以外もそれに近しい実力を持っているから、と言うのが挙げられる。
魔王に仕える存在としても有名で、人知れず暗躍し、時には人の弱みに付け込んで、社会を破壊していく。そんな存在。
そんな悪魔の名をこいつらは口にしたという。これはただ事ではないかもしれない。
「……まさかとは思うけど、クロちゃんの村では悪魔を信仰していたりするの?」
「してないよ。輝様っていう神様なら祭ってはいるけど」
「輝様、ねぇ……」
輝なんて名前の神様は聞いたことないから、多分その村特有の呼び方なんだろう。
それだと、神様だと思っていたけど実は悪魔でした、っていう可能性もなくはない。
これは、ちょっと面倒なことになって来たぞ……。
「クロちゃん、その村まで連れて行ってくれないかな」
「うん、いいよ。お礼もしたいし……」
「ありがとう」
とにかく、まずは行って見てみないことには始まらない。
すぐに戻るつもりだったけど、これはもしかしたら長くなるかもしれないね。
俺は【テレパシー】でカイン達に事情を説明する。
いざという時は駆けつけてもらおう。
「こっちだよ。ついてきて」
先を行くクロちゃんに、俺はちらりと冒険者っぽい人達の方を見た後、一応【ホーリーサクセション】を張っておくことにした。
輝様とやらが本当に悪魔かどうかはわからない。けれど、もし本当に悪魔だとしたら、別にこの人達は悪くはないだろう。
もちろん、クロちゃんにとってはとばっちりもいいところだろうけど、この世界では表向きは悪魔信仰は禁じられているしね。
悪いことをしている人を取り締まろうとしただけなのに、ここで放置して魔物に食われるとかなったら可哀そうすぎる。
せめて起きるまでは守ってあげるとしよう。そう思いながら、その場を後にした。
森の中は同じ景色も多く、迷いやすかったが、クロちゃんは全く意に介していないようで、するすると奥へと進んでいく。
一応、来た道は記憶しているけど、そろそろ覚えられなくなってきそう。
大丈夫かなぁ。いざとなれば脱出はできるとはいえ、もし当たりだったらその村を放置するわけにはいかないし……。
うん、着いたらこっそりポータル作っておこう。そうすれば、いつでも来れるし。
「着いたよ」
しばらく歩くと、やがて村へと辿り着いたようだ。
そこにあったのはとても小さな村。木で作られた円錐型の家が数棟立ち並ぶだけの村とも呼べないくらいの小さな集落だった。
この規模だと、サクラの里より小さいんじゃないだろうか。
確かに、この国は森の中に村があることも珍しくないとはいえ、これはどちらかと言うと村が森に侵食されていると言った方がいいだろう。
主体なのは村ではなく森の方。まるで、森を切り開くことを忌避しているかのようなそんな家の建ち方。
これだと、外敵に見つからないようにできるだけ目立たないようにしている隠れ里、と言った方がしっくりくるかもしれない。
「これはこれは、こんな場所に人が来るとは珍しい」
そう言って現れたのは、年老いた獣人の男性だった。
クロちゃんはそんな獣人の姿を認めると、駆け寄って抱き着いている。
親か何か? まあ、今はそれよりも気になることがあるけど。
今、この場にいるのは年老いた獣人とクロちゃんのみ。しかし、よく耳を澄ませてみれば、あちこちの物陰に人の気配を感じ取れる。
ざっと十人くらいか? 奇襲でも仕掛けるつもりなのだろうか。
この人が出てきたのはクロちゃんを回収するためってところか。あるいは、うまく会話で追い返せればいいと考えたか。
どちらにしろ、隠れてる奴らは護衛って感じなんだと思う。
やれやれ、こうも敵意むき出しだとちょっとへこむね。
俺は小さくため息をつきながら、会話を試みた。
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