第三百八十八話:かすかな声
カイン達の方も特にめぼしい情報もなかったので、国境沿いの町を発ち、国の中心部へ向かって進んでいく。
道中の村や町を見てて思ったのは、多分獣人って建築が苦手なんじゃないかなと言うことだ。
確かに、獣人は人間の体に獣の要素を少し足したような姿をしている。
時には手が翼になっていたり、全身が毛で覆われていたり、獣寄りの獣人もいないことはないけど、基本的には人間と同じ手や足を持っている。
しかし、それがイコール人間のように手先が器用なのかと言われたらそう言うわけではないようで、とても大雑把な造りになってしまうようだ。
不器用と言うか、集中力が続かないというか、とにかく繊細な作業を長時間続けるというのが無理なんだと思う。
まあ、力はあるようだから、戦闘にかけてはかなり強い種族のようだけど、その分頭が弱いのかもしれない。実際、知力の補正値も低いし。
「料理もそうですが、基本的に野生寄りなんでしょうか。サバイバルしてる気分になりますね」
「焼いてあるだけましだろ。生の魚出された時はびっくりしたぞ」
「種族によって色々と暮らし方があるんだね」
確かに、料理も拙いかもしれない。
一応、俺は王様なわけだし、料理はそれなりにいいものが運ばれていた。
元の世界と比べても普通においしそうな料理ばかりで、何の抵抗もなく食べられていた。
でも、この国の料理は、ワイルドなものが多い。
塩も振らずに肉をただ焼いただけとか、その辺で取っただろうキノコをそのままとか、町の中とは思えないラインナップである。
それなりに大きな町であれば、旅人向けに作られた食堂なんかもあるようだが、そうでない場所はそんな料理が基本だった。
でも、別に嫌ではなかったけどね。ワイルドならワイルドなりに色々と工夫を凝らしているのはわかったし、俺自身が獣人だからか、そんな料理が普通だと納得してしまった。
他のみんなにとってはちょっと耐え難い料理かもしれないけど、そこらへんは我慢してもらうしかないね。
「保存食よりはましなんでしょうかね」
「どうだろうな。味だけ見れば、町の料理の方がうまいこともある。干し肉なんかは別だが」
「調味料の違いでしょうか。一応、醤油や味噌なんかもあるみたいですが」
「ラーメンとか食いてぇなぁ」
「そんなに食べたいなら自分で作ったら?」
「あー、できんのか? 一から作ったことなんてないが」
馬車に揺られながら、そんな話に花を咲かせる。
元の世界の料理か、確かにちょっと恋しいかもしれない。
確かに調味料はそれなりにあるようだけど、だからと言ってラーメンやらカレーやらがあるわけではない。
作り方がわかれば一から作れるかもしれないが、俺は自炊する方とはいえ、それらを完全に一から作ったことはない。
そんな状態で一から作れるのか? できたとしてもそれはラーメンと言う名の別の何かになるのでは?
できることなら、みんなの願いは叶えてあげたいけど、知らないものはどうしようもない。
料理本でもあればいいんだけどなぁ。
「そう言うのはサクラの方が得意だろ? お前料理好きだったろうが」
「好きだけど、レシピがないと作れないよ?」
「結局そうなるのか」
「元の世界の料理を再現するというのは面白そうですが、他のプレイヤーにも聞いてみますか?」
「ああ、それなら誰か知ってる奴いるかもな」
この世界には案外いろんな食材がある。
醤油や味噌があるというのは確認したし、何なら米もあるらしい。肉は魔物のものが多いが、きちんと動物のものもある。
コストを気にしなければ、後は作り方さえわかれば元の世界の料理を再現することも可能だろう。
そして、今いるプレイヤーの中には自炊している人もいるだろうし、もしかしたらレシピを知っている人もいるかもしれない。
もし作るとなったら、何が食べたいだろう。
俺は、牛丼とかかな。なんだかんだ、美味しいし。
米の入手が面倒くさいけど、そのうち手を出してみるのもいいかもしれない。
ただまあ、そんな暇があるかと言われたら微妙なところだが。
「その辺に関しては仲間が増えてきたら誰かに任せてみるの。私達には、やるべきことがあるの」
「まあ、そりゃそうだよな。仲間探し、スターコア探し、魔王探し、やることは山積みだ」
この世界にいるプレイヤーの中で、最もレベルが高いのは俺達四人だ。
レベルが高い奴が偉いと言うつもりはないけれど、指揮をする上でレベルが高いことは割と重要な要素だろう。
ただでさえ、レベルがものを言う世界なのだ。であるなら、みんなをまとめ上げるのは俺達でなければならない。
そうなってくると、率先して動かなければならないのは俺達であり、そんな俺達が元の世界の料理を再現する、なんてことにかまけている時間はない。
だからやるなら、誰かに任せる他ない。
ハルバルさんとか作ってくれないかなぁ。料理人として頭角を現しているようだし、イメージ伝えたら勝手に再現してくれないだろうか。
流石に無理か。
「……ん?」
「どうかしたか?」
そんな話をしていると、ふと俺の耳にかすかな音が聞こえてきた。
今通っているのは森の中を通る街道である。この国はこういった森に覆われた地域が多いらしく、なんなら森の中に町があることも多い。
だから、こういった街道があることは珍しくないのだが、そんな場所で聞こえてきたのは荒い息遣いと走る音。
人数は四人くらいだろうか。一つは歩幅が小さく早い、そして他の音はどちらかと言うと早歩きって印象を受ける。
ただそれだけなら、森の中に村でもあるんだろうと見逃すところだけど、小さな声で、悲痛そうな色をにじませながら、助けて、と聞こえたのだ。
助けてという言葉と合わせて考えるなら、恐らくそれを発したのは走っている歩幅の小さな方。声からして、恐らく子供だろう。
そんな子供を追いかけている大人と考えれば、なんとなく想像はつく。
なんだってこんな森の中でそんなものがいるのかねぇ。いや、森の中だからこそか?
盗賊だか人攫いだか知らないけど、そんな声を聴いて放っておくわけにはいかなかった。
「ライロ、御者は任せるの。ちょっと行ってくるの」
「おい、どうしたんだよ」
「多分、助けを求められたの。すぐに戻るから、ちょっと待っててほしいの」
「あ、おい!」
俺は返事を待たずに馬車の扉を開けると、そのまま森の中へと駆けて行った。
驕ったつもりはない。相手は恐らく三人。武器を持っている可能性もあるが、俺ならそれくらい軽く突破できるという自信はある。
けれど、それ以上に、早く助けてあげないといけないという考えが先行し、他のみんなと一緒に行くという選択肢が浮かばなかった。
みんなは悪いことをしたかもしれない。後で謝っておかないといけないね。
森の中を滑るように移動し、声の主を探す。
薄暗い森の中ではあるが、俺の耳は確実にその声の下へと連れて行ってくれる。
やがて、その声に追いついた。
そこにいたのは、木を背に蹲る少女と、それを囲うようににじり寄る男達の姿。
その距離はほんの数歩程度。もはや猶予はない。
俺は何も考えず、少女と男達の間に飛び出した。
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