第三百八十五話:痕跡を探して
魔王の痕跡。それが本人が通った後なのか、魔王由来の何かがあった後なのかはわからないが、何かがあったのは確かだ。
俺達の目的は、最終的には魔王の討伐であり、そのためには魔王の居場所を把握する必要がある。
だから、その痕跡があった場所を探すことは特段不思議なことではない。
ただ、やはりその場所が少し気がかりだった。
「なーんでサクラの里の付近に反応があるのかね」
「さあ、わからないから調べに来たの」
現在、カイン、シリウス、サクラを伴って、サクラの里にお邪魔している。
相変わらずエルフ達の反応はいまいちだが、サクラの必死の訴えが実を結んでいるのか、最近は多少なりとも柔らかい態度になった。
以前はサクラを里から連れ出そうものなら、鬼の形相で止めていたのに、今では行ってらっしゃいと手を振ってくれるほどである。
この調子で行けば、サクラをヘスティアに移住させることも可能かもしれない。
まあ、流石にそこまで行くと反発してくる気もするけど。
「本当にこのあたりだったんですか?」
「妙に記憶に残っているから間違いないの。まあ、地図上だったからサクラの里かまではわからなかったけど」
アルメダ様に見せられた地図は、今なお頭の中に鮮明に記憶されている。
恐らく、アルメダ様が気を利かせた結果なのだろうけど、違和感がありすぎてさっさと忘れてしまいたいくらいだ。
焼き付けられた記憶ってこんな感じなんだろうか。忘れたくても忘れられないみたいな感じがして嫌な感覚である。
「見た感じ、怪しいところは見当たりませんね」
「みんなにも聞いてみたけど、最近は誰も来ていないし、外から持ち込んだものは日用品や食料くらいだって。倉庫も調べたけど、特に怪しいものは見つからなかったよ」
「うーん?」
エルフ達は、元から外から人が入ってくることを良しとしない。排他的な種族であり、外の町から日用品を買ってくるのだって、サクラが提案しなければしなかっただろう。
だから、そう言う意味では他のエルフの里よりは俗世に染まっていると言えなくもないかもしれないが、だとしても怪しいものは持ち込まれていなかった。
入れるのは物だけで、人は入れないので、誰かがここを訪れたということもなし。こっそり入ろうとしても、エルフの里は不可視の結界に守られているので、普通の方法で入ることは無理だろう。
あるとしたら、結界を見ることができ、さらにその結界を感知させずに通り抜けることができる人物ってことになるけど、そんな人いるだろうか。
仮にそれが魔王だとしたら、確かにできないことはなさそうだけど、そこまでしてこの里に何の用があったのかと言う話でもある。
エルフ達もサクラの指示で里中を調べてくれたが、特に怪しげな魔力を感じるだとか、何かがなくなっているだとか、そういうことはなかったらしい。
謎が深まるばかりである。
「可能性があるとしたら、魔王の気配を持つ何者かが、偶然この里を通過した、とかか?」
「まあ、それくらいしか考えられないの」
怪しげな痕跡がない以上、この里が目的だったというよりは、偶然通り道だったと考える方がまだ納得ができるだろう。
普通だったら、結界の効果で無意識にその場所を避けて通るものかもしれないけど、魔王、ないしはその関係者なら結界を意に介さず移動することも可能かもしれない。
その人物にとって、この里は避けるにも値しない路傍の石ころのような存在だった、と考えれば、何も変化がなく、痕跡だけあるというのも一応納得できる。
まあ、それでも何もない道と石が多い道だったら何もない道を選ぶ気がしないでもないけど……。
「どうする? 他にも候補はあったみたいだが、そっちを探してみるか?」
「まあ、ここまで探してなにもないなら、多分何も見つからないと思うの。さっさと次へ行ってもいいと思うの」
悪い見方をするなら、この里が魔王に目を付けられたとも取れるけど、多分それはないだろう。
そもそも、粛正の魔王が粛正と言う頭文字を付けられるのは、時代を粛正するという意味を持っているからだ。
よくあるRPGの魔王のように、魔物達の王という側面も持ってはいるけど、基本的には時代を終わらせる災害のような存在である。
だから、滅ぼす時は一息にすべてのはずだ。わざわざこんな小さな里に目をつける必要はない。
そう言う意味では、この里は安全と言えるだろう。
まあ、いざ戦いが始まったら、すぐに消えてしまいそうな気がしないでもないけど。
エルフ達もレベル上げてあげないとだよね。サクラのことを助けてくれた人達だし、無為に死んでほしくはない。
「とりあえず、別の場所も調べてみるの。ちょうど、別の用もあることだし」
あのダンジョン村とかも調べてみたいけど、すでに割と調べつくしている。俺達が行った後に魔王の痕跡が出来上がったという線もあるけど、あんな場所に行って何がしたいのかもよくわからない。
ダンジョンもシュテファンさんにフラれてしまったし、今のところあの村の重要性はそこまで高くない。
だからあそこは後回しでもいいだろう。今はそれよりも、仲間がいると言われた北西にある獣人の町、そちらの方が重要だと思う。
「じゃ、さっそく行って見るか。おい、サクラ、行くぞ」
「あ、うん。じゃあみんな、行ってくるね」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
エルフ達に別れを告げ、一度ヘスティアへと戻ってくる。
準備を整え、さっそく獣人の町へと向かうことにした。
「で、その獣人の町っていうのはどれのことだ?」
「ヘスティアの北西にある獣人の町で調べてみたけど、二つあるの」
一つはウマラ王国。様々な獣人が住む国で、国力もそれなりに高い。しかし、戦いには中立的で、他の国が戦争をした時に仲裁役になることが多いらしい。
もう一つはアマラス王国。獣人の中でも鳥獣人が多く住む国で、険しい山岳地帯に合体するように作られた国である。国としては小さいが、空を飛べるというアドバンテージを生かし、運び屋として活躍する人が多いようだ。
一応、近いのはウマラ王国の方で、以前センカさん達が逃げていたっていうのもこちらの国だと思う。だから、多分こっちの方だと思うんだけど、外れていたらアマラス王国にも行ってみることにしよう。
「んじゃ、ウマラ王国だな。ちょっと楽しみだ」
「獣人の国って初めてだよね。どんな国なんだろう」
「まあ、人間とそう変わらないとは思うけど」
獣人は人間に獣の特徴を合わせたような姿の人が多い。
だが、別に肉食動物がモデルだからと言って肉しか食べないということはないし、他の種族の獣人とも普通に交流したりする。
身体能力は人間よりも圧倒的に高いし、文化も多少は異なっているだろうが、人間とそこまで変わらないとは思う。
俺も獣人はあまり見たことがないから、少し楽しみなんだよね。どんなところだろうか。
「アリスさんは少し気を付けた方がいいのでは?」
「? どうしてなの?」
「確か、獣人の中でも兎族はそう言う目で見られやすいとかなんとか聞きましたが」
「ああ……」
そう言えば、確かにそんな話があった気がする。
兎族は他の獣人と比べて力が弱いから、種族繁栄のために子作りしたり家事をしたりするのが基本だって。
それはつまり、兎族の発言力はかなり低いってことだと思う。ただでさえ、人間の国だって娼婦として見られることが多いのに、本場に行ったら余計にそう言う扱いが酷くなりそうではある。
そう考えると行きたくなくなってくるけど……まあ、無理矢理そう言うことやらされそうになったら叩き潰すとしよう。大丈夫大丈夫。
俺は一抹の不安を抱えながら、馬車の用意をした。
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