第三十九話:門前払い
門番に王様からの召喚状を見せ、城の中に入れてもらう。
たったそれだけのことなのに、そうなるまでには三十分という時間がかかった。
なんでそんなに時間がかかったのかと言われれば、まず召喚状の偽造を疑われた。
兎獣人の女性が城に呼ばれるのは大抵が閨を共にするためだと言われているらしいのだが、ここの王様は人間好きで獣人と閨を共にすることなんて絶対にありえないという。
自分はそういう目的で呼ばれたのではなく、治癒術師として呼ばれたのだということを話しても、治癒魔法は魔法の中でも高位の物で、魔法が苦手な獣人如きがそんなものを使えるはずがないと突っぱねられてしまった。
王様が人間好きだろうが獣人好きだろうが知ったことではないけど、俺が獣人というだけで門前払いしようとするのは何なのだろうか。今までそんな気配なかったのに。
まあ、別に俺はこの国の王様に面識があるわけでもないし、呼んでおいて追い払うというなら会う義理もない。そもそも俺の目的は王都で情報収集をすることであり、王様の件はついでみたいなものだ。
だから、そういう態度をとるなら帰ってしまってもよかったんだけど、そうなるとシュテファンさんに迷惑がかかることになる。仮に追い払われるのだとしても、ちゃんと王様に会ってお前は必要ないって言ってくれないと困る。
なので、少し食い下がったのだが、まあ悪口が出るわ出るわ。
なんか、この国では獣人はあまり歓迎されていないのかなってくらい罵倒された。
俺は元々獣人ではないし、この世界ではそういう扱いなんだな程度にしか思わないけど、アリスを馬鹿にされていると思うと少し腹が立つ。
いっそのこと強行突破してしまおうかとも考えた。アリスの能力ならこいつらくらいなら昏倒させるのはたやすいだろうし、こっそり城壁を飛び越えることだってできるだろう。
まあ、そんなことやったら完全にお尋ね者だからやらなかったけど。
シュテファンさんに書いてもらった証明書も効果なし。一度出直すべきかと思った時、城の中から一人の女性がやってきた。
門番はその人を見るなり、「フローラ姫様」と呼んだ。
姫様ってことは王女様ってことだよな? フローラ姫様とやらは門番を叱責し、俺を快く中に招き入れてくれた。
やれやれ、ようやく話がわかる人が来てくれたと安堵した。あのままだったら確実に中に入れなかっただろう。
俺は案内のために前を歩いているフローラ様の隣に立ち、礼を言う。
「さっきはありがとうなの」
「いいのよ。だって、あなたお父様が呼んだ治癒術師様なんでしょう? こちらが呼んだのにあんな目に遭わせて申し訳ないわ」
フローラ様は若干癖の強い金髪が美しい女性だった。中々幼い容姿で、恐らくまだ成人していないと思われる。
十人が十人とも振り返りそうな美貌の持ち主で、その周囲は不思議とキラキラと輝いて見えた。
俺が男のままだったら確実に見惚れていたことだろう。しかし、今はアリスの身体になった影響かそれほど興奮することはなかった。
どうせなら百合設定にでもしておくべきだったかな。少なくとも、イケメンの男にときめくなんて設定は絶対にいらなかったと後悔している。
「獣人って評判悪いの?」
「全員がそういうわけではないけど、ここは人間の国だからよそ者の獣人はあまり歓迎されないわ。人間も獣人も同じ人なのに、おかしな話よね」
「フローラ様は獣人のこと嫌いじゃないの?」
「もちろん。みんな仲良くできればそれが一番だと思っているわ」
門番がやっていたのは完全に差別だ。俺の元居た世界でも差別は往々にしてあったけど、それと似たようなものだろうか?
人は自分と違うものを怖がる性質があるからな。この世界では人間以外にも様々な種族があるようだし、その特色も強く出るのだろう。
見た目子供の俺にすらあんなことを言うのだ、人間の国で他の種族が生きていくのは大変そうだなぁ。
まあ、マリクスの町では全然そんなことはなかったし、この王都だけが異常なのかもしれないけど。
「それより、あなたお父様に会いに来たのよね?」
「うん。これが召喚状なの」
「……確かに。それじゃあ、早速お父様のところに……」
「おい」
フローラ様がそう言いかけた時、不意に後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
白を基調とし、煌びやかな装飾が施された高そうな服。それを身に纏っているのは金髪の貴公子だ。
かなり目つきが悪く、身長のせいもあって上から見下ろされるから威圧感がかなりある。
まあ、とは言っても相手はまだ幼い。恐らく成人はしているだろうが、成人したてってところだろうか。
その男性はフローラ様の事を抱きしめると、俺から引き離すように抱き寄せる。
まったく、俺が何をしたというのか。ここの人達は頭が固いね。
「フローラ。お前一体何をしている」
「何って、お父様が呼んだ治癒術師様を案内していたのよ」
「治癒術師? この兎がか?」
じろじろと鋭い視線を向けてくる男性。
よく見てみると、二人とも綺麗な紫色の瞳をしている。
兄妹か? となると、もしかしたらこの男は王子様なのかもしれない。
「あ、紹介するわね。この人は私の兄、第一王子のエミリオよ」
「やっぱりなの。初めまして、私はアリスなの」
ぺこりとお辞儀をして返すが、エミリオ様の表情は優れない。
さらに距離を放し、威嚇するように睨みつけてくるばかりだ。
「なんだそのふざけた喋り方は。この俺に対して、不敬だぞ」
「それはすいません、なの。昔からの口癖で、どうやっても治らないのです……なの」
意識して丁寧語を喋ろうとしてもやはり語尾に「なの」がついてしまう。
会話の流れ的に無理があったりする場合は語尾が取れることがあるけど、無理に矯正しようとすると無理やりにでもつけてしまう気がする。
ただの語尾だとしたら意識すれば治せる気がするのだが、設定の力というものにはあらがえないらしい。
それ以外にも若干子供っぽい喋り方になるのも追加されているし、喋り方に関してはもうほとんど諦めている。
ほんとに、碌な設定付けないな俺は。
「こんなふざけた兎が治癒術師とも思えん。さっさと追い払え」
「でも、ちゃんと召喚状もあるのよ? こちらから呼んだのにそれは可哀そうだわ」
「偽物かもしれないだろ。相手が獣人だなんて聞いてないぞ」
「いいえ、確実に本人だと思うわ。召喚状の字は代筆した私のものだったし、そもそも偽物だとして何をする気なの?」
「……ふむ、それもそうか」
そう、俺が城に忍び込むメリットなんて何もない。
例えば、城にある財宝や機密書類なんかを狙って、だとしたら、こんな堂々と入るはずがない。夜の闇に紛れてこっそりと忍び込むのが普通だろう。
俺なら【シャドウクローク】のスキルを使えば白昼でも忍び込むことはできるだろうが、忍び込むとしてもきちんと下調べをするだろうな。
こうして案内されていることからもわかるように、俺はこの城の構造を知らない。そんな状態で財宝やらなんやらを奪っていくなんて不可能だ。
後は王様を暗殺するっていう目的も考えられるけど、仮に謁見の間とかで王様と出会ったとしてもその周りには当然護衛の騎士がいるだろうし、そもそもよほどのことがない限り王様と会いに来た人物が直接接触することはない。
贈り物を持参し、それに毒を忍ばせるのだとしても、毒味役はいるだろうし、暗殺の手段としては無理がある。
まあ、魔法かなにかを使って遠距離から殺害し、且つ逃げもせずにその場で死ぬ気だって言うならまだ辻褄は合うけど、そんな大役を子供に任せるはずがない。
失敗したら当然警備は強化されてしまうだろうから、やるなら確実に殺せる人材を送るはずだ。
どう考えても、偽の召喚状を使ってまで城に忍び込むメリットなんてない。
「いいだろう。謁見を許可する。ただし、陛下は今体調を崩されていて出られない。俺が代わりに用件を聞くが、それでいいな?」
「ちゃんと呼んだ理由を教えてくれるならそれでいいです……なの」
「よし、ならついてこい。フローラ、お前は部屋に戻っていろ」
「私もご一緒したいわ?」
「だめだ。早く戻れ」
「むぅ……」
フローラ様は納得いっていなさそうだったが、エミリオ様は俺についてこいと言ってさっさと歩きだしてしまった。
「はぁ、仕方ないわ。アリス、またお話ししましょうね」
そう言ってフローラ様は去っていった。
さて、見たところエミリオ様も獣人に対してあまり快く思っていないようだったけど、どうなることやら。
俺は一抹の不安を抱えながらエミリオ様の後を追った。
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