幕間:どんな顔をすればいいのか
マリクスの警備隊長、エルドの視点です。
アリスが帰ってきたという知らせを聞いた時、俺はどうしていいかわからなかった。
アリスはこのマリクスの町にとって英雄的存在である。
兵士達からは良い指導者として敬われ、町の人達からは治癒魔法も使える可愛い子と言う評価を受けている。
その有用性はかなりのもので、王都からわざわざ招待状が届くほどだ。
それほどまでに優秀な人物である。それに、世話になったのも確かだ。だから、戻ってきてくれたことは嬉しい。
しかし、俺はどんな顔をして会えばいいのだろうか。
俺は以前、弓が剣にかなうわけないと思っていた。
剣は近接武器で、弓は遠距離武器。射程の問題だけ考えるなら、弓の方が有利という見方もできるだろうが、実際には矢を一射放つ間にその距離を一気に縮めることが可能である。
その一射でとどめをさせるというならともかく、躱してしまえば後はがら空きの射手が残るだけ。後は煮るなり焼くなり好きにしろという形だ。
確かに、矢を避けるのは一見難しそうにも思えるが、臆せずに近づけば相手は動揺し、狙いをそらすことも多い。それに、よく見定めれば、どの方向に矢を射るかくらいはわかる。
後は経験と勘で避けてしまえば、後は簡単だった。
しかし、アリスにそんな常識は通用しなかった。
一射目を躱した後、すぐさま二射目が飛んできた時は度肝を抜かれたものだ。
もし、あれがきちんと矢尻のついた矢だったなら、俺は心臓を貫かれて死んでいただろう。一応防具はつけていたが、そんなの関係ない。防具を付けていてもなお感じる衝撃は、確実に防具を貫通していたと思わせるものがあった。
普通、二射目を放つにはそれなりに時間がかかる。最速で矢をつがえようとも、少なくとも二、三秒ほどは時間を取られるはずなのだ。
それなのに、初めから二射目をつがえていたのではないかと言うくらいの速さで放っていた。あれは人間業ではないだろう。
その後も何度か勝負を挑んでは見たが、結果は変わらず。二射目が来るとわかっていてもなお勝てないその強さは、俺に弓の認識を改めさせた。
自分が弓を使いたいとは思わないが、少なくとも世の中にはああいう人知を超えた奴もいるんだということがよくわかった。
だからこそ、その後はきちんと弓の練習もしていたのだが……決して態度は良くなかっただろう。
元々、俺はアリスのことを疎ましく思っていた。
弓の先生だか何だか知らないが、ぽっと出の奴にいったい何ができるのかとそう思っていた。
だからこそ、最初はアリスの授業を真面目に聞いていなかったし、何ならその時間を剣の鍛錬に当てていた。
アリスの俺への評価は最悪なものになっていたことだろう。
もちろん、最終的には真面目に授業に励んではいたが、それで過去の出来事が清算されるわけでもない。
あんなに失礼な態度をとったのに、今更久しぶりですねと挨拶するのは憚られたのだ。
だから俺は、会わないことにした。兵舎に立てこもって、アリスがいなくなるのを待った。
今思えば、何をやっているんだと思ったけど、俺にはそれくらいしかできないと思ったから。
しばらくして、アリスは未開拓地域へと旅立っていったようだが、本当にこれでよかったのかは今もよくわかっていない。
「ああ、エルド殿、こんなところにいましたか」
「あなたは、モルド、様」
「どうしたんですか? 昨日から姿を見ませんでしたが」
「……いえ、少し、鍛錬をしていました」
現れたのはシュテファン様の息子であるモルド様だ。
モルド様は王都で騎士団に所属しており、レベルもかなり高めである。
俺も、アリスの教育のおかげで多少なりともレベルは上がったが、まだまだ低い方だろう。
俺の実力はこの町でしか通用しないと思うと腹立たしいが、シュテファン様も少ない金額でどうにかやりくりしているのを知っている。だから、これは仕方のないことだと思っている。
「そうですか。勤勉なのは結構ですが、あまり根を詰めすぎないように。あまりに過酷な訓練をしすぎて、いざ本番で動けないでは大変ですからね」
「はい、気を付けます」
モルド様は確かに騎士として優秀ではあるのだろう。だが、どうにも型にはまりすぎているとは思う。
経験ではなく、知識でどうにかするタイプと言えばわかりやすいだろうか。
本にこう書いてあったからこれが正しいと信じて疑わないって感じだ。
もちろん、それが正しかったからこそ、こうして上に上がっているのだろうけど、この町ではそれは通用しないと思っている。
本に書いてあることはある程度は正しいだろう。しかし、絶対ではない。
アリスを見ればよくわかる。兎族は非力で弱い種族? あれのどこが弱いのか。
それに、弓は案外力のいる武器である。それをあんな軽々扱っておいて非力はないだろう。
つまり、実際に見て見ないとわからないこともあるってことだ。
ある程度は経験に基づくことも考えていそうではあるが、基本的には知識を基にしていると考えると、この人はアリスのようなタイプではないんだなと思う。
「ところで、エルド殿はアリス殿について知っていますね?」
「はい。一時期指導を受けていましたよ」
「では、その指導に何か問題点はありませんでしたか?」
「問題点、ですか?」
アリスの指導の問題点と言うと……少し考えてもあまり思いつかない。
基本的に、アリスに求められていたのは弓の指導だ。俺達全員が弓を扱えるように指導してくれっていう内容で、実際それは完璧に果たしている。
魔物を相手に実戦練習をするというのは画期的でいい方法だと思った。
兵士の中には、魔物は怖い存在で戦いは極力避けるべきだという奴もいたが、いざとなったら魔物と戦うのは俺達なのだから、慣れておくに越したことはないだろう。
それに、アリスの戦闘力は群を抜いていた。狩りの際は常に同行してくれたし、あれほどまでに安全な狩りは他にないだろう。
アリスがいなくなった後も狩りは継続されているが、今では俺達でも三人もいれば余裕を持って魔物を倒すことができている。
運が良ければ一人でも行けるだろう。それほどまでに、アリスの指導のおかげで実力が身についたのだ。
レベルも、後で教会で確認してみたら上がっていたようだし、かなり効果のある修行だったのだと思う。
弓がある程度育ってきた後は、相手に合わせて剣や槍の訓練なんかも追加されたし、弓を全く使う気がない奴でも楽しめる内容だったと思う。
特に問題点はないんじゃないだろうか。
「いえ、特に思い至りません」
「本当ですか? 魔物に特攻させられたとか、睡眠時間を削られたとか、そういうのは?」
「ないですね。魔物を相手にすることはありますが、かなり安全に配慮されていたと思います」
「そうですか……時間を取らせましたね。私はこれで」
そう言って去っていくモルド様。
アリスに対して何か思うところでもあるんだろうか、やたらと悔しげな表情だったな。
まあ、モルド様の性格からして、アリスとは相いれないだろう。アリスは実戦型で、モルド様は知識を使って動くタイプだ。そもそもの考え方が違う。
俺としては、アリスの方が好みだがな。実際にやってみて、体に覚えさせるのが一番手っ取り早い。
「会った方がよかったか……?」
こうして考えていると、会わなかったのは間違いだったのではないかとも思えてくる。
けれど、会って何を話せばいいのかもわからない。
未開拓地域の探索が終われば戻ってくるだろうが、その時は顔を出してみるか?
そんなことを考えながら、空を見上げた。
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