幕間:謎の治癒術師
マリクスの領主の息子、モルドの視点です。
私は王都で騎士団に所属している。
元々は、父上が退役したので、その後釜として入る予定だったのだが、少し行き違いがあったらしく、私は新米騎士として下っ端からのスタートを余儀なくされた。
まあ、下っ端とは言っても、騎士団の一員である。陛下のために剣を振るえる、それだけでも名誉なことだし、私はこの仕事に誇りを持っていた。
だからこそ、努力を重ね、首級を上げていき、成人して間もないにもかかわらず、騎士団の上官の補佐役を任されることになった。
そのうち、父上と同じく、騎士団長の座にも就くことができるだろう。そう確信していた。
そんな折、とある事件があった。
その内容は、陛下が宰相であるセレンに毒殺されかけていたというもの。
確かに陛下はしばらく前から床に臥せっており、もう長くはないんじゃないかと囁かれていた。それがまさか、毒によるもので、その犯人が宰相だなんて誰が思うだろうか。
しかも、陛下を守るために存在するはずの騎士団の何人かもそれに加担していたようで、騎士団は徹底的に調べ上げられることになった。
騎士団は陛下の剣であり、盾である。それなのに、陛下を殺害しようとするなど言語道断だ。
私ははらわたが煮えくり返るような思いだったが、その件はとある人物によって解決された。
遠く、辺境の町から来たという獣人の治癒術師、アリスだ。
王都では、獣人差別が広がっていて、そのアリスと言う治癒術師も、城を訪れた際に門前払いされそうになったらしいが、それでも陛下を助けるために身を挺して実力を証明し、見事に陛下の毒を見極め、伝説と言われるエリクサーを調合して救ったと言われている。
まあ、流石にエリクサーは誇張表現だとは思うが、現在も陛下がご存命で、さらに調子もよさそうとなれば助けたのは事実なのだろう。
私は獣人差別などどうでもいいと思っているからそこまで嫌悪感は抱かないが、そこまで虐げられてよくぞ陛下を救ってくれたと褒めてやりたいくらいだった。
その後、アリスは陛下の回復を見届けた後、どこかへと旅立っていったらしいのだが、その後私は思わぬ再会を果たすことになる。
アリスは確かに優秀な治癒術師、と言うか薬師だろうか? だったようだが、その素性は謎に包まれていた。
父上が領主を務めるマリクスの町にひょっこりと現れたという話は聞いていたが、それ以外が全くと言っていいほど謎なのだという。
陛下もそんなアリスに思うところがあったのだろう。私はその調査のために、一度マリクスの町を訪れるように命ぜられた。
私もアリスについては気になっていたので、しっかり正体を突き止めてやろうとマリクスの町へと里帰りしたわけだが、町は以前とかなり雰囲気が違っていた。
いや、町の雰囲気と言う意味では以前と同じく和気あいあいとした平和な光景だっただろう。ただ、兵士の質がかなり上がっているように見えた。
自慢ではないが、私は騎士団幹部の補佐である。その実力は年齢にしては高く、レベルも40を超えている。
この町の兵士達も弱くはないが、少なくとも今の自分なら軽くひねれるだろうというくらいの実力だった。それも、相手になるのはごく少数と言うような状態で。
それなのに、今はみんな強者に見える。レベルはこちらの方が上かもしれないが、それでも下手したらやられるかもしれない、そんなオーラを感じるのだ。
いったいこれはどういうことなのか。私は早速父上に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「これはアリスのおかげなんだ」
なんでも、アリスは弓の名手らしく、その技術は今までに見たこともないくらい卓越したものだったらしい。
この町にも弓使いはいないことはないが、少ない方だった。なので、これを機に教えを乞おうとアリスを雇い、兵士達の指南役として指導を任せたのだという。
そうしたら、兵士達はめきめきと力をつけていき、わずか数ヶ月でかなりの戦力アップを果たしたのだそうだ。
どうやらアリスはかなりの実力者らしい。これはなかなか面白い奴かもしれない。
そう思っていたのだけれど……。
「訓練メニューに魔物を狩る項目がある、だと? なぜそんな危険な真似を……」
短期間で強くなったのにはそれなりの理由があるらしい。
魔物を狩りにわざわざ森に潜るという項目を見つけた時は、頭いかれてるんじゃないかと思った。
確かに、森に巣食う魔物が溢れないように、定期的に間引きをすることは大事だ。
だが、そんなのは月に一度や二度やればいいだけの話であって、こんな短期間で森に入る必要は全くない。
魔物は強い。騎士団ですら、時には大怪我を負うこともある。
そんな魔物を相手に、私よりもレベルの低い兵士達が挑むなんてどう考えても怪我人が続出するだろう。
事実、現在も何人かの怪我人がいるようだった。
このままこの訓練法を続けていれば、いつか町に戦える兵士はいなくなり、不意の事故によって町は壊滅するだろう。そうでなくても、悪事を取り締まる人がいなくなり、治安が悪化するのは目に見えている。
いったいなぜこんな愚かなことをしているのか。私は即座に父上に意見したが、父上は大丈夫だとまったく取り合ってくれなかった。
「これもすべて、アリスのせいだ」
父上はアリスを信頼しきっている。確かに、陛下を助けてくれたことには感謝しているし、兵士達が強くなれたのはアリスのおかげかもしれない。
けれど、こんな無責任な訓練法を伝授してそのまま放置など許されることではない。
父上が言うには、アリスはきっと戻ってくるとのことだったから、私はアリスが戻ってくるまで町で待ち伏せることにした。
そして、しばらく経って、ようやくアリスがやってきた。
なにやら強そうな騎士だったり、エルフと言う珍しい種族を連れていたが、見た限りはただの兎族にしか見えない。
こんな奴が弓の名手で、しかも陛下を救った治癒術師だと?
いや、人を見た目で判断するのはよくない。知識さえあれば、兎族だって強くなれるかもしれないし、一見隙だらけに見えても実は、なんてこともある。
私は父上に話しかけるふりをして、アリスを会話に巻き込んだ。
あの訓練法は一体どういうつもりなのかと。そしたら、あれは自分がいたから成り立っていたと言っていた。
なるほど、優秀な治癒術師だから、怪我してもすぐに治せたと。でもそれならば、いなくなる際にしっかりと指摘するべきだ。それにそもそも、いくら優秀な治癒術師でも、瞬時に治すなんて不可能である。
どのみち、アリスがいたとしてもこの方法は破綻していたのだ。
しかし、アリスは言葉巧みに私の意見をすり抜け、挙句私の虚を突いてきた。
確かに、騎士団が大怪我をしているのに、この町の兵士達は軽い怪我で済んでいる。それだけの結果を見れば、特に問題ないと言えなくもない。
だが、そんなのは結果論に過ぎない。今は軽い怪我で済んでいても、いつか大怪我をする日も来るかもしれない。
なのに、父上は全くわかってくれない。アリスのことを信じ切っている。
私は父上の息子なのに、私よりもどこの馬の骨ともわからないこんなちんちくりんを信じるのかと悲しくなった。
「アリスめ……どこの誰かは知らんが、必ず目にもの見せてやる」
だが、父上が認めてしまっている以上、私がどうこう言うことはできない。
意見することはできるが、それが通じないからと言ってアリスをしょっぴくわけにもいかない。それをするためには、何か正当な理由が必要だ。
兵士を怪我させた責任を負わすという形でどうにかできれば一番なのだが……。
今は未開拓地域に行くという謎の旅をしているようだから、この町に戻ってくるには時間がかかるだろう。それまでに、何とか理由を考えなければ。
私は自室にこもって、何かいい手はないかと模索していた。
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