第三十八話:城へ向かう
そうこうしている間に番が回ってきて門番に身分証の提示を求められたので、証明書を見せる。
俺はこの世界では冒険者にはなっていないし、市民証も効果がないから身分を証明するものを持っていない。なので、シュテファンさんに一筆認めてもらった。
この証明書はこれを持つ者の身分はシュテファンさんが保証するよというような内容が書かれているもので、シュテファンさんは辺境伯で貴族として中々地位が高いので結構効力が高い。
もちろん、通行税を払った上で、犯罪者でもなければ簡易的な滞在証を発行してはくれるだろうけど、こっちの方が面倒がなくて早い。
馬車代も宿泊代も全部辞退したので、これくらいはとシュテファンさんも証明書を書くことに異存はなかったようだ。むしろ、これだけでは到底足りないと嘆いていたけど。
特に問題なく通ることが出来、初めての王都を目の当たりにすることになる。予想はしていたが、実際に見てみると圧巻の光景だった。
「おおー、これが王都なの!」
ゲームと言えばTRPGではあったが、他にもテレビゲームやパソコンゲームも遊ばないわけではない。今目の前に広がっている光景は、まさにそんなゲームに出てくるようなものだった。
大通りを行く数々の人々。それらを見るだけでも、日本ではまず見られないであろう色とりどりの髪形を見ることが出来る。
立ち並ぶ宿屋や武具屋もファンタジー感があっていい。ちょっと感動する。
しばらくお上りさんよろしく街並みを見上げながらはしゃいでいたが、ふともの凄い子供っぽい仕草をしていることに気付いて急に恥ずかしくなってきた。
いや、まあ、見た目は子供だから違和感はないだろうけど、人間の国の中では明らかに珍しいであろう獣人の子供が子供らしくはしゃいでいたら目立たないはずがない。しかも、その獣人が顔がいいとなればなおさらだ。
我に返った瞬間、周囲の目線が気になり始める。あれは俺の事を見て笑ってるんだろうか、それとも憐れんでいるのだろうか。微笑ましげに見ているだけならまだしも、そういう目で見られているのだとしたらちょっと恥ずかしい。
もっと気を付けよう。そう思い、なるべく自然体で歩くことにした。
「えっと、まずは宿をとらないとなの」
治癒術師として呼ばれているなら、城に行けば泊めてくれそうな気がしないでもないけど、万が一ということもある。
幸い、シュテファンさんからもらった給料はまだ余裕があるし、『餓狼の首』の皆さんから良さげな宿の場所は教えてもらったから迷うことはないだろう。
教えてもらった通りの宿に向かい、さっさとチェックインすることにする。
「いらっしゃい。あら、可愛らしいお客さんね」
対応してくれたのは若い女性だった。優し気な人で、私の姿を見るなりわざわざカウンターから出てきて頭を撫でてきた。
客に対する態度としてはどうかと思うけど、子供に対する態度だと考えればまあ悪くはない。
俺が泊まりに来たことを告げるとちゃんと受け答えはしていたし、ちゃんと仕事は果たしているようだ。
代金は一泊銀貨5枚。マリクスの町の宿屋が銀貨2枚だったことを考えると結構高いけど、まあ王都だしこんなものだろう。むしろ、王都にしては安いのではないだろうか?
まあ、相場に関してはよくわからないし、特に突っ込みはしない。市場では値切るのが普通らしいけど、値切りとかしたことないしな。
「とりあえず一泊、よろしくなの」
「はい、それじゃあ、これが部屋の鍵ね」
代金と引き換えに鍵を受け取る。ご丁寧にも部屋まで案内してくれたので、すぐに城に向かうつもりだったけど一度部屋を見ておくことにした。
案内されたのは十四畳くらいの部屋だった。ベッドにクローゼット、テーブルに椅子が置かれている。
ちゃんと掃除されているのか埃一つ落ちていないし、ベッドのシーツも白くて綺麗だ。
酷いところだと結構埃っぽかったりもするけど、ここは中々手入れが行き届いていると言える。もちろん、シュテファンさんの家に比べたらグレードはだいぶ下がるけど、それでも十分な居住スペースと言えた。
「食事は食堂で取れるからね。お湯は言ってくれたら用意するわ。どちらも別料金だけど、大丈夫?」
「大丈夫なの。ありがとうなの」
食事や湯が別料金なのは別に珍しくない。というか、道中で泊まってきた宿の事を考えるとそれが普通のようだ。
できればお風呂に入りたいところだけど、お風呂があるくらい高級な宿に泊まろうと思うと流石に出費が厳しいし、贅沢は言うまい。
魔法系のスキルを覚えて自力でお風呂を作るっていう計画も割と真面目にやってもいいかもしれないな。兵士達のレベルアップ作業をやっていたせいで経験値が溜まってるのにレベルアップしてないし、転職ついでにスキルを取るのもいいかもしれない。
まあでも、今はまだいいかとも思う。どうせお風呂を作れたところで置く場所がなければ使えないし、宿の空き地を利用させてもらうにしても、その場合は見えないように小屋か何かを作らないといけないだろうしで結構労力を使いそうだし、あまりメリットがない。
もちろん、どうしてもお風呂に入りたいって言うならそれでもやるべきだろうけど、今はそこまでの欲求はないし、急がなくてもいいだろう。
まあ、もう十日くらいお風呂に入ってないから入りたくなるのは時間の問題かもしれないけど。
「出かける時は鍵はどうしたらいいの?」
「その時は受付で私に預けてもらえれば大丈夫よ。もう出かけるの?」
「うん。多分夜には戻るの」
まだ日は高い。着いたばかりでゆっくりしたい気持ちもあるが、仮にも王様からの呼び出しなのだから早いに越したことはないだろう。
特に置いておく荷物もないので早速鍵を渡し、宿屋を後にする。
さて、城にはどうやって行けばいいのかな?
「まあ、見えてるし適当に進めばそのうち着くの」
幸い、城は巨大なので入り口にほど近いここからでも拝むことが出来る。あれを目指して進んでいけばそのうち着くだろう。
俺は気楽に考えながら歩き始めた。
結果的に言うと、すぐには城には辿り着けなかった。
というのも、城に近づくにつれて道が複雑になっていき、進めども進めども近づけないという状況に陥ったからだ。
一応、城へと続いていそうな道はあるんだけど、何やら通行制限があるらしく、俺は通ることが出来なかった。
なんでも、この道は貴族しか使ってはいけないらしい。一応、王様からの召喚状を見せてはみたが、獣人は遠回りをしていけと言って通してくれなかった。
なんと融通が利かないのだろうか。面倒な道を作ってくれたものだ。
それから、あちこちをさ迷い、時には城から遠ざかったりもしながら歩き続けること数十分、ようやく城まで辿り着くことが出来たのだった。
「なんで城に来るだけでこんなに苦労しなくちゃならないの」
呼び出したのは向こうなのだからそれくらい融通を利かせてくれてもいいのにと思う。まあ、幸い王都に着いたのはお昼頃だったのでこれくらいの遅れでは日が暮れたりはしないが、もし暮れていたら一度出直す羽目になっていた。
目の前に聳え立つ城を睨みつける。城を実際に見たのは初めてだが、かなり大きな城のように思える。
一体王様はどんな人物なのだろうか。ちょっと不安だけど、ここまで来たからには行くしかないよな。
俺は覚悟を決めると、城の門へと歩き始めた。
感想ありがとうございます。
 




