第三百七十六話:砦に向かう
翌日。俺達はミーアちゃんを始めとした町の人達に見送られながら、町を後にした。
シュテファンさんもわざわざ見送りに来てくれたし、兵士達もみんな集まって手を振ってくれた。
さながら、勇者の出立である。
そんな大げさにしなくてもいいのにと思うけど、これも町の人の好意だし素直に受け取っておいた。
まあ、しばらくしたらまた寄ると思うけどね。帰りはポータルですぐに帰れるとはいえ、場所的に帰りにこの町を通らないのは不自然だし、わざわざ避けて通ったと思われて心配されても困る。
だから、帰りにはまたこの町に寄って、それからヘスティアに帰るつもりだ。
一応、ポータルも残しておいたけど、これは今回は使わなそうだね。
「この先に行くと、砦があるんだったか?」
「そうなの。今も変わらず運用しているらしいし、町にいなかった兵士達にも会えると思うの」
「楽しそうだな」
「まあ、久しぶりに会えるのは少し楽しみなの」
町では兵士達をあらかた挨拶したが、会ってない兵士もいる。特に、この世界で最初に出会った人物であるゼフトさんの姿も見えなかったので、恐らくまた砦にいるのだろう。
そういえば、エルドさんも見なかったな。エルドさんは警備隊長と言う立場だし、町にいると思ったんだけど、砦にいるんだろうか?
以前はゼフトさんとエルドさんは実力的に一、二を争うほどで、戦力の分散のためにも必ず分けて配置されるみたいなことを聞いたような気がするけど……。
でも、今はあれから三年も経っているし、教会で大幅にレベルを上げた人もいるらしいので、変わったのかもしれない。
実際、あの二人がいなくてもその辺の魔物くらいならどうとでもできるだろうし。
「砦でも一泊するのか?」
「時間が悪ければそのつもりなの。まあ、別に夜に出発してもいいけれど」
「そこまでする必要はないだろ。積もる話もあるだろうし、その時は素直に泊まっとけ」
「ありがとなの」
と言っても、砦って本来客が泊まる場所じゃないんだけどね。
あの砦はあくまで未開拓地域からやってくる魔物をシャットアウトするために用意されたものであって、未開拓地域に進むための拠点と言うわけではない。
だから、寝泊まりできるのは基本的にそこに勤める兵士だけで、客室なんて上等なものはない。
俺の時も、汚れた休憩室だったしね。
事前に報告をやれば、寝泊まりできる部屋くらい用意してくれるかもしれないが、俺達の乗る馬車は普通の早馬より早いので、先に伝令を飛ばすことは不可能。というか、断っておいたし。
最悪、近くにテントでも張らせてもらえればいいかなと思っているだけなので、そこまで期待はしていない。
あ、でも、カステルさんがまだいるなら、料理を食べたいかな。カステルさんの料理はかなり美味しいからね。
「こんな調子で大丈夫かなぁ……」
サクラのぼやきが聞こえる。
まあ、のんびりしすぎている感じはあるが、まだ本番が始まっているわけでもない。
そりゃ、いつ来るかもわからない災厄に対処するのならばできるだけ素早い行動が必要なのは確かだろうが、ここでそこまで急ぐ必要はないと思う。
と言うか、これでも結構急いでいる方だ。そのための高速馬車だしね。
そんな風に楽観的に考えながら、砦までの道中を進んでいった。
それからしばらくして、砦へとやってきた。
相変わらず立派な砦だが、兵士達はうまくやっているだろうか。
あの時は、ゼフトさん以外はほとんどやる気がなかったように思える。
そりゃ、魔物を防ぐのが目的だから、魔物が来なければ暇なのはわかるんだけど、それにしたってたるんでいると思うほどのだらけっぷりだった。
やる時はやるのかもしれないけどね。あの体制は少しは改めた方がいいと思うけど、今は果たして。
「止まれ。この先は未開拓地域だが、何の用だ?」
「その未開拓地域に用があるのです。領主であるシュテファン様より許可はいただいております」
「そうか。許可証を確認しても?」
「はい、こちらです」
門番に対して御者のライロが説明していく。
許可証に関しては、シュテファンさんが用意してくれた。
未開拓地域と言うだけあって、一般人の立ち入りは禁止されている。
もちろん、砦を介さず、勝手に侵入する分にはその人の自業自得だからと咎めることはないが、正式に通りたいならここを管理している領主の許可が必要になるようだ。
通った人物は名簿に記録され、帰る際はこの砦を通って帰ることになる。
もし、未開拓地域に入ってから数ヶ月経っても帰還しなければ、入った者は死んだものとして処理されるらしい。
だから、そう扱われたくなければちゃんと砦から帰るべきってことだね。
まあ、未開拓地域なのだから何が起こるかはわからないし、やむを得ずそう言う状況になる可能性はなくはないけども。
仮にそうなったとしても、俺達ならポータルですぐにでも帰ってこられるし、その心配はない。
「アリス……? まさか、アリス様か!?」
「はい、そのアリス様です」
「おお、帰ってきたんですね! こうしちゃいられない、みんなにも伝えなければ!」
そう言って、門番は砦の中へと走り去っていってしまった。
あの兵士も俺が訓練を施した人らしい。覚えていてくれたようだ。
この調子だと、砦中の兵士がやってきそうだな。職務放棄になりそうだけど……まあ、少しなら大丈夫だろう。
ダメだったら、その時は俺が何とかしてあげようか。
「アリスか、久しぶりだな」
「ゼフトさん、お久しぶりなの」
しばらくして、砦の中からわらわらと兵士達が集まってくる。
その中にはゼフトさんの姿もあり、俺の姿を見て顔を綻ばせていた。
「その様子だと、王都の件はうまく行ったようだな?」
「まあ、一応は。ちょっと面倒な仕事だったけど」
「とにかく、無事で何よりだ。少し心配していたんだ」
みんな心配してくるけど、俺はそんなに頼りなく見えたんだろうか?
町の人達はともかく、兵士達には俺の実力の一部を見せているし、少なくとも戦闘面で弱いとは思われていなさそうだけど。
「アリスは確かに強いが、その喋り方だからな。それに王都は獣人嫌いが蔓延しているとも聞くし、兎族と言うのがどこまで響くかわからなかったからな」
「ああ、そういうことなの」
確かに、王様に会いに行ったのに、この喋り方のままだったらやばいだろう。
実際、エミリオ様なんかにはこの喋り方のせいで不興を買いかけたし、王都の獣人嫌いは昔からのことのようだからゼフトさんもそれを知っていてもおかしくない。
そう言う意味では、確かに俺は頼りなかったかもしれないね。
「まあ、せっかく来たんだ。昼食でも食べながらゆっくり話さないか?」
「賛成なの。カステルさんの料理も食べたいし」
「それは本人に言ってやれ。喜ぶだろうさ」
時間的に、まだ日は高いが、このまま通り過ぎるというのもあれなので、昼食がてら一時滞在することになった。
なんか、この調子だとまたずるずると話が伸びて出発が遅れそうな気もするけど、まあ、それは仕方ないと割り切ろう。
その分未開拓地域を早く攻略できればいいのだ。攻略できる根拠はないけど。
馬車を預かってもらい、砦の中へと入っていく。
しばらくの間、食堂は歓喜の念に包まれていた。
感想ありがとうございます。




