第三百七十四話:土産話を聞かせて
宿屋に着くと、おばちゃんから熱烈なハグをされた。
俺が一人で王都に旅立ったと聞いて、とても心配してくれていたらしい。
元々、俺はこの宿屋に旅人と言う体で入ったわけだけど、その時もこんな子供が一人で旅なんて……、と不安に思っていたようだ。
一応、領主に雇われて兵士達の指南役をやっていると聞いて、多少の実力はあると思ったようだけど、それでも心配なことに変わりはなく、無事に王都に着けただろうかとずっと胃を痛めていたようだ。
まるで自分の子供のように扱ってくれていることに嬉しいやら恥ずかしいやらだが、あんまり心配しすぎて寿命を縮めないか心配だ。
ストレスのせいで胃に穴でも開いたら困るぞ。
「無事にお仲間さんにも会えたみたいで、本当によかった。もう、こんな小さな子を一人にしちゃだめよ?」
「別に子供じゃないんだけど」
カイン達のことを紹介すると、俺のことをしっかり見ておくように言い含めていた。
どちらかと言うと、冒険者歴ではアリスの方が圧倒的に長いのだけど、まあ見た目だけで見たらこっちの方が下に見えるよね。
シリウスは笑いそうになるのを必死にこらえていたようだが、後で覚えておけよ。
「今日はゆっくりしていっておくれ」
一応、男女で別れるということで二部屋分の鍵を貰い、部屋に入る。
ミーアちゃんはお話ししたいと急かしていたので、すぐにでも食堂の方へ移ると思うけど、みんなはどうしようか。
俺は懐かしさがあるから楽しいけど、カイン達は初めて訪れるからそう言うのもないだろうし、話を聞いているだけでは退屈だよね。
「私達のことは気にせず、旧交を深めてくるといいですよ」
「俺達は適当に町でも散策してるよ」
「私もそうする。アリスは気にせず楽しんでおいで」
そう思っていたら、なんだかすっごく気を使われてしまった。
いや、ありがたいんだけど、それはそれで申し訳ない気もする。
後で何か埋め合わせをした方がいいかもしれないね。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるの」
みんなに礼を言って、俺はミーアちゃんの下に行く。
ミーアちゃんはすでにスタンバっていて、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「ごめんね、無理言っちゃって」
「別に構わないの。私も楽しみにしていたの」
椅子に座りつつ、俺はこれまでの話を聞かせてあげる。
思えば色々あったものだ。王様の毒殺を防いだり、ヘスティアの王様を叩きのめしたり、エルフの集落に行ったり。普通の人ならどれか一つでも相当な出来事のはずである。
そう考えると、トラブルに巻き込まれすぎとも言うのかな?
仲間を探したり、スターコアを探したりしているからかもしれないけど、ちょっと濃密すぎる気もする。
もしかしたら、プレイヤーだからと言うのも関係しているかもしれない。プレイヤー、すなわち冒険者は、トラブルに巻き込まれるところからシナリオが始まることも多い。つまり、逆説的に言えばトラブルに巻き込まれやすいと取れなくもない。
だから、トラブルに会う頻度が高いんじゃないかと言う話だ。まあ、ただの偶然って可能性もあるけどね。
「アリスちゃんって、ほんとに強かったんだね……」
ミーアちゃんは凄い凄いと褒めてくれたけど、一番のリアクションは、俺の実力が相応にあったことに驚いた時だった。
俺はこの町にいた時から、兵士達の指南役として活躍していたし、その傍らで治癒術師としても活躍していたから、俺が普通の子供じゃないとは思っていたようだけど、得物が弓だったから、とっさに戦う力はないと思っていたようだ。
まあ、確かに弓は距離がなければ十全に戦うことはできないし、例えば旅の道中で急に盗賊が襲ってきたとかなったら、活躍できないまま殺されてしまう、なんて未来もあるかもしれない。
だから、俺が戦闘面でそこまで活躍できることにとても驚いたようだ。
確かにミーアちゃんの前で戦ったことはないけど、流石に侮りすぎでは?
いやまあ、子供の見た目だし、仕方ないっちゃないけどさ。
「なんでそんなに強いの?」
「なんでと言われても、努力してきたからとしか言えないの」
正確には努力ではなく、設定上そうなっただけではあるけども。
まあ、設定では努力してきたのは事実だし、間違いとも言えないけどね。
ミーアちゃんは憧れのような感情をこちらに向けてきている。
あんまり感化されすぎて、自分も戦いたいとか言わなきゃいいけど。
「アリスちゃんなら何でもできそうだね」
「何でもはできないの。できないことを探せばいくらでもあるの」
「例えば?」
「接客とか絶対できないの」
「ああ、確かに」
今の俺に接客業は無理だ。
いや、やれないことはないだろうけど、この口調では印象が悪すぎる。
普通に話している分には、子供特有のつたない言葉遣いで済むかもしれないけど、接客となれば多少矯正しないといけないだろう。
ミーアちゃんだって、大人が相手だったらもっとちゃんと対応するはずである。
むしろ、今まで王様とかに会ってきたのに、何とかなってきてる方がおかしい。
この口調だけは、さっさと直したいんだけど、どうすれば直るのか見当もつかない。
「アリスちゃんのその口癖? って、いつからなの?」
「さあ。気づいたらこうなってたの」
「普通に話せない?」
「無理なの。もう染みついてしまってるの」
「大変だねぇ」
せめて普通に話せれば、もう少し大人っぽく見られそうだし、目上の人相手に変な緊張しなくても済むんだけどね。
いったいなぜこんな語尾を設定してしまったのか、今でも後悔している。
いや、むしろこの語尾ならましな方なのか? なんかよくわからなくなってきた。
「でも、その喋り方は可愛いと思うよ」
「かわ、いい?」
「そうそう。アリスちゃんらしいの」
「それ、私の真似なの?」
「ふふ、似てた?」
まあ、どっちかって言うともう少しぶっきらぼうの方が……じゃなくて!
可愛いか? 確かに可愛い女の子がそう言う語尾を付けてたら可愛いっちゃ可愛いけど、自分がやってると考えると途端にそうは思えなくなってくるというか。
ああいうのは、二次元のキャラがやってるからいいのであって、実際の人物がやっていたら痛いだけだろう。キャラ付けとしてやるのはいいかもしれないが、それが普通なのはおかしいと思う。
今の俺は、キャラ付けでも何でもなく、日常的に「なの」と言う語尾を付けていることになるわけだから、可愛いと思えない。
可愛く見えるのだとしたら、それは魅力の能力値が高いからだと思う。
これで魅力も低かったらやばかったかもしれないな。
「ミーアちゃんはどうかこんな変な喋り方にならないようにするの」
「えー、可愛いのに」
「最初は可愛く見えても、これが日常になったらいつか絶対後悔するの」
「なんか言葉が重いね」
今実際に体験してることだからな。
どうかミーアちゃんはこのまま普通の可愛いを目指してほしいと思う。
せっかく、見た目はいいのだから、変な語尾で台無しにしてはいけない。
その後も、語尾をいじられながら談笑を続ける。
久しぶりに心の底から盛り上がれた気がして、とても嬉しかった。
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