第三百七十三話:宿屋の友達
「し、失礼します!」
二の句を継げなくなったのか、モルドさんは顔を真っ赤にして出て行った。
まあ、言ってることはわからないでもないけど、この件に関して犯人探しをする必要性は全くない。
警備隊の管理をしているのはシュテファンさんだし、そのシュテファンさんだって元は優秀な騎士だったのだ。素人が適当やって、とんでもないことになっているというわけでもない。
確かに、小さな被害とはいえ怪我人が出ていることは事実だから、それを心配するのはわからないでもないけど、この世界で全く怪我をせずに暮らすなんて無理だろう。
元の世界ならともかく、この世界ではレベルがものを言う。戦う役職についている人達にとって、レベルを上げるというのは最優先事項だ。
そのために多少危険な目に遭うくらいは大目に見てほしい。何も死ぬわけではないのだし、怪我だって数日で完治するならいい方だろう。
理想を掲げるのは大事だけど、現実も見ないといけないよね。
「息子がすまなかったな。以前はもっと素直だったんだが、いつの間にか捻くれてしまって」
「まあ、モルドさんも兵士のことを心配してというのもあっただろうし、別に気にしてないの。私がいることを前提に訓練内容を考えたのが間違いだったの」
「間違いではないと思うがな。実際、あれから教会に行ったら、ありえないほどレベルが上がっている者がいた。明らかに、アリスの訓練のおかげだろう。何度礼を言っても足りないくらいだ」
そういえば、ここの兵士達は年に一度、教会でレベルアップの機会があるんだっけ。
教会でのレベルアップは結構なお金がかかるため、金欠のこの町では全員ではなく、ほんの数人しか上げられないようなのだけど、その数人が例年では見ないくらいの大幅なレベルアップに成功したらしい。
と言っても、この世界の人達の必要経験値を考えると、レベル1でもない限り1か2レベル上げられれば十分だろうから、3レベルも上がれば劇的って言われそうだけどね。
しかし、教会でレベルアップさせちゃったのか。いやまあ、この世界ではそれが普通なのだし、いいんだけど、ちょっともったいないことしてるなぁと思った。
俺がレベルアップさせてあげれば、能力値ボーナスも入るし、スキルも覚えさせられるのに。
「そう言えば、今日はこの町に滞在するのか?」
「そのつもりなの。明日になったら、未開拓地域に向かおうと思うの」
「そうか。よかったら兵士達にも会ってやってくれ、アリスが帰ってきたと知れば喜ぶだろう」
「この後、挨拶させてもらうの。ついでに実力の確認もしておくの」
「それは助かる」
そうして、しばらく談笑した後、俺達は一度家を後にした。
と言っても、また来ることになるとは思うけどね。
俺の部屋を作ってくれたとは言っていたが、俺だけならともかく、カイン達も含めると流石にベッドの数が足りないので、今回は宿屋に泊らせてもらうことにしたけど、それなら食事だけでもと夕食に誘われたので、それは受けておいた。
宿屋の方にも連絡してくれると言うので、トラブルが起きることもないだろう。
まあ、モルドさんがちょっと心配ではあるけど、多分大丈夫。
「王都とはえらい違いですね」
「みんなアリスのことを尊敬してるって感じだな」
空いた時間で兵士達に挨拶をしていると、カインとシリウスがそんなことを言っていた。
そりゃ、王都と比べたら雲泥の差だろう。
この町は辺境と言うのもあるだろうが、元が冒険者だって人が多いのもあると思う。
冒険者は、人間以外にも様々な種族の人がいる。王都にだって、かなり数は少ないけど獣人の冒険者だって見たことがあるのだ。
あんな居心地の悪い場所に獣人の冒険者が留まれる理由は、冒険者が味方でいてくれるからだと思う。
冒険者は見た目で人を差別したりはしない。するとしたら、純粋な実力でだろう。
もちろん、そうでない冒険者もいるとは思うが、希望をもって開拓を任せた冒険者にそんな人材を選定するとは思えないし、基本的にこの町の住人は品行方正な冒険者だったのだと思う。
だから、王都の獣人差別もそこまで浸透しておらず、俺のことを差別したりもしない。むしろ、子供だと思って心配してくるくらいだ。
今は先生として兵士に色々教えていたから、そっちの尊敬の念も合わさって、この町で俺のことを差別しようなんて人はいないだろう。
もし住むとしたら、王都よりも断然こっちだね。多少の生活の不便は何とかできそうだし。
「え、アリスちゃん?」
そろそろ宿屋に向かおうと思っていると、背後から声をかけられる。
振り向いてみると、そこには見覚えのある女の子が立っていた。
「あ、ミーアちゃん、お久しぶりなの」
「やっぱりアリスちゃんだ! 久しぶり!」
そう言って、走り寄ってくる。
ミーアちゃんは、俺がこの町に最初に来た時に寄った宿屋のおばさんの娘である。
あの時はちょっと見上げる程度だったけど、結構背が伸びたようだ。
俺の見た目が変わっていないから、余計に差がつけられたように見える。
仕方ないことではあるけど、なんだかなぁ……。
「どうしてここに? 確か、王都に行ったんじゃ?」
「用事があって戻ってきたの。そっちは何か変わりはあったの?」
「アリスちゃんが出て行っちゃって、みんな悲しんでたよ。私の家も、もしアリスちゃんが来たらすぐに伝えるようにって厳命されてたし」
「そんな大げさな」
俺がいなくなったことを悲しんでくれるのは嬉しいが、そんなことしなくてもいい気がするけどな。
それとも、優秀な治癒術師がいなくなってしまうことにがっかりしたってことなのだろうか。
この町には教会もなければ治癒術師もいない。いるのは薬師くらいなものである。
だから、俺がいなくなったことによって怪我を簡単に治せなくなったのは痛手だっただろう。
そう言う意味なら、そこまで大げさになったのも納得できる気がする。
「領主様には会った?」
「すでに挨拶したの。これから、ミーアちゃんの家に向かおうと思ってたの」
「それって、また家に泊ってくれるってこと?」
「そういうことなの」
「嬉しい! またお話ししようね!」
「今なら時間があるから、土産話でも聞かせてあげるの」
と言っても、後数時間もすればまた領主邸まで行かなければならないけど。
でもまあ、ミーアちゃんは数少ない年の近いお友達だし、話すのは少しワクワクしている。
これまでの武勇伝を聞かせてあげるのもいいだろう。どんな反応するのか楽しみだ。
「ところで、一緒にいるのは?」
「ああ、紹介するの。私の仲間で、カイン、シリウス、サクラなの」
「初めまして、お嬢さん。カインと申します」
「シリウスだ、よろしくな」
「サクラだよー」
「あ、ミーアです。よ、よろしくお願いします」
ミーアちゃんは少し緊張気味に答えた。
宿屋の娘だから、いろんな人に会いそうではあるけど、そもそもこの町に来る人は少ないのかな?
立地的に、この先にあるのは未開拓地域のみ。つまり、行く必要のない場所である。
言うなれば行き止まりであり、来るとしたらこの町自体に用がある人でなければいけないだろう。
でも、この町は別に観光できる場所があるわけでもないし、そこまでくる必要を感じない。
だから、宿屋とは言っても、せいぜい王都から来る役人くらいなものなんじゃないかな。
そう考えると、カイン達は珍しい存在なのかもしれない。
そんなミーアちゃんの反応を少し楽しみつつ、一緒に宿屋に向かうのだった。
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