第三百七十二話:被害が大きいのはどちらか
「どうしても、自分のミスを受け入れるつもりはないんですか?」
「ミスも何も、おかしいと思うなら変えればいいだけの話なの。私は別に必ずこうしろなんて強制はしてないし、先生の役目も王都に旅立った時にお役御免になってるの。不満があるなら、私を納得させる必要はないの」
「あなたのせいで、怪我人が増えているんですよ? それを、全くの無関係だと言うつもりですか?」
その後も色々話していたが、モルドさんは一体俺にどうしてほしいのだろうか。
確かに、俺の訓練方法に問題があったのかもしれない。俺がいなければ十全に効果を発揮しない方法を教えて、それを指摘しないまま去ってしまったのは俺の責任と言えるかもしれない。
でも、普通に考えて、そんなのすぐにわかることだろう。
俺がいる時は、【ヒールライト】で治すことができたから怪我人がいなかった、俺がいなくなった後は、治癒魔法を使える人がいなくなったから怪我人が増えた。
その結果だけ見れば、俺がいないから回らないんだと気づけるはずである。
それに、シュテファンさんだってただの素人ではない。少ないお金で量より質を頑張って実現するような努力家だ。この方法に問題があるならば、真っ先にシュテファンさん自身が改革していることだろう。
そうしないってことは、現状でも問題ないと判断しているからだ。
それを、息子があーだこーだと文句言ってるわけで、結局何がしたいのかわからない。
いやまあ、モルドさんとしては、この危険な訓練法をやめさせて、元の安全な方法に戻してほしいってことだと思うけど、じゃあやればいいじゃんって思うのは俺だけか?
そこでわざわざ誰が悪いとか責任を追及して、その人に謝罪させてどうするというのか。怪我人達が訴えてきているというのなら少しは耳を貸すけど、今のところ言っているのはモルドさんただ一人である。
せめて、他の人の意見も聞かないことには不用意に謝りたくはないな。
「シュテファンさん、その怪我人の人達は、今の体制に文句を言ってるの?」
「いや、特には。むしろ、今までのぬるい訓練では足りなかったと自分を鼓舞している。私自身、平和だからとなかなか改革しなかったのは落ち度とは思っているしな」
「つまり、文句を言ってるのはモルドさんだけだと」
「そうだ」
今の体制で問題がないのに、急にやってきた奴がこれはいけないと文句言ってる状況。モンスタークレーマーか何か?
まあ、言ってることが理解できないわけではないけど、この世界においてレベルはかなり重要だ。
クラスがない今、ステータスを上昇させるにはレベルを上げるしかない。そして、レベルを上げるには魔物を倒して経験値を得なければならない。
今までは、スキルレベルを上げることによって疑似的にレベルを上げていたようだけど、当然それだけでは限界が来る。むしろ、当時のレベルであの砦を運用できていたのが奇跡と言っていいだろう。
強くなるために魔物を倒す。当たり前のそれを禁止されたら、いつまで経っても強くなることはできない。
もちろん危険はあるだろう。でも、だからこそ、危機に陥らないように育て上げたのである。
今の警備隊のレベルなら、森の魔物くらいちゃちゃっと倒すことができるはずだ。
魔物が強くなれば経験値も増える。そうしてさらにレベルを上げ、さらに強い敵に立ち向かっていく。それが、この世界の強くなるための方程式のようなものだと思っている。
これを、たとえば成人もしていない子供にやらせるとかだったら、将来性を加味してもう少し安全に考慮してもいいかもしれないが、強くなりたいと思っている大人達にまでそれを強いる必要はない。
何より、総大将がいいと言っているのだからなにも文句はないはずである。
いったい何が問題なのか、理解に苦しむね。
「父上は何もわかっていません。このまま続けていれば、いつか破綻しますよ」
「私とて元は騎士だ。引き際くらいはわきまえているさ」
「その引き際をすでに間違えているのです。怪我人が目に入らないんですか?」
「聞きたいんだけど、じゃあモルドさんはどういう訓練をしているの?」
「む、私の訓練、ですか?」
「そう。参考までに聞かせてほしいの」
モルドさんは恐らく騎士だろう。あるいは将軍とか、要職に就いているのは間違いない。
ではそんな中で、モルドさんは普段どういう訓練を行っているのか。
そうして聞いた限りでは、訓練内容はさほど変わりないように思えた。
筋トレや素振りなどの基礎訓練、時たま模擬戦を挟み実力を確認し、要請があれば魔物を退治しに現地に赴くという形。
言ってることは、今この町でやっている訓練方法と大差ないように聞こえるけど、ならなんでこんなに反対しているのだろうか?
「まず装備が違います。私達に支給されている防具は金属製ですし、かなり丈夫です。模擬戦程度ではびくともしませんし、何よりチェインメイルは素肌の部分がかなり少ないです。この町のように、革の防具で部分的に守っているのとは違うのですよ」
「まあ、それは確かに」
「それに、これだけ強固な防具を着ていても、魔物退治の際には負傷者が出ます。それほど、魔物を倒すということはリスクを伴うのです。民に乞われて安全を確保するために動くというならまだしも、ただの訓練のために魔物を倒す必要性は全く感じません」
「なるほど」
要は、この町よりもよっぽどいい装備を付けている自分達が同じような訓練法で怪我をすることが多いから、装備で劣るこの町でやる訓練法にはそぐわないと言いたいわけか。
でも多分、その前提はすでに崩れてると思うんだよね。
「一つ聞きたいんだけど、その負傷者っていうのはどの程度の怪我なの?」
「そうですね……場合にもよりますが、裂傷や骨折、脱臼などでしょうか。酷い時は死に至る時もあります」
「じゃあ、シュテファンさん、この町の怪我人ってどんな怪我なの?」
「主に捻挫や打ち身だな。そこまで大きな怪我はしていないと思うぞ」
「なるほど。ではモルドさん、さっき装備で劣るから怪我人が増えるのは当たり前みたいな話をしていたけど、どっちの方が被害が大きいかわかるの?」
「それは……で、ですが、人数では圧倒的にこの町の方が多いです!」
「きちんと考えてみてほしいの。全治何か月の怪我が数名と、数日で治る人が十数名、どっちが被害が大きいかは明らかなの。それとも、ただ人数が多いからって、こちらの方が被害が大きいと言うつもりなの?」
「うっ……」
聞く限り、この町で発生している怪我人はいわゆる軽傷ばかり。薬師による治療でも、数日で復帰できるような怪我ばかりであり、しっかり治せば特に問題ない怪我ばかりのように思える。
対して、モルドさんの所属するところでは、どれくらいの頻度かはわからないけど、怪我をする時はがっつり怪我をすることが多く、それには全治数週間や数ヶ月なんてものも多い。
確かに人数的にはこちらの方が多いかもしれない。でも、被害の大きさと言う意味ではあちらの方が大きい。装備で劣っているはずのこの町の方が被害が少ないのだ。
これはどういうことだろうね?
「自分の経験が当てはまらないのが納得いかないのはわかるの。でも、その考えが合っているかどうか決めるのはあなたじゃなくて管理者であるシュテファンさんなの。アドバイスと言う意味ではいいかもしれないけど、絶対に違うと思うなら、まずは自分で行動を起こすことなの」
「くっ……」
違うと決めつけて、管理者が従わないからと駄々をこねるのはクレーマーと変わらない。
本当に変えたいと思うなら、まず自分自身で行動してみることだ。そして、自分で納得できる理由を探して、妥協案を探っていくのがいいと思う。
すべてが自分の思い通りに進むなんてありえないからね。モルドさんには、そのあたりをしっかり学んでほしいところだ。
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