第三百七十一話:モルドの意見
モルドさんが挙げる問題点。まず挙げられたのは、模擬戦の話だった。
今までの訓練法は、各自素振りをしたり、的に向かって矢を射たり、あるいは単純に筋力トレーニングなどの基礎的な訓練が多かった。
しかし、俺が来てからは、模擬戦を中心とした実戦的な訓練が多くなっていった。
これによる弊害はいくつかある。
一つは怪我人が多くなること。模擬戦で使う武器は、刃が潰してあったりして怪我しないように配慮されているし、実際に剣を交える時は防具がある場所にしか攻撃してはいけないというような制限をかけるので、言うほど怪我人は増えないように思えるが、それでも出ることは出るらしい。
とっさに躱そうと動いてしまって防具に当たらなかったり、防具越しでも思いっきり叩けば衝撃は伝わるので、それによって骨にひびが入ってしまったり、色々原因はある。
その中でもさらに怪我人を続出させている原因が、防具不足らしい。
この町では動物や魔物の革を使ったレザー装備が主流である。なので、金属製の装備と比べると必然的に防御力は落ち、その分ダメージを受ける機会が増える。
さらに言うなら、何度も模擬戦をしているせいで防具の消耗が早まり、防具として機能しないというパターンもあるようだ。
こうして増えた怪我人はどうするかと言われたら、薬師による薬草治療を施した後に、治るまで自宅療養である。
軽い怪我なら動けるかもしれないが、骨にひびが入るような怪我だと本業にも支障が出る。
現在も約二十人近くが怪我を負っている状態で、このまま続ければもっと増えていくのは目に見えているとのこと。
「模擬戦だけでこれなのです。その上で、森に入って魔物退治なんてしていたらどうなると思います?」
「まあ、大怪我を負ってもおかしくはないの」
「その通りです」
ただの模擬戦ですら怪我するのだから、実戦になったらもっと怪我する確率が高いのは当然の考えである。
怪我をしていたらまともに警備できないのはもちろん、いざという時に戦えないというのは致命的だ。それに、防具の消耗が早いというのも、警備するという面において大きな問題となる。
これを是正するためには、まず模擬戦をやめること。こうすれば、少なくとも模擬戦で怪我をすることはないし、実戦で怪我をした時にきちんと治療を受けることもできるだろう。
わざわざ模擬剣を作る必要もないし、訓練なのだから基礎的なトレーニングだけで十分だというのがモルドさんの考えのようである。
「何か反論はありますか?」
「別にそう思うならそれでもいいと思うけど」
「真面目に答えてください」
「はぁ……んー、とりあえず、模擬戦で怪我人が増えているっていうのは、私の時は必要経費だと割り切っていたの」
「必要経費、ですって?」
まず前提の話だけど、確かに模擬戦を増やせばその分怪我人が増えるのは当たり前のことだ。
いくら気を付けていたって、ただの筋トレと模擬戦だったら模擬戦の方が実際に剣を交える分、怪我する確率が高いに決まってる。
それを完全になくす方法なんてないし、痛いからこそそれを受けないように頑張るという経験を積ませるという意味では、怪我するのはいいことでもある。
で、俺の時はっていうのは、俺が治すことができたからだ。
仮に怪我をしたとしても、俺がすべて完璧に治すことができたから、怪我の心配をする必要はなかった。
さっきも言ったように、これに当たったら痛い、という経験を積ませるといういいところだけを取って、後に起こる怪我による行動の制限を完全に無視することができたのだ。
だから、その方法をそのまま続けていたら、怪我人が増えるのは当たり前である。
治癒する人が薬師くらいしかいないのだから、すぐに治るわけでもないしね。教会だってないし。
つまり、この件に関しては俺の教えを愚直に守っていたシュテファンさんにも問題があるというべきだ。
まあ、忠告しなかった俺も悪いけどね。
「あなたは、強くなるためならいくらでも怪我してもいいと?」
「そうは言ってないの。ただ、私の時は怪我してもすぐに治せたから、その方が効率がよかったっていうだけなの。治す手段がないなら、模擬戦の頻度を減らすくらいはしてもいいと思うの」
「その言い方だと、あなたはすぐにでも怪我を治せるという風に聞こえますが?」
「治せるの。ただの捻挫や打ち身くらいならすぐなの」
「ほう、そんな優秀な治癒術師なのですか。治癒術師なら治癒術師らしく後方で大人しくしていたらどうです?」
「私はただ、シュテファンさんに乞われたから先生をやっていただけなの。それに本業は治癒術師じゃなく弓士なの。間違えないでほしいの」
「弓士、確かに、父上も弓の技術の向上に協力してもらったと言っていましたね」
まあ、弓以外もやろうと思えばできるけどね。
今は特に短剣が扱いやすいだろうか。みんなと一緒にレベルを上げた関係でスキルも増えているし、最低限武器を扱えるように【ウェポンマスタリー】系のスキルは取るようにしているので、他の武器も使えるっちゃ使えるけど。
「いいでしょう、模擬戦については大体わかりました。では次の話です」
次に挙げたのは、森の魔物を狩るという行為について。
今まで魔物を狩るのは猟師の仕事だった。いや、猟師自体は動物を狩るのが仕事だが、その過程で出てくる魔物を狩ることもあったというべきだろうか。
未開拓地域の魔物は砦で防いでいるが、それでも森の中には魔物も存在している。特に、山の方まで行くと、強い魔物も多く、それらはこの町の戦力では太刀打ちできないとされている。
森から出てきて、町に襲いに来るような魔物を狩るのは仕方のないことだが、わざわざ森に入ってまで魔物を狩る意味はないのではないかと言う話だ。
もちろん、間引きと言う意味では狩るのも悪くはない。けれど、この町では訓練の一部に森の魔物を狩るというものが入っている。
つまり、間引き以上に魔物を狩っている可能性が高いのだ。
この町の収入源の一つに魔物の革を使った防具なんかがあるので、少なくなってほしくはあるが、絶滅しては欲しくない。なのに、そんなペースで狩り続けていたらいずれいなくなってしまうのではないか。
また、あまり奥地に行き過ぎて、山の魔物を刺激してしまうのもまずい。
もしそうなってしまったら、最悪町が蹂躙されることになりかねない。
そんないつ踏むかもわからない地雷の上を進むくらいなら、わざわざ森の魔物を狩る必要はないのではないかと言う話だ。
「森にわざわざ分け入って魔物を倒すというのもあなたの提案らしいですね。一歩間違えば命に関わるかもしれないのに、よくこれを訓練に組み込もうなんて考えますね」
「それに関しても効率の問題なの。手っ取り早く強くなるためには、実戦を積むのが一番なの」
「それで死人が出たら大問題ですよ?」
「私がいたの、誰かが死ぬなんてありえないの」
「大した自信ですね。そんなに腕が立つと?」
「まあ、少なくともあなたよりは強いの」
「ッ!? い、言ってくれますね。言っておきますが、私のレベルは43、そんじょそこらの騎士と比べられては困りますよ?」
へぇ、43ってことは、普通の騎士の少し上くらいはあるのか。
なんかこれは危険あれも危険って禁止ばっかりしたがるから、戦い嫌いな引きこもりかと思っていたんだけど、そう言うわけでもないらしい。
まあ、王都で働いているようだし、普通に騎士なのかな。それもエリートな方の騎士。それなら、この自信も頷ける。
まあ、43程度じゃ話にならないんだけどね。
「そう。私は120なの。ちょうど三倍くらいなの」
「120!? 馬鹿な、その年でそんなに高いわけないでしょう!?」
「あなたも人のこと言えないと思うの」
見た感じ、モルドさんは二十代前半くらいに見える。
背が高いからそう見えているだけで、実際はもっと低いかもしれないけど、だとしてもこの年で43は普通に強いだろう。
当初、この町の兵士達のレベルが15とかだったのだから、その頃からこのレベルならかなりのエリートだと思う。
ひたすら努力してきたのか、それとも何か裏技を使ったのかは知らないけど、その程度じゃマウントは取れないよ。
まあ、こっちは裏技使ってるようなものだから威張るものでもないけども。
「クラベル様より上なんてありえません。見栄を張るにしてももう少し現実味を感じさせるレベルを選ぶべきですよ」
「別に嘘を言ってるわけじゃないけど、まあ、信じたくないならそれでもいいの」
別に本当と思われようが嘘と思われようが関係ないしね。
俺は紅茶をすすりながら、噛みついてくるモルドさんをいなしていた。
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本日から、『捨てられたと思ったら異世界に転生していた話』の方で、第二部を開始しました。もしよければ、ご覧いただけると嬉しいです。




