第三百七十話:領主の息子
俺は話をしながら、砦の向こうにある未開拓地域のことについても聞いてみた。だが、あまりいい情報はなかったと言える。
未開拓地域と言っているように、そもそも立ち入るような場所ではない。
魔物が入ってこないように砦でシャットアウトはしているが、それ以上進むことはなく、未開拓地域がどうなっているかは謎のままのようだ。
まあ、一応、望遠鏡で覗く限りでは、何もない平原が広がっているだけらしいので、特に変化はないと言っていいだろうとのこと。
なんか、最初から行く気が失せてきたけど、もしかしたらその先には何かあるかもしれないし、行って見ないことにはまだわからない。希望は捨てずに行こう。
「未開拓地域に関しては、開発当初に簡単に調査がされているが、特に有用な資源は発見されなかったと聞いている。草が多すぎて畑にも適さないしな」
「まあ、それは確かに」
「もちろん、もっと先に行けば何かある可能性はあるが、魔物の問題もあるし、草刈りをしなければ馬車すら通せん。労力に対してうまみが少ないというのも、開発を諦めた原因らしいな」
確かに、開発する以上はそこに町を作る意味がなければいけない。
例えば、木がたくさん取れるとか、魚がたくさん釣れるとか、土壌がめちゃくちゃいいとか、何かしらの強みがなければ町を作るメリットがない。
まあ、人が多すぎて、住む場所だけを求めているというのなら、特に何もないというのは逆にありなのかもしれないけど、こんな辺境まで来て住みたいと思う人はいないだろうし、魔物の脅威がある場所よりはもっと安全な場所を好みそうである。
そう言うわけで、何のうまみもない未開拓地域は、魔物の流出を阻止するという意味でこの町を残すだけで、そこまで開拓はされなかったのだ。
もっと詳しく調査すればワンチャンあるかもとはいえ、今は国も興味を失っており、そんな金もない。
なんか、可哀そうな場所だよね。
「アリスはそんな未開拓地域から来たんだったな。今となってはどうやってそこに入ったのかはわからないが、何か目ぼしいものはあったか?」
「いや、特に何もなかったの。見渡す限り草だらけだった気がするの」
「そうか……。一応、アリスがあそこに飛ばされた原因を探っていたが、結局有益な情報は得られなかった。本当に、なぜあそこに現れることになったのか、謎だな」
「はは、確かにそうなの」
まあ、真相は神様が連れてきたから、なんだから、永遠にわかることはないだろう。
シュテファンさんも最初は俺のことを疑っていたし、調べても何も出てこないなら警戒してもいいとは思うけど、それ以上に俺の貢献が認められているのだと思う。
真面目に先生した甲斐はあったということかな。
「未開拓地域に行きたいのか?」
「ちょっと、探し物ができたの。だから、よければ通してくれると嬉しいんだけど」
「一般人ならともかく、アリスの実力なら問題はないだろう。一応聞くが、そこにいる三人も強いのか?」
「強いの。私に並ぶくらい」
「なら何も言うことはない。もし何か見つけたら、教えてくれたら嬉しい」
「まあ、開拓しがいのあるもの見つけたら伝えるの」
少なくとも、一週間程度歩いたくらいじゃ何もないと思うけどね。
今回はそれ以上に進むつもりなので、もしかしたら何かあるかもしれない。
それでこの町が潤ってくれるならいいんだけど。
「父上、少しよろしいでしょうか」
「モルドか。入っていいぞ」
「失礼します」
話していると、扉がノックされ、男性の声が聞こえてきた。
シュテファンさんの許可を得て入ってきたのは、長身の男性だった。
切れ長の目に青い瞳、軍服のようなかっちりとした服を着たその男性は、ちらりとこちらを一瞥すると、一礼してきた。
「歓談中失礼します。例の件で、少しお話したいことがあります」
「その話か……今話すべきことか?」
「父上の気が変わるまではいつでも」
「はぁ……ああ、すまない、紹介しよう。こいつはモルド。私の息子だ」
「モルドです。どうぞお見知りおきを」
「アリスなの。よろしくなの」
そう言って自己紹介した後、モルドさんはシュテファンさんになにやら話を振っている。
聞いている限り、シュテファンさんの警備隊の訓練方法について意見があるようだった。
と言うのも、現在の訓練方法は、模擬戦を中心とした実戦向きのものであり、週に何度かの頻度で森に赴き、魔物や動物を狩っているようである。
この方法は俺が教えたものであり、できる範囲では経験値を得る効率がよく、またスキルレベルも上がりやすい方法である。
シュテファンさんは俺が離れた後も、この訓練方法を実践していたようなのだけど、モルドさんはそれに不満があるようだ。
「いくら模擬戦で刃のない剣の打ち合いとはいえ、防具もなしに受ければ致命傷にもなりえます。それに、森の動物を狩るのは猟師の仕事でしょう、確かに猟師も警備隊の一員ではありますが、あまりに数を取りすぎれば本業に支障が出ます。あまり奥地に行き過ぎて、山の強力な魔物を引き寄せる結果になりでもしたら……」
「その話なら大丈夫だと言っているだろう。何度言わせるつもりだ」
「大丈夫と言われる根拠は何です? このままでは、いずれとんでもない事件になりかねませんよ」
「これは実戦経験に基づいた訓練方法だ。それに、実際それで成果を上げている。……そうだ、これを考えたのはアリスなのだし、アリスに意見を聞いてみたらどうだ?」
「え?」
なんか知らないけどこっちに振られてきた。
モルドさんが鋭い視線でこちらを見てくる。いきなり振られても困るんだけど?
「なるほど、父上の無茶な訓練方法はあなたが原因でしたか。これはじっくり話す必要がありそうです」
「シュテファンさん?」
「まあ、付き合ってやってくれ。自分で納得できないと、どうしても不満を隠せないのだ、こいつは」
えぇ、めんどくせぇ……。
話を聞いていた限り、訓練方法に不満があるようだけど、そんなに危険なのだろうか?
俺がやっていた時は特に問題は起こっていなかったように思うけど……。
「アリス殿、現在の警備隊の訓練方法を促したのはあなたなのですか?」
「今どんな訓練してるかは知らないけど、一時期先生をやっていたし、その時の方法をそのまま使ってるならその通りなの」
「ほう、父上が毎日のように自慢していた優秀な先生があなただと。とてもそうは見えませんが」
モルドさんはジト目でこちらを見てくる。
それはどういう意味だ? チビだからってことか?
いやまあ、別にそれは否定しないけども、あまり人を見た目で判断しない方が身のためだと思う。
あんまり失礼なこと言うとカインがアップを始めるからやめてほしい。
「まあいいでしょう。それでは一つ一つ聞いていきたいと思います」
「手短に頼むの」
そうして尋問のような話し合いがスタートした。
まあ、別に俺自身もあの訓練方法が確実に正しいなんて言えないし、それに問題があるっていうなら認めるつもりではあるけど、一応自分なりの考えで反論はしていきたいと思う。
何となく、こちらのことを舐めている雰囲気だし、子供が思いついた適当な作戦が偶然うまく行ったと思われるのも癪だ。
どんな切り口で間違っているというのか、見せてもらおうじゃないか。
俺はソファに座り直すと、モルドさんの話に耳を傾けた。
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