第三百六十九話:久しぶりの領主
道中、適度に町に寄りながら進むことしばし、俺達は辺境の町、マリクスへとやってきた。
ここに来るのは何年ぶりだろう。ほとんど最初に来た場所だから三年ぶりくらい?
見た感じは特に変わった様子はない。小さな町ではあるが、それなりに賑わっているように思える。
さて、まずはどこへ行こうか?
「領主にお世話になっていたなら、まずはその方に挨拶でしょうか」
「色々お世話になった人はいるけど、まずはシュテファンさんのところへ行くの」
この道のりも久しぶりである。
馬車の外を見て見ると、ちらほら見知った顔がいるのがわかった。
元気に暮らせているようで何よりである。
「ここはこの町の領主、シュテファン様の屋敷である。何用でここに来たのか」
「ご主人様が以前お世話になったシュテファン様に挨拶したいとのことで、お伺いさせていただきました。取り次いでいただけるでしょうか?」
「なるほど。あなたの主人の名は?」
「アリス様です」
「あ、アリス? まさか、アリス・エールライト様か?」
「はい、その通りです」
「おおー! まさかまた戻ってこられるとは!」
ライロと話していた屋敷の門番達はなにやら嬉しそうな声で叫んでいる。
まあ、この人達も俺が指導したしね。短い時間ではあったが、俺の訓練は飛躍的に戦闘力を向上させただろうから、印象に残っているのだろう。
もしかしたら、会うにはアポが必要かとも思ったけど、この様子なら大丈夫そうだ。
「すぐに取り次がせていただきます。応接室にご案内しましょう、馬車はこちらで預かりますよ」
「お願いします」
テンション高めの門番達に連れられて、俺達は応接室へと通される。
しばらく待っていると、シュテファンさんと執事がやってきた。
「アリス! よくぞ戻ってきてくれた!」
「あ、えっと、お、お久しぶりなの、シュテファンさん」
一瞬、シュテファンさんの顔を見て胸が高鳴ってしまったが、カインを見て心を落ち着ける。
大丈夫、俺が手を出すとしたらカインの方だ。シュテファンさんはただ顔がいいだけである。
いや、よく考えると大丈夫じゃねぇな。誰にも手は出すな?
「見慣れぬ者もいるようだが、そちらは?」
「ああ、紹介するの。私の仲間で、カイン、シリウス、サクラなの」
「なるほど。私はシュテファン。このあたり一帯を治めている領主だ。よろしく頼む」
軽い自己紹介を終えると、メイドがお茶を運んでくる。
お茶を飲んで軽く唇を湿らせると、話題は俺の話になった。
「いやはや、まさか戻ってきてくれるとは思わなかったぞ。陛下から招待状が来た時は、今生の別れになるかもしれないと思っていた」
「大げさなの。私の行き先は私が決めるの」
「勇ましいな。陛下が快癒したという噂は聞いている。流石は、桁外れな【治癒魔法】を持つだけはあるな」
「だから大げさなの。私はできることをやっただけなの」
とはいえ、クラウス陛下を治療するのは少し大変だったけどね。
エリクサーの素材を準備するのもそうだったけど、捕まりそうになったりして本当に疲れた。
まあ、助けたからこそシリウスの手掛かりを掴めたわけだし、助けた甲斐はあったと思うけどね。
今でも仲良くさせてもらっているし、あの時の選択は間違いではなかったと思う。
「これくらいは言わせてくれ。私も、アリスのおかげでかなり助かったからな」
「そういえば、警備隊の人達は今どうしてるの?」
「アリスの教えを基に今も毎日訓練している。以前と比べれば、皆手練れになってくれて嬉しいよ」
「砦の方も大丈夫そうなの?」
「問題ない。あれからシャドウウルフのような強敵が来ていないというのもあるが、いたって平常運行だ」
戦力的には問題ないようである。
以前と同じく、魔物を倒す訓練もしているなら、それなりに経験値も貯まっていることだろう。
時間があったら、みんなのキャラシを見て、レベルアップさせてあげたいところである。
「それはそうと、どうしてまた戻ってきたんだ? また、皆をしごいてくれるのか?」
「いや、今はちょっと別の要職に就いちゃったから、あの時みたいに付きっ切りで教えるっていうのはできないと思うの」
「そうなのか……。要職と言うと?」
「ヘスティア王国の王様になったの」
「ほう、王様……王様だと!?」
シュテファンさんが目を見開いて驚いている。
なんか知っているものかと思っていたけど、どうやら知らなかったようだ。
でも確かに、ここは辺境の町だし、情報が届きにくいのかもしれない。
自国のことならともかく、他国のことならなおさらだろう。
「ヘスティア王国と言うと、実力主義の野蛮な国だと聞いているが……」
「なんか成り行きで王様倒したら王様にされたの」
「成り行きで倒すものではないと思うが……」
まあ、それは確かに。でも、あれに関してはシリウスを捕まえたファウストさんが悪い。いや、正確に言えば、ファウストさんを操っていたアラスが悪い、かな。
結果的には、ヘスティア王国の力もあってみんなに会えたと言えるかもしれないけど、逆に動きにくくなったりして大変なことも増えた。
ナボリスさんが柔軟な考えの人じゃなかったらこんな風に旅はできなかっただろう。ナボリスさんには感謝するばかりである。
「しかし、アリスならばやりそうではある。むしろ、それくらいやってこそのアリスだとも言えるかもしれんな」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてるさ。立派な職に就けて良かったな」
「んー、まあ、面倒なこともあるけど、やりやすくなった部分もあるし、結果的にはよかったとは思うの」
情報を集めやすかったり、仲間を匿う場所を簡単に用意できたり、色々メリットもなくはない。
それ以上に動きにくいというデメリットはあったけど、それも改善されてきたし、今なら王様になってよかったと言えるかもしれない。
いや、それでもできることならさっさと別の人に王様譲りたいけども。
「しかしそうなると、作った部屋が無駄になってしまうな」
「部屋?」
「ああ。もし戻ってきた時のために、お前のための部屋を増設していたのだ」
「いや、何やってるの」
いつ戻ってくるかもわからない相手のために部屋を用意するとか、無駄金もいいところだ。
そもそも、以前の部屋でいいだろうに。息子さんの部屋らしいけど、王都にいるらしいからそうそう使わないでしょ。
「前の部屋じゃダメなの?」
「それでもよかったんだが、あの後しばらくして息子が戻ってきてな。しばらく滞在するというので、別で部屋を作らざるを得なかった」
「それなら宿屋とかでもいいんじゃ……」
「大事な客人なのだから、自分の家でもてなしたいだろう?」
「そうですか……」
まあ、なぜか知らないけどこの家、客室がないみたいだしね。
いや、正確に言えば、客室だったところが息子さんの部屋になっているというべきか。
辺境と言うことで、あまり人が来ないというのも原因の一つかもしれない。
シュテファンさんは俺に恩があるからこう言っているけど、例えば王都から役人がやってきたとかなったら、それこそ宿屋に泊って貰えばいいだけの話だし、年に数度も来るかわからない人のために部屋を用意するほどの金もないんだろう。
ほんとに、俺のためなんかに部屋作ってる場合じゃないと思うんだけどな。
まあ、気持ちは嬉しいけどね。ここは俺にとって最初の町だし、それなりに愛着もある。シュテファンさんが認めてくれるのは素直に嬉しい。
できることなら便宜を図りたいけど、何かいい手はあるだろうか?
そんなことを考えながら、しばらく談笑していた。
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