第四話:魔物との遭遇
日暮れまでに町を見つけるという目標はとうとう叶わず、夕焼けの光が草原を照らしている。
非常に残念だが、野宿する他ないようだった。
「まさか野宿することになるなんて思わなかったの……」
今まで平凡に生きてきたけれど、一度だって野宿するなんてことはなかった。キャンプすらしたことがない。
それなのにいきなり草原のど真ん中に放り出されてさあ野宿してくださいと言われても抵抗がある。
まあ、いくら喚いたところで景色は変わらず、次第に暗くなっていく空はさっさと野宿しろと急かしているようで状況は全く変わらないのだけど。
さて、文句言っても仕方ないので野宿するのはまあいいとして、問題はどこで寝るかだ。
今、周りを見回してみても辺りには何もない。木の一本すら生えていないのだ。
持ち物の中には野営道具もあるからそこらへんは問題ないけど、木がないということは薪を用意できないということである。つまり、火が起こせない。
野営にとって火は重要なものだ。明りとなるのはもちろん、暖を取るにも使えるし、食材さえあれば料理をすることだってできる。それに、夜は動物が活発に動き出す時間帯。そう言った動物を相手に威嚇するという意味でも火は重要なものだった。
まあ、明りに関してはランタンがあるし、火をつける道具自体は持っている。獣人は体温が高いので多少の寒さなら大丈夫だし、テントもあるから雨風もしのげる。だから、問題なのは動物対策だ。
動物というか、『スターダストファンタジー』の世界では魔物と呼ばれていたけど、それがこの近くにいるかはわからない。今のところ歩いていても全く見かけなかったし、近くにはいないのかもしれない。しかし、それでも警戒するに越したことはないだろう。寝ている間にがぶりといかれて死亡なんて嫌だし。
とりあえず、本格的に暗くなる前に拠点の作成はしておこう。
いい場所も見つからないので、腰に差していた解体用のナイフで適当に草を払い、テントを立てるスペースを確保する。
こういったことは初めてなものの、やはり設定のおかげか設置はだいぶスムーズに行うことが出来た。
収納から取り出した干し肉を齧りながらその場に座り込み、今後の予定を考える。
この世界の時間が元の世界と同じと考えるなら、およそ五、六時間ほど歩き続けたことになる。それなのに、一向に町は見当たらない。
これは俺の運が悪いのか、それともこの近くにそもそも町がないのかどちらなのだろうか。
前者ならともかく、後者ならだいぶ絶望的である。
今俺にできることは、行く先に町があると信じて歩き続けることだけ。手持ちの食料が尽きる前に見つかってくれと祈るばかりである。
とにかく、明日も同じ方向に向かって歩き続けてみよう。そう結論を出したところで、ふと何かの物音を感じ取った。
「これは、足音なの?」
かさかさと草を掻き分けながら歩く音。普段なら聞こえないようなとても微かな音だが、兎のものとなった俺の耳はそれを耳聡く聞き取った。
なるほど、そう言えば兎の獣人は耳がよかったなと設定を思い出しつつ、音に集中する。
どうやら数は一体のようだ。まだだいぶ遠いが、じりじりとこちらに近寄ってきているようである。歩き方からしてこちらに気付いている様子はないが、このままここに留まればいずれ見つかってしまうだろうということは想像できた。
「うーん、どうしたものか……」
この場を離れることはできる。しかし、流石にテントを片付けて等やっていたらその間に接敵されてしまうだろう。
後で戻ってくればいいとはいえ、荒らされてしまう可能性がある以上は安心はできない。
この調子で行くと明日歩き通しでも町を見つけられない可能性がある。そうなった時、野営道具は必須だ。失うわけにはいかない。
ではどうするか。俺はふと、背中に背負っている弓を思い出す。
もし、この体が設定どおりの代物ならば、戦うこともできるのではないだろうか。
試しに弓を手にしてみると、長年使いこんできたようにしっくりと手に馴染んだ。今の俺ならば、この弓で獲物を射ることが出来ると確信できるほどに自信が沸いてくる。
「ここは一つ、やってみるの!」
自分の身体を確認する意味も含めて一度弓を使ってみることに決めた。
俺はその場から立ち上がると、スキルを一つ発動させる。
【イーグルアイ】
『スターダストファンタジー』では命中力を強化するスキルであり、使用者の視力を一定時間強化するという設定がある。
まるでいつも使っているとばかりに違和感なく発動されたスキルによって強化された視界は、数百メートル先にある針の穴すらはっきりと見通せるほどだろう。
暗くなってきたことで視界が悪いと思いきや、獣人にはパッシブスキルで【暗視】という暗い場所でも見通す力が備わっている。だから、視界はさほど悪くはならなかった。
スキルを使い、音のした方を見てみると、足音の主がよく見える。
それは狼だった。灰色の体毛に蒼い瞳が美しい。しかし、その額には大きな角が生えており、明らかに普通の狼とは異なっていた。
「ホーンウルフ、なの?」
角が生えた狼という特徴で思い当たるのは、ルールブックに記載されていた魔物の一匹。
いわゆる雑魚モンスターで、特別な能力は特になく、突進による角攻撃が主な攻撃方法だったはず。
群れで出てこない限り例えレベル一の冒険者でも苦戦する要素は何もなく、レベル三十の冒険者ともなれば防御力だけですべての攻撃を弾けるだろう。
もちろん、設定がどこまで通用するかわからないので過信は禁物だが、この距離であれば一発二発外しても致命的にはならないだろう。
そう考え、矢筒から一本の矢を取り出し、弓につがえる。弓って結構力がいると聞いたことがあるけど、全く苦労することもなく引き絞ることが出来、ゆっくりと狙いを定めることが出来た。
あれが本当にホーンウルフだとしたら通常攻撃だけでも落とせるだろう。しかし、これは『スターダストファンタジー』の世界に似た現実だ。『スターダストファンタジー』とは違うことがあるかもしれない。
だから、念のためにもう一つスキルと発動することにする。
【ストロングショット】
弦を強く引き絞り、ダメージを増加させるスキル。これはレベルが高いほど効果が上がっていくため、低レベルから高レベルまで重宝されるスキルだ。
この一本にすべてを賭けるつもりで引き絞った弦は、ぎりぎりと音を鳴らしている。準備は万全。俺は満を持してその一矢を放った。
ヒュンッ!
風を切る音が響いたと思うと次の瞬間には矢がホーンウルフを貫いていた。しかし、その威力は尋常ではなく、あろうことかホーンウルフの身体は粉々に砕け散ってしまった。
【イーグルアイ】で強化された視界にスプラッタな光景が映り込む。
確かにこのレベルであればスキルなしでもオーバーキルは確実だったとはいえ、まさか爆散するとは思いもよらなかった。
あまりの光景に頬が引きつる。あれを俺がやったのかと。
魔物と思われるとはいえ、別に敵対していたわけでもない、ただ歩いていただけの狼をあんな無残に殺してしまった。そんな事実を前にして大きな動揺が俺を襲った。
殺しとは無縁の生活を送っていた自分が、まさかこんなにも簡単に殺しを行えるなんて思わなかった。奪ってしまった命を前にして自分で自分が怖くなる。
何が戦えるかどうか試してみるだ。命はそんな軽く扱っていいものじゃない。
しかし、そんな心の叫びなど無視するかのように体は至極冷静だった。
特に体が震えることもなければ目をそらすこともない。まるでそれが当然とでもいうかのように平静を保っていた。
「こんなの、おかしいの……!」
自分の身体であるはずなのに、心と体が噛み合わない。そんな状況に思わず声を上げてしまった。
あれは魔物だった、敵だったと言い聞かせ、必死に平静を保とうとしている自分と、ああ、ちょっとやりすぎてしまった、お肉が勿体ないなと暢気に考えている自分がいて困惑が広がっていく。
どちらが俺の考えなのか。どちらも俺の考えなのか。わからない。これが普通なのか異常なのか理解できない。
しばらくの間、俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
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