第三百六十五話:それぞれの環境
グレイスさんにどういう風に強くなりたいかを聞いてみたら、あまり考えていない様子だった。
一応、目的としては、自分を救ってくれたアーミラさんのために尽くしたいって感じみたいだけど、その過程でどうやったら強くなれるのかと言うのはよくわかっていないらしい。
まあ、今まで【レベルドレイン】によって強引にレベルを上げて、それで強くなっていたようだから、【剣術】を覚えたのもアーミラさんに匿われてからだろうし、なんとなく剣の道を極めてみたいとは思うものの、本当に自分に合っているのかわからない、と言った感じだろうか。
剣の道を極めるっていうなら【ナイト】とかに就かせてあげてもいいけど、本人がまだ決めかねているのにその道に進ませるのもなんだか気が引ける。
レベル20以下だったら変更できるかもしれないけど、すでにレベル20を超えている場合はどうなるんだろうか。そんな状況普通は起こりえないからよくわからない。
試してみて変更できないじゃかわいそうだし、本当に剣の道に進みたいのかどうか確認してからじゃないとクラスには就かせたくない。
幸い、グレイスさんの場合はクラスがなくても強いし、何とかなるとは思うけどね。
「レイピア以外だったら、何を扱いたいかとかあるの?」
「うーん、強いて言うなら槍でしょうか。以前槍士に出会ったことがありましたが、あのリーチには苦戦させられました」
「自分の得物にしたいと思うくらい?」
「それは、どうでしょう。面白いとは思っていますが、自分で扱いきれるかどうか……」
興味はあるけどできるかはわからないってことね。
こうなってくると、【剣術】を鍛えるかどうかも怪しくなってくる。
アーミラさんに勧められたから今はレイピアを使っているけど、もし別のものを使ったらいいんじゃない? とか言われたらすぐに乗り換えそうな予感だ。
一応、【剣術】のレベルはそれなりだから、頑張ってはいるんだろうけど、このまま上げるかどうかは待った方がいいかもしれない。
うーん、だったら安直に回避率とか命中率を上げるスキルでいいかなぁ。
それだったら、どんな武器を使おうが腐ることはないだろうし、【レベルボルテックス】を使うんだったらある程度前線に立つ関係上、最低限の回避率と命中率は必要になる。
今後どれだけレベルを上げられるかわからないけど、無駄にならないという意味では最初に取るべきはこのスキルだろう。
「ま、大体わかったの。とりあえず、グレイスさんには面白いスキルを教えようと思うの」
「面白いスキル、ですか?」
「そう。まあ、私の言うとおりにしてみてほしいの」
スキルを覚えさせ、それを教えていく。
【レベルボルテックス】は、恐らくモチーフは雷なんだろうが、別に形は何でも構わない。
レイピアと合わせるなら、飛ぶ斬撃みたいな感じにしてもいいだろう。
そう考えると教えるのは難しいけど、グレイスさんならうまい具合に形にしてくれると思う。
実際、何回かやっていたら、剣からビームみたいなのをだせるようになっていたし。
「……こんなスキルがあるんですね」
「強そうでしょ?」
「ええ、実際強いでしょうね。的が粉々ですし……」
「無事習得してくれたようで何よりなの」
「うーん……」
グレイスさんはなんだか納得いってなさそうな表情で自分の手を見ている。
まあ、普通こんなに早くスキルを取得するなんてありえないよね。
この世界のスキルは、修行とかを繰り返して徐々にレベルを上げていき、それによってだんだんできることが増えていくという感じだから、教えられてすぐに高威力の技が出せることは少ない。
中には例外もあるとは思うけどね。グレイスさんの【レベルドレイン】なんかはまさにそんな感じだろうし。
教えられてすぐにできた自分が凄いのか、そんな簡単に教えられる俺が凄いのか、それで悩んでいるのかもしれない。
まあ、別にどっちでもいいけどね。強くなったと実感してもらえれば、何も問題はない。
一足飛びで成長しているから、慣れるのに時間はかかるかもしれないが。
「そんな不安そうな顔しないの。その力は、きっとグレイスさんの役に立つの」
「それは、そうかもしれませんが……」
「自信を持っていいの。そのスキルは、グレイスさんにしか扱えないの」
「アリスさん……いえ、わかりました。ありがとうございます」
まだ納得いってなさそうではあるが、とりあえず落ち着けたようだ。
後は戦闘訓練を積んで、早く慣れてくれるといいね。
「さて、ついでだからアーミラさんのところにでも行くの」
グレイスさんの強化はひとまずこの程度でいいだろう。
アーミラさんは戦闘要員と言うわけではないけど、最近見てないし、一応様子を見ておこうかなと思った次第である。
今はナボリスさんの補佐として色々やってるみたいだけど、元気にしているだろうか?
「ナボリスさん、いるの?」
「はい、ここに」
城の中に戻って適当にぶらついていると、ナボリスさんを発見した。
いつも忙しなく歩き回っているからあんまり引き止めたくはないんだけど、アーミラさんの居場所を知っているのはナボリスさんが一番可能性が高そうだし、聞くのが手っ取り早い。
「アーミラさんがどこにいるか知らない?」
「アーミラなら資料室の整理をさせております。何か御用でしょうか?」
「いや、大したことじゃないの。ありがとうなの」
ナボリスさんに礼を言って、資料室を目指す。
中に入ってみると、大量の書類を仕分けているアーミラさんの姿があった。
「アーミラさん、今大丈夫なの?」
「あ、アリス様、はい、大丈夫ですよ」
アーミラさんは俺の声に驚いたのか、びくりと肩を震わせて手を止める。
あんまり仕事の邪魔はしたくないし、様子だけ確認したらさっさと行こうか。
「ここに来てからしばらく経つけど、ちゃんと馴染めてるの?」
「はい、おかげさまで平穏に暮らせています。お父様も助けていただいて、本当に感謝しかないです」
「まあ、それに関してはついでだから気にしなくていいの」
そういえば、アーミラさんのお父さんを助けたりもしたね。
シュライグ君のインパクトが強すぎて印象が薄いけど、トーマスさんもこっちに連れてきて、暮らしてもらっているから、アーミラさんとしては心配事の種がなくなって嬉しいのだろう。
まあ、そのトーマスさんは今更合わせる顔がないってアーミラさんと一緒に暮らす選択はしなかったみたいだけど。
お互いに意地張って会わないのはなんだかもったいないし、そのうち会わせてあげたいね。
「でも、よろしいのですか? よそ者である私達を、こんな好待遇で迎え入れて……」
「何か言われたの?」
「い、いえ、そう言うわけではないのですが……」
そうは言っているが、その表情は暗い。
まあ、この国って実力至上主義だから、別に自国民だろうが他国の人だろうが、優秀であればそこまで文句は言われない。
ただ、そこそこ優秀程度だとやはり何か言われる時はあるようで、自分の方が仕事できるといびってくる人もいるようだ。
と言っても、この城にいる文官がその程度の些事に時間を費やすとは思えないから、言うとしたらメイドとか兵士とかかな。
確かにそう考えるといきなり城仕えにしたのは間違いだったかもしれない。
そのうち能力を見て、きちんと合った職場にあてがうのもありかもしれないね。
そんなことを考えながら、軽く話してその場を後にした。
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