表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/677

幕間:町の治癒術師

 宿屋の娘、ミーアの視点です。

 最近町ではある話題で大いに盛り上がっている。それは、優秀な治癒術師様が現れたという話だ。

 治癒術師というのは、【治癒魔法】が使える人の事を指す。

 【治癒魔法】を使える人はとても貴重で、場合によっては国で保護されるくらいの人材だ。

 主な活躍の場は王族や貴族などの治療や戦争時に救護班として駆り出されたりなど。その他では大きな町の医者としてだったり、もの好きな人ならば冒険者パーティの一員として活躍している人もいる。

 ただ、【治癒魔法】はその名の通り怪我を治療することが出来る魔法ではあるが、そんなに都合のいいものではない。

 【治癒魔法】はあくまで人の治癒能力を向上させる働きがあるだけで、瞬時に怪我を治すなんてことはできない。それでも何もしないよりは圧倒的に治りは早いが、戦争で怪我をした兵士を即座に回復させて再び戦場へ送り出す、なんてことはできない。あくまで命を繋ぎ止めることが出来るくらいで、場合によってはポーションの方が性能がいいこともある。

 それに何より、病気にはあまり効果がない。いや、風邪なんかの軽い病気ならば効果があるが、あまりにも重い病気だとどうしようもなくなる。料金も高額なことが多く、庶民にとってはあまり馴染みのない存在かもしれない。

 しかし、そんな治癒術師ではあるが、今街で騒がれているのはそんな前提を覆すようなもの凄い人だった。

 まず怪我が一瞬で治る。擦り傷や切り傷はもちろん、骨折等の比較的重い症状までなんでも一瞬でだ。

 それだけでも十分話題になることだが、さらには病気まで治してしまう。その中には不治の病だと言われていた病気ですら治療して見せた事例もあった。

 当然、一般的な治癒術師ならば治せないような病気だ。そりゃあ、治癒術師にも色々いて、割と重い病気を和らげることが出来る人から風邪などの軽い病気すら治せない人もいる。しかし、不治の病を治療できるというだけで明らかにその人達とは一線を画す存在だった。

 そして何より、料金は無料という破格っぷり。これだけ揃えば、町の人達が噂するのも当然のことと言えた。

 これだけを聞いたなら、そんな凄い治癒術師がいるのかと驚くだけだっただろうが、その治癒術師はなんとアリスちゃんなのだ。

 アリスちゃんは以前お母さんの宿に泊まりに来た兎族の女の子だ。

 とても可愛らしい外見をしていて私は一目で気に入ったんだけど、お母さんが言うにはちょっと訳ありらしい。

 確かに、まだ子供なのに近くに親がいない。この町にはそんな人はいないけれど、兎族の子供なんて下手をすれば誘拐されてもおかしくない。同性の私ですら見惚れるような美貌なのだ、悪い人に捕まればその末路は想像に難くない。

 一応弓を持っているみたいだけど、あれではいざという時に身を守れないだろう。せめて宿にいる間は私がしっかり面倒を見てあげなければと思っていた。

 しかし、アリスちゃんはすぐに領主様に連れていかれて、あれよあれよという間になぜか兵士達の指南役という位置に収まっていた。

 領主様はとても強いし、そんな人が指南役に抜擢するほどなのだから実力は確かなんだろうが、アリスちゃんがそうだとは到底思えなかった。

 だって、近くで何度か見たけれど、マメ一つない綺麗な手だったし、腕にも筋肉がついているようには見えなかった。服装は確かに冒険者っぽかったし、旅人だと言っていたから多少は戦闘力はあるかもしれないが、どう考えても分不相応だと思った。

 だけど、アリスちゃんは追い出されることもなく、むしろ兵士達の信頼を得ていった。知り合いの兵士に話を聞けば、とても素晴らしい技術を持っていると賞賛していた。

 街に行けばちょくちょくアリスちゃんの話を聞くし、活躍しているのはどうやら本当のようだった。

 アリスちゃんは優れた技術を持っている。領主様が認めるほどに。

 きっと才能があったのだろう。そう考えればまだ納得できたのだが、そのすぐ後にこの騒ぎだ。

 指導者として優れていて、且つ治癒術師としても一級品。こんな人材誰でも欲しがるに決まってる。

 今のところは領主様の家で厄介になっているから下手に手を出す人はいないけれど、だからこそ心配だった。

 アリスちゃんはきっとこの町だけに留まる様なたまじゃない。きっとその内外の世界に出ていくことになるだろう。その時、アリスちゃんの力が利用されないか凄い不安だ。

 確かに、年の割にしっかりはしているけど、やはりどこか抜けている気がする。というか、あんな凄い【治癒魔法】が使えるのにお金を取らないって時点でもうおかしい。

 いくらここが辺境の町だとは言っても、行商人や視察官が来ることもある。その人達の耳に入ったら、あっという間に噂は広がっていくだろう。

 せめて自分の価値を理解してほしい。あるいは身を守れるだけの力があればいいんだけど。

 とにかく、私にできることはアリスちゃんに注意を促すことくらいだ。


「やっぱり今日も来た」


 宿での仕事を手早く終わらせて町で待っていると、のほほんとした表情でアリスちゃんがやってきた。

 一応常に弓は携帯しているようだけど、やはり不安が残る。

 猟師の人は良く弓を使うけれど、それは気づかれる前に攻撃できるからだ。街中で襲われたのならひとたまりもない。

 だからせめて、私が一緒にいてあげなくちゃね。


「アリスちゃん、また来たんだ」


「あ、ミーアちゃん。こんにちはなの」


 いつもの調子で合流し、適当な場所に座って持ってきたサンドイッチを振舞う。

 それにしてもアリスちゃんって変な喋り方だよね。どこかの方言なのかな?

 宿屋として色んな人に会ってきたけれど、アリスちゃんみたいな喋り方の人は見たことないけどなぁ。


「今日は何人治したの?」


「今日は八人だけなの。ちゃんと治せてよかったの」


 一日に八人も治療できる治癒術師なんていない。簡単な怪我とかならいけるだろうが、普通はせいぜい三、四人だ。それ以上は魔力が持たないだろう。治癒魔法は膨大な魔力を消費するのだから。

 一体アリスちゃんの魔力はどれほど膨大なのだろうか。普通はそんなに治療したら疲れて動けなくなると思うんだけど……。


「いつも言ってるけど、ちゃんと対価は貰った方がいいよ?」


「うーん、別に大したことはしてないし、シュテファンさんにはお世話になってるから町のために働くのは当然の事なの」


 その理屈はおかしい。そもそも、領主様はアリスちゃんを兵士達の指南役として雇っている関係だ。つまり、アリスちゃんは兵士達に色々教えていればそれで義理は果たしているわけで、町の人々の治療をする必要なんて全くない。むしろ、こんな破格の治療、料金を取ってしかるべきだろう。

 無欲というかなんというか、もう少し貪欲になればいいのにと思う。


「でも、悪い奴らに知られたら攫われちゃうかもよ?」


「大丈夫なの。その時はやっつけてやるの」


 やけに自信満々に応えるのが子供らしいと言えばらしいけど、やはり自分の危うさを理解していない。

 今まで盗賊とかに襲われたことはないのだろうか? あまりにも人に対する警戒心が薄すぎる。

 いつ気がついてくれるのだろうか。


「アリスちゃん、世の中そんなに甘くないの。ちゃんと自覚してよね」


「わかってるの」


 私の言葉は適当に返されるばかり。これじゃいつまでたっても無理そうだな。

 うーん、どうしよう。

 私はもぐもぐとサンドイッチを頬張るアリスちゃんを見て頭を抱えた。

 感想ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 無料で何でもかんでも治療してたら街の医療関係者は全員失職して困窮しそうですが、、、
[一言] やっぱり辻ヒールはダメなヤツだったか… シュテファンに事前に相談して、領主直轄の厳重な警備を敷いた診療所で 正体を隠して患者本人にも秘密厳守させてやっと治療するべきレベルだったw 下手すると…
[良い点]  可愛いアリスしか知らないミーア視点(´ω`)やはりのん気なウサっ子にしか見えないか、やったね春人くんキミのプリティなキャラデザが完全に仕事してるよ絵師として誇っていいと思うのよね♪ [気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ