第三百五十五話:本戦、クズハVSエンズ
しばらく観戦していたが、予選で当たったのはシュエとセンカさんの二人だけで、他はみんな被らずに本戦に出場したようだ。
数が多いだけあって、予選だけでも前回より一日増えている。
今は構わないけど、闘技大会が開かれている間は俺はずっと試合を観戦していなければならないので拘束されてしまう。
あんまり多すぎてしたいことができないのも問題だし、そのうち出場人数を制限してもいいかもしれない。
いや、そんなことしたら暴動が起きるか?
闘技大会は、この国の人達にとって合法的に腕試しができる貴重な場だし、それを制限されてしまったとあっては不満が出る可能性が高い。
別に、闘技大会なんて開かなくても、その辺で日夜腕試ししてるんだからいいじゃんと思わなくもないけど、闘技大会はきちんとした試合と言う形をとるし、何より俺が確実に見ているという保証がある。だから、その辺で戦うのとはわけが違うようだ。
面倒ではあるけど、試合を見るのは別に退屈なわけではないし、時間さえ確保できればそれでいいかなとも思う。
まあ、それでも一週間は長いと思うが。
出入り自由だったらなぁ、楽しいんだけどなぁ。
ないものねだりしても仕方ないので、しっかりと試合を見ていくとしよう。
身内で次に当たったのはクズハさんとエンズさんだ。
クズハさんは病み上がりだから心配していたが、確認したら大丈夫とのことだったので参加させている。
【カンナギ】の戦い方は独特だから、ちょっと楽しみではあるよね。
「それでは、始め!」
試合開始の合図とともに、エンズさんが仕掛ける。
エンズさんのクラスである【ソーサラー】は主にデバフに特化したクラスだ。
特に、呪いと併用して発動するものが多く、全てかけられたらそれだけで戦闘不能に陥るほど強力なデバフである。
と言っても、雑魚敵相手にそんなことをするのは効率が悪く、ボスは大抵の場合それなりの耐性を持っているのですべてを通すのは難しいが。
呪いを含んだ霧がフィールドに広がっていく。
そういえば、魔女の村ではダメージがすべて割合ダメージになる呪いをかけていたわけだけど、そんなスキルあっただろうか?
あの時は何でもない風に言っていた気がするけど、そもそもスキルとしての呪いは相手にスリップダメージを与える程度の効果しかない。
まあ、【ソーサラー】なら呪いにかかっていることを条件に色々デバフは追加できるけど、流石にダメージをすべて割合ダメージにするなんて効果はなかった気がする。あってもダメージの上昇程度だろう。
それを使った可能性もなくはないけど、シリウスのHPが一撃で半分も減ったことを考えると、上昇幅がえぐすぎる。いくらレベル58とは言え、それは教会でレベルアップした結果だし、実際のスキルはせいぜいレベル5とかその辺のものだろう。
あの時点でそんな呪いを使えるのは明らかにおかしい。
いったいどういうことなんだろう?
「【ピュアプレイズ】」
広がっていく霧に対して、クズハさんは舞を踊る。すると、見る見るうちに霧は消え去っていった。
【ピュアプレイズ】は状態異常、およびデバフをすべて解除するスキルである。
その対象は複数選ぶことができ、一度舞うだけで味方全員を治癒することも可能だ。
これだけ聞くと【アコライト】の【キュア】の完全上位互換なんだけど、これをやると一ターンの間回避ができなくなる。
だから、本来は味方に守られている状況でやるスキルである。でもまあ、デバフ特化のエンズさんに対しては効果抜群のようだ。
「逐一呪いを解かれていたのでは何もできんな」
「そ、それなら、降参していただけますか?」
「それはないな。何もできないとは言ったが、あがくことくらいはできる」
そう言って、エンズさんは杖を振り上げ、その先端に黒い球体を作り出す。
呪いのエネルギーが詰まった球体から無数の小さな球体が飛び出し、クズハさんを襲う。
「ひぅ!」
クズハさんは避けようとはしているようだが、完全に避けきることはできないようだ。次第に当たりはじめ、ついにはその場に倒れ伏してしまう。
一度バランスを崩してしまえば当てるのは簡単だ。次々と襲い来る闇色の球体を前に、クズハさんは成す術なく呑み込まれた。
「なんか、えげつないことしてるの」
エンズさんが使ったスキルだけど、多分【ナイトメアスプラッシュ】だろう。
当てた対象に悪夢を見させるスキルであり、ダメージはないが一時的に精神力の能力値を下げる効果がある。
精神力はMPや魔法防御に関係する能力値であり、主な使い方としては魔法防御が高い相手に対して強引に魔法防御を下げて攻撃するくらいなものだけど、現実となった今ではもっと効果的なものがあるだろう。
悪夢を見せる。要は相手が見たくないものを強制的に見させるスキルなわけだ。精神力が下がるのは正気度が下がっているということであり、相手を精神的に揺さぶることができる。
そして、クズハさんはクラス的には精神力は相当高いはずだが、イグルンさんの影響からなのか素の精神力があまりない。
だから、悪夢を見せられようものならこの通り、頭を抱えて蹲るしかなくなるわけだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
ガタガタ震えながらひたすら謝っている姿が痛々しい。
エンズさんもあれしか攻撃方法がなかったとはいええげつないことをするものだ。
当然ながら、戦えるような状態ではないので、勝負はエンズさんの勝ちとなった。
クズハさんは、すぐにシリウスによって治療がされる。
「それにしても、クズハさん【コールゴッド】を使わなかったの」
【コールゴッド】は、その名の通り神様を体に降ろすスキルである。
本来、【カンナギ】は神様を体に降ろし、その力を使って戦う前衛アタッカーである。
もちろん、さっきの【ピュアプレイズ】のようにサポートもできないことはないが、それはあくまで補助的な意味合いであり、役割としてはアタッカーの方が合っている。
それなのに、一度も攻めに転じることがなかった。
いやまあ、呪いを駆使してくるエンズさん相手にそれを解除するように立ちまわるのは何も間違っちゃいないけど、それだけでは勝てないだろうに。
エンズさんが痺れを切らして【ナイトメアスプラッシュ】に切り替えたタイミングで神様を降ろせていれば、そもそも悪夢を見ることもなかったし、そのまま攻撃に転じて押し切ることもできそうだったのに。
キャラシは確認済みだし、ちゃんと【コールゴッド】のスキルはあったから、使えないってわけではないと思うけど、何で使わなかったんだろうね?
「元々闘技大会に乗り気じゃなかったか、あるいは……」
【コールゴッド】を使いたくない理由があったのか。
まあ、それはありそうだよね。【コールゴッド】って、要は神様を憑依させるスキルなわけだし。
今までイグルンさんに憑依されて、体を好き勝手されていたクズハさんからしたら、自分の体に何か別の魂を降ろすのは怖いんだろう。
いくら神様とはいえ、確実に善良な魂とは言えないかもしれないしね。むしろ、神様だからこそ警戒している可能性もある。
でも、もしそうだとしたら、【カンナギ】として致命的だよな。【カンナギ】は【コールゴッド】が使えてこそのクラスだし、それを使わないんだったらほとんど【アコライト】の劣化である。
すでにレベル20に到達しているから、今更クラスを変えることもできないし、どうにかして克服してもらわないといけないわけだけど、どうしたものか。
これは今後の課題だなと、腕を組みながらそう思った。
感想ありがとうございます。




