幕間:マリクスの精鋭
砦の兵士、ゼフトの視点です。
領主様率いるマリクスの兵士達はそこらの兵士とは格が違う。
領主様自らが行う特別な訓練のおかげでレベルは低いながらも高い技術を持っている。
基本的にレベルが高ければ高いほど強くなるのは当然だが、ある程度の差はスキルレベルを上げることで補うことが出来る。
スキルレベルには1から10あり、高ければ高いほどより卓越した技術を身に着けていることになる。
普通の兵士なら大体2か3、その中でも熟練者となれば4か5くらいになる。
それ以上ともなると天性の才能が必要となるだろう。国の騎士の中でも6以上のスキルレベルを有している人はほとんどいない。
そんな基準がある中、領主様の兵士達は皆スキルレベル4~5が平均だ。領主様自身、優秀な騎士であったこともあり、その教えは的確で、兵士達は力を付けていった。
おかげで、陛下にも目をかけられていない辺境の地にありながら、兵士達の質はかなり高く、未開拓地域から溢れ出す魔物の対処も容易にすることが出来る。
まあ、砦務めとなると領主様の目が届きにくくなる影響か、中にはだらけてしまう奴もいるようだが、いざという時に動ければ息抜きも必要だろうとある程度は見逃すことにしている。
もちろん、敵襲時に即座に動けることは必須で、遅れるようなことがあれば後できつい説教が待っているから、さぼりにしてもやり方をわかっているから大丈夫だろう。
それさえ除けば俺はこの部隊に誇りを持っているし、領主様のお役に立てればそれでよかった。
しかし、ある日の事。突如やってきた一人の少女によって部隊は一変することになる。
「お前達には弓を学んでもらうことになる。先生はこのアリスだ」
シャドウウルフという強力な個体が攻めてきたことがあり、危うく部隊が壊滅しかけた後、俺達は町に呼び戻されることになった。
これはきっとお叱りかと思いきや、そう言った魔物に対処するために弓を学ぶべきだという方針となり、しかもその先生がアリスだというのだ。
アリスは未開拓地域からやってきた正体不明の兎族の少女だ。シャドウウルフの群れが襲い掛かってきた時、助けてくれた恩人でもある。
町に送り出し、領主様にも会えるように取り計らいはしたが、まさか指導者として重用されているとは思わなかった。
人にスキルを教えるのは結構大変だ。センスがあれば覚えも早いが、才能がなければ覚えるのにかなり時間がかかるし、数年頑張っても全く芽が出てこないなんてこともある。
アリスの【弓術】が相当な腕前であることは認めるが、これでも精鋭揃いの兵士達。得意武器は皆剣や槍ばかりで弓に関してはからっきしの者が多い中、教えられるとは到底思えなかった。
しかし、アリスはその予想を超越し、なんと兵士全員に【弓術】を覚えさせただけでなく、その腕前も並とは思えないほどに引き上げたのだ。
もちろん、鑑定石がなければ本当に【弓術】を修得しているかどうかはわからない。だが、見なくてもこれだけ上達してくれば嫌でもわかる。
間違いなく全員が【弓術】を覚えているし、下手をすれば主力であった剣や槍すらも超えるほどの実力を身に着けていると思われた。
アリスが教えたのはたった数か月。領主様でも長い時間をかけて行ってきた強化をこんな短期間で済ませてしまったことに驚きを隠せない。
ある程度【弓術】が育ってきたと考えたのか、途中からは兵士に合わせて【剣術】や【槍術】の訓練も並行して行い、多くの兵士が強くなったと実感していた。
弓のみならず剣や槍まで、一体アリスの指導術はどうなっているのだろう。兎族特有の愛らしい顔立ちも相まって、兵士達の間でアリスの人気は鰻登りだった。
「アリスがいてくれたら、この町も安泰だな」
そんなことを思った時もあった。実際、年下にも拘らずアリスの事をアリス様と呼んで崇拝する奴まで出てきている。
熱心な奴はもっと教えて欲しいと休憩時間中も押しかけたり、情欲に身を任せた奴は求婚すらしていたこともあった。まあ、あっけなく振られたようだったが。
それでも、怪我をすれば治癒魔法で治してくれるし、戦闘力だってこれだけ訓練しても【弓術】に関してはまだまだ追いつけそうもない。あの特殊な矢の撃ち方があれば、仮にもう一度シャドウウルフ級の魔物が現れたとしても撃退できるだろう。
アリスは兵士だけでなく町の人々からも人気だし、このまま町に居ついてくれたら多くの人が喜ぶだろう。
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
「陛下からの呼び出し、か」
俺は元々ただの傭兵だったから戦争には何度か参加したことはあったが、陛下の事はあまり知らない。
まあ、この大陸では最大級の領土を持ち、戦争では負けなしと言われる大国の主だ、きっともの凄い豪傑なのだろう。
アリスの能力を鑑みれば陛下が欲するのもわかる。アリス一人いるだけで、どれだけの戦力になるか計り知れないし、戦力にならなくてもあの指導力があれば騎士団の指南役として大いに活躍ができるだろう。
アリスがいなくなったことは残念だが、元に戻っただけとも言える。あまり気にしない方がいいかもしれない。
「隊長、あそこに」
部下の一人が俺に報告に来る。
アリスが去って早々だが、森の方で強力な魔物が出たという知らせがあったのだ。
まあ、毎日あれだけ魔物を荒らしていれば出てくるのも当然と言えたが、せめてアリスがいるタイミングで来てほしかったと切に願う。
しかし、俺達もアリスに鍛えられてかなり強くなったのだ。今更魔物の一匹如きに怯んではいられない。
「オーガか……」
見上げるほどの巨体に赤く硬い皮膚。その辺の丸太を適当に削って作ったと思われる棍棒を持ち、頭からは鋭利な角が生えている。
危険度で言えば、シャドウウルフの群れと同等かそれ以上。そう考えるとかなりの強敵だ。
本来なら傭兵団や腕利きの冒険者がパーティになって狩るべき相手。こちらは人数はそれなりにいるが、レベルで言えば到底及ばない。
だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、これくらいなら狩れるのではないかとそう思えた。
「……弓持ちは攻撃準備。その他はなるべく分散し、敵の攻撃に備えろ。矢が命中したと同時に囲んで倒すぞ」
「了解です!」
俺の指示にてきぱきと部下達が散っていく。
本来なら一度出直し、もっと人数を揃えて事に当たるべきだが、俺達ならばやれるとそう判断した。
配置が完了し、弓部隊が矢を引き絞る。俺はタイミングを合わせ、矢を放つように合図を出した。
「ぐぎゃっ!?」
ひゅっ、という風切り音と共にオーガの目に矢が命中する。
狙うならば急所に決まっている。目などという小さな目標にちゃんと命中させた弓部隊を褒めつつ、一気に攻め立てる。
戦いは圧倒的だった。視界を奪われ闇雲に棍棒を振るうオーガだったが、その動きが手に取るようにわかる。
部下達も多少被弾しつつも、剣で切り付け、槍で突き刺し、あっという間にオーガを鎮圧することに成功した。
あのオーガを相手にほぼ損害を出さずに勝利した。その事実に思わず歓喜する。
俺達は確実に強くなっている。それこそ、国の騎士にだって負けないレベルの実力を持っているだろう。
これもアリスの訓練のおかげだ。
「よし、これより帰還する。オーガは持ち帰るぞ」
オーガの死体を持ち帰った俺達は大いに歓迎された。
領主様も俺たちの活躍を評価して下さり、その日は宴会が催された。
アリスがいなくなっても、その教えはちゃんと残っている。
王都に向かったアリスのことを思いながら、酒の入ったジョッキをあおった。
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