幕間:リスクかチャンスか
アラメク商会の頭、アラメクの視点です。
ここ最近、貿易は滞っていた。なぜなら、航海ルート上にリヴァイアサンなんて化け物が出現したからだ。
リヴァイアサンは、ドラゴンと同じくらい強力な相手。当然ながら、この町の戦力でどうこうできる相手じゃないし、仮に国を頼って騎士団をよこしてもらったとしても、恐らく勝つことはできないだろう。
だからこそ、俺達にできることはいなくなってくれることを祈りながら待つことだけだった。
だが、そんな悪夢のような時間は唐突に終わりを告げる。
「リヴァイアサンは退けておいたの」
つい先日、ヘスティア王国からやってきた一人の少女。
兎族と言う非力な種族でありながら、ヘスティア王国と言う実力至上国家で王にまで上り詰めた謎の多い人物。
数人のお供とともに訪れた彼女は、船を利用したいようだった。
うちは昔、ヘスティア王国とも仲が良かった。だから、海に面していないヘスティア王国に代わって、船の保管、整備を請け負っていた。
時にはヘスティアの商人達とともに海に繰り出したこともあったし、あの頃はとてもいい時代だった。
だが、次第にヘスティア王国との関係が悪化し、船は放置されることになった。それだけならよかったが、最近のリヴァイアサン騒ぎのせいで、うちの馬鹿が船を捨て駒に使ってしまい、ほとんど航行できない状態に陥ってしまった。
多分、一隻くらいなら時間をかければ直せないこともないだろう。しかし、それでも他の船はもう使い物にならないし、その修理費だって誰が払うんだって話だ。
責任を取るならうちなんだろうが、流石にこんな大型船の修理費なんて出してたら赤字だ。貿易ができているならまだしも、今はその収益も見込めない状態。だから、放置するほかなかったわけだ。
船を使いたいと言われた時、ああ、これは殺されるかもしれないなと思った。
確かに、ヘスティア王国との関係が悪いのは確かだが、それは国同士の話である。
俺は別に国同士の諍いになんて興味はないし、ただ海に出て、金を稼げればそれでよかった。なのに、そんなしがらみのせいで船はスクラップになってしまっている。
管理を任されていたのはうちなんだから、その責任を取らされるのは当然のことだ。流石に殺されるというのは行き過ぎにしても、口汚く罵倒されるくらいは覚悟していた。
だが、少女、アリスは仕方ないと何のペナルティもなく許してくれた。
いったいどういう風の吹き回しだろうか。昔ならばともかく、最近のヘスティア王国は横暴な態度で周囲の国を威嚇している問題児だったはずなのだが。
「……今、なんて言った?」
「だから、リヴァイアサンはいなくなったの。だから、貿易を再開しても大丈夫だと思うの」
船がないとわかったアリス達は、船員の募集をしてしばらく町をうろついていたようだったが、しばらく経ってからまたやってきたと思ったらこの発言である。
その言葉を理解するのに、しばらくの時間を要した。
この短期間でどうやって? そもそも船は? わからないことだらけではあったが、何とかリヴァイアサンがいなくなったということだけは伝わった。
何がどうなってそう言う結論に至ったかは知らないが、この得体のしれない少女ならば、あるいは本当にやってしまうのではないかと言う感覚もあった。
実際、アリスに関しては少し調べたことがあった。
横暴な態度ばかり取るヘスティア王国の王が変わったという話を聞いたから、次はどんなろくでなしが王になったのかと気になっていたから。
そしたら出てきたのは兎族の少女と言う。他の有象無象はともかく、前王であるファウストはかなりの傑物だったはずなのに、それに勝ったのが兎族の少女なんて初めは信じられなかった。
でも、実際こうして王と名乗ったわけだし、疑いようはない。どんな絡繰りを使ったのか、それとも本当に強いのか、わからないことだらけである。
もしかしたら、何か俺には想像もつかない方法でリヴァイアサンの状況を察知したのかもしれない。そう考えるしかなかった。
「……いったいどうやって確認したかは知らないが、それを聞いて、はいそうですかとすぐさま貿易を再開することはできねぇぞ」
「わかってるの。だから、確認してほしいって言ってるの」
にわかには信じがたい事実。だが、もしこれが本当だとしたら、チャンスでもある。
今、この町ではすべての貿易船が出航を見合わせている。
出現した当初は無謀にも挑んでいく奴もいたが、命からがら帰ってくる姿を見て皆諦めたようだ。
だから、もしここでうちの商会がいち早く貿易を再開し、無事に行って帰ることができるなら、かなりの利益に繋がるだろう。
今までいろんな商会がやってきたことを独り占めできるのだから、当然のことである。
確かにリスクは大きい。もし、アリスの言うことが嘘で、本当はリヴァイアサンはまだいますってなったら目も当てられない。
だが、そこまでして嘘を吐く理由もない。せいぜい、船員が早く見つかるようにってところだろうか。
ヘスティア王国で王になるほどの実力を持つなら、確かに強いんだろうが、流石にリヴァイアサンにはかなわないことくらいわかるだろう。無理して進んで、そのままお陀仏になるリスクを取るくらいなら、素直に待っていた方がいいに決まっている。
それとも、自分ならリヴァイアサンにすら勝てると思っているとか? そこまで来たらただの馬鹿だが、そこまで頭が悪いようにも見えない。その可能性はないと見ていいだろう。
この話に乗って、いち早く利益を上げる。そうすれば、アラメク商会はこの町で一番の商会となるのも夢ではないかもしれない。
時間が経てばそれだけ周りも気づく可能性が上がるし、やるなら早めにやらなければ。
「わかった、確認はしておこう。だが、そんなことしてもすぐに船員は集まらないと思うぞ?」
「わかってるの。それに関してはこっちで方法を考えるの」
方法も何も、うちの船を使う以外に方法はないと思うが。
もちろん、他の港町に行くという手もあるが、どの港町も大まかなルートは同じである。
そりゃ、大回りすればもしかしたらリヴァイアサンをすり抜けられるかもしれないが、近くにそんな化け物がいるルートをわざわざ通りたい船乗りはいない。
まあ、生活に困窮して、とか、ここで取引しなければ潰れてしまうっていう商会とかならもしかしたら船を出してくれるかもしれないが、そこまでのリスクを背負ってまで隣の大陸に行きたいんだろうか?
そもそも、ヘスティア王国は外交のすべてを専門の人材に任せているはずである。王自ら外国に行くなんてそうそうないはずだ。
となると、隣の大陸に何かあるのかもしれない。あるいは、リヴァイアサンの方が目的とか。
「じゃ、よろしく頼むの」
そう言ってアリスは去っていった。
王らしくないちゃらんぽらんな喋り方ではあるが、別に的外れなことを言っているわけでもない。
それに、側近らしき周りの人物が何も言わないのだから、あれはいつものことなのだろう。
王でなければ、そもそも相手にもしないような人物ではあるが、あれは何か意図があるようにも思える。
実は優秀なのに、いい加減な発言をして周りから馬鹿と思わせることによって、ここぞという場面で交渉事を有利に進めるという手法。
実際そんなうまく行くとは思っていないが、それに似た何かを感じる。
うまく言えないが、アリスとは仲良くしておいた方がいいかもしれない。きっと、今後の商売において有利に働くはずだ。
「……貿易がうまく行ったら、船の修理も考えておくか」
本来ならわざわざ直す必要もないが、恩を売る意味でもしておいた方がいいだろう。
まずは、アリスの言葉が真実かどうかを確かめる。そして真実なら、十分に利益を上げる。これで決まりだ。
まずは船員の尻を叩かなければと、俺は部屋を後にした。
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