第三百四十六話:意外な人物
「まあ、うん、それに関してはこちらで何とか出来ると思うの。だから、主導権を返してほしいの」
「本当ですか? それは何よりです。最近お話もできなくなって、心細かったので」
俺の提案に、ぱっと笑顔を見せる。
クズハさんが主導権を返しても気絶してしまう理由は、状態異常まみれだからだ。
それに疲れも貯まっていて、その影響で意識を保っていられるだけのリソースが足りないんだと思う。
状態異常に関しては、こちらで治してあげることができるだろう。
盲目や呪いに関してはこれで解決できると思う。
ただ、空腹や疲労はきっちり食べてきっちり休んでもらわなければどうしようもない。
この世界に来て、割と序盤に憑依させたようだし、最初は比較的頻繁に主導権を返されていたのだとしても、次第に疲れが蓄積していってと考えるとその疲労は相当なものだろう。
三年分の疲労と考えると、その無茶さがわかるだろうか。三年間ほとんど寝ずに、ずっと仕事し続けると考えたら、普通なら絶対に過労死してると思う。
そこはクズハさんのレベルの高さに救われたかもしれない。これがもしレベル5とかだったら、まじで死んでいたかもしれないし。
「でも、そのためにはしっかり休むこと、そしてしっかり食べることなの。多分だけど、ほとんど食べたり寝たりしてないんじゃないの?」
「よくわかりましたね。ええ、食事は歓待の時にいただくこともありますが、寝なくても眠くないので、その時間はひたすら腕を磨いておりました」
「とりあえずその研鑽をやめるの。もうちょっと頻度を落としてもそんなにすぐには腕は落ちないの」
「そうでしょうか? なかなか生前のように力が振るえず、やきもきする時も多いのですが」
「そりゃ、自分の体じゃないんだから当たり前なの。無理して生前の力を取り戻さなくていいの」
いったいこの人は生前どんな人物だったんだろうか。
今の時点でも、結構優秀な気がするけど、それでやきもきするってことは、それ以上に優秀だったってことだろう。
この体はクズハさんのものだから、祝福にはクズハさんの力が乗っていたはず。つまり、レベル20の能力値が下地にあったわけだ。
それを凌駕するって、いったい何者なんだろうか。
「そう言えば聞いてなかったけど、あなたの名前は何なの?」
「私自身の名前ですか? 生前の名で申し訳ありませんが、イグルンの名で活動させていただいておりました」
「イグルン……?」
なんとも可愛らしい名だが、その名前には聞き覚えがあった。
『スターダストファンタジー』には、それぞれの大陸における組織や教会なんかの主要人物として、名前付きのNPCが配置されていることがある。
イグルンはその中の一人で、実際に登場はしないが、教会の在り方を変えた立役者として、歴史上に名が残っている。
それまでの教会は、金に貪欲で、お布施がなければ施しも与えないとても利己的な集団だった。それどころか、信仰している神様に盲目的で、ひとたび神託が下ろうものなら、それこそが正義だと行き過ぎた真似をすることもしばしばあったらしい。
それを是正し、教会は誰にでも開かれている場所であり、お布施は信仰の気持ちを表すものとしてその額は自由とするように改革し、また、各地でいがみ合っていた教会同士の仲を取り持ったとも言われている。
最も、今でも金に貪欲な教会はあるようだけど、それでも今の体制になったのは間違いなくイグルンさんの活躍のおかげだろう。
この世界においてはとんでもない偉人である。そんな人が、魂だけの状態とはいえまだ生きているとは驚きだ。
クズハさんも運がいいのか悪いのか、いや悪いんだろうけど、変なところで幸運を使っていそうだ。
「これまた凄い人が出てきたもんなの」
「私をご存知なのですか?」
「一応は。今の教会があるのは、イグルンさんのおかげとも言われているの」
「大したことをしたつもりはありませんが、なんだか照れますね」
でもまあ、そんな凄い人なら無茶をするのも納得である。
きっと、生前も無茶してたんだろうな。それで、無理が祟って過労死したって感じがする。
どうかその二の舞にならないでほしい。それも別人の体を。
「それじゃあ、しばらくは休んでいてほしいんだけど、そういえばイグルンさんはどこに寝泊まりしているの?」
「今はお誘いいただいた領主様の家にお邪魔させていただいております。そう言えば、あまり遅くならないうちに帰ってきてほしいと言われていたような? うっかりしていました、早くいかなければ」
「うん、まあ、それは多分客をそのままにして寝れないってだけだと思うからそんなに気にしなくていいと思うの」
賓客として招いている相手を働かせておいて、自分だけ寝るなんてホストとして許されないだろう。
せめて、イグルンさんが戻るまでは起きていて、その仕事ぶりを労わなければ失礼というものだ。
まあ、噂は聞いているだろうし、それについてはある程度覚悟していそうだけど、領主も体を張っているな。
と言っても、最悪執事とかを待たせていれば寝ていてもいい気はするけどね。いくらホストでも、深夜まで帰ってこないのは客の方が問題なわけだし。
「この後の予定は何かあるの?」
「このお祭りが終わった後は、また困っている人を探して海を渡ろうと思っておりました。風の噂で、隣の大陸に困っている国があると聞いたものですから」
「なら、その時に一度私の国に来て欲しいの。そして、そこでしっかり休んでほしいの」
状態異常に関しては今この場で治療してもいいが、疲労に関してはしっかり休まなければ回復しないだろう。
少なくとも二、三日、いや、一週間くらいは休んだ方がいいだろうか?
果たして年単位の疲れがそれで飛ぶかは知らないけど、精のつくもの食べさせてしっかり休んでいれば、少なくともすぐに気絶なんてことはなくなるはずだ。
イグルンさんの扱いをどうするかはまだ決めかねているけど、まずはクズハさんを回復させることが重要である。
クズハさんの方にも話聞いてみたいしね。
「わかりました。それがお望みとあればお受けいたします」
「本当は仲間になってほしいんだけど、それに関してはクズハさんにも聞いてみたいから後にするの。イグルンさんも、よければ一考して欲しいの」
「仲間、ですか。それは、困っている人を助けることに繋がりますか?」
「望むなら各国に派遣という形で旅をしてもらっても構わないの。ただ、将来大きな戦いが予想されるの。その時に、力を貸してもらいたいの」
「なるほど。そう言うことでしたら、喜んで手を貸しましょう。困っている人は見過ごせませんからね」
そう言ってにこりと笑う。
なんというか、どこまでもまっすぐな人だ。お人好しとも言うかもしれないが、信念を持っているというか、生半可な気持ちじゃないってことはよくわかる。
クズハさんがそれをどう思っているかは知らないが、一度は受け入れているのだから、少しは賛同していそうだよね。
まあなんにしても、こちらの大陸に来てくれるというなら話は早い。うまく休ませて、クズハさんと話をして、正式に仲間になってもらうとしよう。
ようやくひと段落つきそうだと、俺はほっと一息ついた。
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