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第三百四十五話:単刀直入に

 戻ってからしばらく待つと、件のクズハさんと話す機会がやってきた。

 話しかけたのはサクラだったようだが、特に嫌悪感を示すこともなく、気さくに接してくれたという。

 疲れなど感じさせない、微笑みを絶やさないその様子は、まさに聖女の風格だったとのこと。

 なんか緊張してくるけど、こちらもそれなりに立場が上の人とも話してきたのだ、気負う必要はない。

 最も、口調のせいで丁寧語とは程遠かったが。


「皆様初めまして。私はクズハと申します」


「アリスなの。よろしくなの」


 少し町から離れた川のほとり。祭りの喧騒も届かないようなこの場所で、会談は始まった。

 しかし、よくこんな場所までついてきたものである。

 普通だったら、こんな人気のないところまで連れてこられたら誘拐を疑うと思うが。

 よほど腕に自信があるのだろうか。実際、今までにも悪党を退けたことは何度もあるようだし。


「ご用件は何でしょう? 祝福であれば、今すぐにでも掛けさせていただきますが」


「それも気になるけど、少し聞きたいことがあるの」


「はい、なんでしょうか」


「単刀直入に聞くの。あなたは何者なの?」


 俺の質問に、クズハさんはピクリと頬を動かす。

 今までそんな質問されたことなかっただろう。少し動揺したのかもしれない。

 しかし、それも一瞬のことで、すぐに微笑みの表情に戻った。


「私はクズハ。困っている人々を助けるために各地を旅している、ただの巫女ですよ」


「クズハはその体の持ち主の名前なの。今、その体を操っているあなたは、一体誰なの?」


「……おっしゃっている意味がわかりませんが」


「ああ、そう言う駆け引きとかいらないの。私はすべてわかってるの」


「……」


 クズハさんはじっとこちらを見て黙り込む。

 ここまでくれば、自分の正体がばれていると考えることだろう。

 あんまり刺激しすぎて逃げられるかもしれないというのはあるが、ここは踏み込んでいく。

 ここでの反応を見れば、体を返したがっているのかそうでないかはわかるだろう。


「……あなた様は、私と同じ巫女なのですか?」


「巫女ではないの。ただ、【シャーマン】ではあったの」


「【シャーマン】……なるほど、降霊術師の方でしたか」


 クズハさんは肩をすくめてふっと笑う。

 諦めた、と言うよりは、納得したという表情だ。


「確かに、私はクズハ様の体を借りているただの死霊にすぎません。あなた様が行う、降霊の儀を執り行った時の状態と思っていただければわかりやすいかと思います」


「知ってるの。それで? 本来元の体の持ち主が主導権を明け渡すことはないはずなの。それなのに、なぜあなたはその体を自分のもののように使っているの?」


「それに関しては、クズハ様との盟約が関係しております」


 どうやら、この人はクズハさんに憑依する際に、約束事をしたらしい。

 と言うのも、この人は生前、教会のしがらみに捕らわれて、道半ばで死んでいった聖職者のようだ。

 その願いは死んだ後も変わらず、困っている人を助けたいというもの。

 だからこそ、死してもなおその魂は浄化されず、この地に留まっていたらしい。

 そこに現れたのがクズハさんで、【カンナギ】と言うクラスだからか、この人のことを知覚できたようだ。そして、その願いを知ったクズハさんは、ならば自分の体を貸してあげると言ったらしい。

 だが、無条件に体を貸すなんてことはできないから、一つ約束事をした。

 それは、体を貸すのは、人を助ける時に限るということ。

 それ以外の時間、食事の時間や移動の時間など、そういう時は貸せないけど、願いである困った人を助けたいということを叶えるためなら、体を貸すという条件だった。

 その結果、今こうして体を借り受けているということに繋がるらしい。


「困っている人を助けるって……今こうして私達と話しているのもそれに当てはまるの?」


「はい。だって、あなた方は困っているでしょう?」


 まあ、確かに困ってるっちゃ困ってる。その原因は主導権を返さないこの人のせいなんだけども。

 しかし、ただこうして話すだけでも困っている人を助ける判定になるとしたら、これほとんど主導権返ってこないよね?

 クズハさんは恐らく、道行く先で、泥にはまって動けなくなっている馬車を助けるとか、転んで怪我をしている子供を手当てするとか、そう言うのを想像していたんだろう。

 しかし、実際には自分から困っている人の下へ向かう上に、際限なくそれを引き受けてしまう事態になってしまった。

 移動時間は含まないとは言っていたけど、それがもし、困っている人の下に向かうための時間と捉えるなら、それは困っている人を助けるためと言えるだろう。

 要は、この人はクズハさんの言葉を拡大解釈して延々と体の主導権を奪っているわけだ。

 なんて悪辣な……いや、もしかしたら悪意はないのかもしれない。

 死してもなお想い続けた願いなのだから、それくらいの覚悟はあってしかるべきなのかもしれない。その覚悟を甘く見て、安易な約束を結んでしまったクズハさんも悪いと言えば悪いのかな。


「とにかく、私達は元のクズハさんに用があるの。だから、体の主導権を返してほしいの」


「それが願いとあれば叶えたいのは山々ですが、困ったことにそれは難しいのです」


「それはなんでなの?」


「どういうわけか、私が主導権を返しても、すぐに倒れてしまって話せるような状況にならないのです。そのまま放置しておくのも危険ですし、その時はまた私が体を使わせていただくのですが、最近はずっとその調子が続いていて、返すに返せない状況にあるのです」


 どうやら返すつもりはあるらしい。ただ、返したら速攻で気絶してしまうから返すに返せないと。

 まあ、そりゃそうだろうな。だって、状態異常まみれだもん。

 単なる疲労は状態異常に入らないから表示はされていないけど、多分それも相当蓄積されてるんじゃないかな。

 疲労困憊、不眠、盲目、呪い、空腹、その他もろもろが重なって、とてもじゃないけど意識を保っていられないんだろう。

 それだけ重なってこの人が動けているのはやはり、状態異常のデメリットはすべてクズハさんが受け持っていると考えてよさそうだ。

 数少ない主導権の返還タイミングも状態異常で潰されて、なんて災難な人だろうか。

 そりゃ助けも求めるだろう。あそこで口パクできただけ凄いことなのかもしれない。


「ちなみにだけど、あなたは何も体に不備はないの?」


「はい。この体を借り受けてから、とても調子がいいのです。なんでもできるんじゃないかと思うくらい」


「ああ、やっぱり全然気づいてないの……」


 そりゃ、確かに状態異常を受けているのは体なんだから持ち主であるクズハさんが受けるのは間違ってないかもしれないけど、いくら魂が違うからってこっちが何も受けていないのはどうなんだ。

 クズハさんがまじで可哀そう。早いところ助けてあげないといけないね。

 俺はそんなことを考えながら、静かにため息をついた。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 真実を伝えて素直に信じてくれるか……
[一言] やっぱり人ではなかったようですが悲しい事に 一番困っている人は体を借りている人という本末転倒な状態になっているとは思ってもいないでしょう
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