第三百四十一話:舞を踊る巫女
しばらく祭りを楽しみながら時間を潰し、時間も夜になって来た。
例の舞は夜に行われるらしい。広場に櫓が建設されていて、その上で舞を踊るようだ。
俺達は早めに席を確保し、時間まで待っていた。
幸い、シュエは疲れてしまったようで、眠ってしまっている。
意識がなくなったら元の姿に戻ってしまうかもと思ったけど、今まで問題なく活動できていたのだからそんな心配もなさそうだ。
眠るシュエを膝枕しながら待っていると、ついにその時はやってくる。
櫓上に上がってきたのは、巫女服姿の少女。
この世界では割と珍しい黒髪に、金色に輝く瞳が美しい。髪色と同じく黒い狐耳を生やしたその少女は、こちらに向かって一礼すると、静かに舞を踊り始めた。
背後では、太鼓や笛の音が響いている。それに合わせて動く少女の動きは優雅で、思わず見惚れてしまうほどだった。
「さて、あの子が目当ての人物だといいんだけど」
見た目は確かに【カンナギ】っぽい。
まあ、巫女服を着ていれば大体そうなるし、そもそも私服の時は巫女服ですらない場合もあるので、巫女服を着ているから【カンナギ】だと決めつけるのはよくないが、まあ印象的にはそれっぽい。
名前がわからないのでキャラシを確認できないけど、どうだろうか。
「綺麗だな……」
「はい、とても美しいです……」
「確かにねー」
確かに綺麗ではある。
【カンナギ】の舞には鎮静効果があり、敬虔な信徒なら見るだけで心が洗われるという説明があったような気がするけど、その効果だろうか?
サクラはそんなに影響されていないようだし、シリウスとカインだけそう感じているならまあ間違ってはいない気もする。
まあ、【カンナギ】はこの世界で言うところの教会に仕える人だからね。神様に最も近いクラスでもあるし、それを神聖視してしまうのは仕方のないことかもしれない。
「きゅぅ」
「んー? ああ、確かにそうかも?」
ふと、サクラの胸元にいたイナバさんが声を上げた。
他の人には鳴き声にしか聞こえないけど、俺達にはその言葉の意味がわかる。
イナバさんが言うには、なんだかつらそうに見えるという話だった。
そう言われてよく見て見ると、確かに何となく表情が引きつっているようにも見える。
必死に笑顔を見せようと頑張っているけど、端々にそのいびつさが見え隠れしているみたいな、そんな印象。
もちろん、注意して見なければ気づかないような些細な変化ではあるけど、確かに妙な話だ。
怪我でもしていて、その痛みを我慢しているとか? 見た感じ、どこにも怪我はしていなさそうだけど。
「どうしたんだろうね」
「さあ」
【カンナギ】の舞は神様に捧げるものである。それを嫌々やることは神様に対する冒涜だし、許されることではない。
【カンナギ】と言うクラスではなかったとしても、こうして神様に祈る舞をやっているのだから、それくらいは承知しているだろう。
何かやむを得ない理由がるのだろうか。それこそ、見えないところに怪我をしているとか。
「? 何か言ってる?」
よくよく観察してみると、微妙に唇が動いているのがわかった。
声には出していないようだけど、何かを伝えようとしているのだろうか?
読唇術はそんなに得意ではないんだけど……えーと?
「た、す、け、て……助けて?」
もしかしたら間違っているかもしれないが、そんな風に読み取れた。
助けて、助けてか……考えられる可能性としては、何かに脅されているとか?
本当は巫女でも何でもなく、嫌々踊らされている一般人とか。
いや、それはないか。素人があんな綺麗に舞を踊れるわけがない。あれは確実に、そう言う心得を持った人だ。
となると、舞を踊ることを強要されているとか?
この祭りの主催者は領主のはずだが、その領主が実はあくどいことをやっていて、あの子はそれを知ってしまった。その結果、脅されて舞を踊らされているとか?
いや、それもないだろう。もしそうなら、密かに口封じするなりすればいいだけの話である。わざわざこんな目立つことをさせる必要はない。
そもそも、助けてほしいなら声に出せばいいだけの話である。こんなに注目されているんだから、助けを求めれば誰かしらが手を貸してくれるだろう。そうでなくても、不審に思って報告してくれるはずだ。
それなのに、わざわざ口パクで伝える理由は何だろうか。
「キャラシが見れればはっきりするけど……」
あの子の名前は何だろうか。それがわかれば、はっきりしそうだけど。
「サクラ、あの子の名前、わかったりしないの?」
「え? うーん、お祭りなんだし、パンフレットか何かに書いてない?」
「パンフレット……」
紙はそれなりに貴重だから、わざわざパンフレットなんて作らない気がするけど、でも、祭りをやることを周知するために掲示板に貼るくらいはしているだろう。
掲示板を確認すれば、載っているかもしれない。
「サクラ、悪いけどシュエを頼むの」
「何か気になることでもあった?」
「ちょっと……まだ確定ではないけど、もしかしたらあの子は事件に巻き込まれてるかもしれないの」
「なるほどね。わかった、気を付けてね」
「頼んだの」
俺は寝ているシュエを任せると、その場を離れる。
掲示板は、多分ギルドにでも行けばあるんじゃないだろうか。
他にも張っている場所はありそうだけど、今から探すのは面倒くさい。
そういうわけで、俺はギルドへと急いだ。
「えーと、あ、あったの」
ギルドにある掲示板、というか、建物の壁だね。そこに張り紙が張ってあった。
そこには祭りを行う日時や催しの内容なんかが書かれていたけど、その中にあの巫女らしき名前もあった。
「クズハ、ねぇ」
結構有名な巫女さんらしい。強調された文字で書かれていた。
これで、名前を知ることができたから、キャラシが確認できそうである。
俺は早速『キャラシ閲覧』から、クズハさんのキャラシを見てみることにした。
「えーと……憑依状態?」
状態異常の欄に、憑依状態という項目があった。それに加えて、盲目、不眠、呪いなど、色々な状態異常が付いている様子である。
憑依状態はまあ、わからなくはない。
仮にクズハさんがプレイヤーで、本当に【カンナギ】であるなら、スキルによって何かしらの神様を降ろしていると考えれば、憑依状態なのも頷ける。
まあ、わざわざ今やる必要があるのかと言われたらよくわからないけど、ありえないことではない。
ただ、他の状態異常が気になる。
盲目やら不眠やら、明らかに普通の状態ではない。特に盲目なんて、あんな高い櫓の狭い範囲で舞うには致命的な状態異常だろう。
しかし、クズハさんはきちんと見えているかのように舞っていたし、ふらつく様子もなかった。盲目に不眠だというなら、多少ふらついてもよさそうなものだけど。
「一体どういうことなの?」
憑依状態と、異様に疲れている様子の状態異常。何かあったのは確実だが、それが何なのかはわからない。
備考欄を見ればわかるだろうか。ここには、それまで何があったかが書き込まれていくから、これを見れば簡単にその人物の経歴がわかる。
それが書き込まれるほどの大きな出来事なら、それを見ればわかるはずだ。
俺は少しためらった後、備考欄を覗いてみることにした。
感想ありがとうございます。




