第三百三十二話:予想外の真実
途中、適宜城に戻りながら飛び続けること数日。ついにその時はやってきた。
目の前には一隻の船と蛇のような細長い体を持つ魔物、すなわちリヴァイアサンである。
船には一人の男性が立っており、手に銛を持ってリヴァイアサンに投げつけているようだった。
「このっ! このっ! くたばりやがれ!」
恐らく、あの船は例のラッシュさんのもので、立っているのはそのラッシュさんなんだろう。
リヴァイアサンのことをまるで親の仇が如き憎悪の籠った目で見ながら一心不乱に銛を投げつけている。
対するリヴァイアサンの方は、投げつけられる銛を嫌そうに振り払いながらも、船に顔を近づけようとしている。
ともすればラッシュさんを食べようとしているようにも見えるけど……。
「あれ、どう思う?」
「まあ、確かに攻撃してくる男を食べようとしているようにも見えなくはないですが……」
「あれはどっちかって言うと興味を示して近づいてきてる、って感じじゃないか?」
「なんか、敵意を感じないよね」
いくら子供とは言え、リヴァイアサンはかなり大型の魔物である。
その大きさは船よりも少し大きい程度。人一人と比べるならかなりの体格差がある。
だから、当人は確かに恐怖を感じるだろうし、そもそも初めから敵とみなして攻撃しているんだから、反撃しようとしてきてると思うのも無理はないけど、傍観者の視点からすると、リヴァイアサンに攻撃の意思はないように見える。
シリウスの言うように、興味を示して近づいている。あるいは、会話でもしようとしているのか。
実際、何度か口を開けようとしているけど、銛が邪魔で開けられないって感じがする。
多分、リヴァイアサンなら口の中に銛を食らったところで致命傷にはならないだろうけど、普通に異物だからね。入れたくはないだろう。
一応、幻獣語というものも存在する。だから、相手が喋る意思があるならこちらが聞き取ることもできるけど、さてどうしたものか。
「予定通りリヴァイアサンを倒すか、それとも話を聞いてみるか。どっちがいいと思うの?」
「まあ、私達としては隣の大陸に行ければいいわけで、なんならこのまま見なかったことにして先を急いでもいいわけですが」
「流石にそりゃ可哀そうだろう。見た以上は手を貸すべきだろうよ」
「後味悪いもんね」
「じゃあ、リヴァイアサン倒すの?」
「まさか、ここは交渉一択だ。まずは攻撃をやめさせようぜ」
そう言って、シリウスは船へと近づいていく。
リヴァイアサンはこちらに気が付いたようだが、ラッシュさんらしき人はまだ気づいていない様子。
今更だけど、この姿見られたらまずいかな。一人くらいだったら誤魔化せるかな?
隠れようがないから仕方ないけど。
「うぉっ!? な、なんだお前は!?」
「ああ、怪しいもんじゃないから安心しな。とりあえず、その銛が鬱陶しいからちょっと投げるのやめてほしくてな。話しかけさせてもらった」
「怪しくないわけあるか! そうか、貴様もリヴァイアサンの仲間だな? 成敗してくれる!」
「おっと」
そう言って、シリウスにも銛を投げてくる。
まあ、この世界で空を飛ぶ人間なんていないしねぇ。いくら見た目が人間でも、背中に生えてる翼は魔物だから魔物だと思う方が自然か。
話せるだけ有情だと思うけどね。問答無用で殺されるよりはましだろう。
「さて、そこのリヴァイアサン、ちょっとお話を聞かせてほしいの」
〈……言葉がわかるの?〉
「ああ、問題ないの。私達はみんな言葉がわかるの」
〈ああ、よかった! やっと話せる人に会えた!〉
シリウスが攻撃を引き受けている間に、リヴァイアサンに話しかける。
リヴァイアサンはほっと安堵したような様子でそう言った。
見た目は怖いけど、喋り方は子供っぽいな。
まあ、子供のリヴァイアサンなんだから当たり前かもしれないけど。
「私はアリスなの。そっちは何て呼べばいいの?」
〈シュエだよ! よろしくね、アリスさん!〉
ほう、名前があるんだ。
確かに高位の幻獣にはネームドもいるっちゃいるけど、子供でネームドなんていただろうか。
名前を聞いてもピンとこないけど……。
「ならシュエ、あなたは何でこんなところにいるの?」
〈気が付いたらここにいたの。周り全部海で溺れるかと思った〉
「いや、リヴァイアサンが溺れるわけないの……」
このリヴァイアサン、頭大丈夫だろうか?
そりゃまあ、幻獣の子供がどういう風に育てられるかは知らないし、もしかしたらこの年だったらまだ泳ぐ練習もしていないという可能性もなくはないけど、仮にも水の幻獣が溺れるかもしれないと思うなんておかしいだろう。
気が付いたらここにいたというのもおかしな話だし、幻獣界は今どうなっているのやら。
〈それでね、どこに行けばいいかわからなくて、辺りを泳いでたら、そこの人に会ったの〉
「その船の人間なの?」
〈そう! でも、なんかいっぱい棒投げてきてお話ししてくれなかったの。会いには来てくれるのに、お話は嫌いなのかな?〉
「まあ、目的が目的だしねぇ……」
確かに七回も会いに来てるんだったらシュエの中ではもう顔なじみって感じなのかな?
会いには来てくれるのに話してはくれないおかしな人間という考えらしい。
攻撃されているとは思っていないようだ。
〈でも、アリスさんが会いに来てくれたからよかった!〉
「そう、それはよかったの」
〈ねぇ、陸はどこにあるの? いつまでも海いるのは疲れるよ〉
「陸? リヴァイアサンが陸に何の用なの?」
〈? 人は普通陸にいるものじゃないの?〉
「人……?」
もしかしてだけど、このリヴァイアサン、自分を人だと思ってる?
そんなことありえるか? そりゃ、刷り込みのような感じで親を人と思っているというならまだわからなくもないけど、仮にそうだったとしても自分が人だと思うか?
自分の姿見ればわかると思うんだけど……それともこういう人種と思ってる?
いや、いねぇよ。獣人でもそんな奴いねぇよ。
頭の中がこんがらがってくる。こいつはいったい何者なんだ。
「アリスさん、一ついいですか?」
「どうしたの?」
「もしかしてですけど、この方プレイヤーでは?」
「は?」
リヴァイアサンがプレイヤー?
いや、そんなことあるわけ……いや、ないことはないのか?
確か、サプリに魔物冒険者の作り方と言うのがあったはず。
魔物冒険者と言うのは、その名の通り魔物の姿をした冒険者のことだ。
本来敵であるはずの魔物にスポットを置いた割と面白いサプリではあるけど、そのルールを使えば一応魔物の冒険者も作れないことはない。
ただ、あれって人型の魔物に限られていたような……?
主に選べるのは、吸血鬼とかコボルトとかゴブリンとか、その辺だったはず。やろうと思えば、ゴーレムの冒険者なんかもできるとは聞いたことがあるけど、リヴァイアサンはありえない。
あるとすれば、ゲームマスターが特別許可した場合だ。
基本的に、シナリオを回すゲームマスターが許可したなら大抵の無茶は通る。
それが本来人型しか選べないはずの魔物冒険者ルールでも、例えばこれがかっこいいからこれにする、みたいな簡単な理由で選ぶこともできるはずである。
そんな奴いるのかと思わなくもないけど、そう言うシナリオも一応知っているから一概にあり得ないとは言えない。
もし、このリヴァイアサンがプレイヤーだとしたら、陸を目指す理由もわかる。
「そんなのあり……?」
これが正しいとするなら、保護すべき対象ではあるけど……どうすんだよこれ。
俺はどうすべきかと頭を抱えた。
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